代表集会
ようやくたどり着いたセーフゾーンには、いつもと変わらない、喧騒と安堵が入り混じった空気が漂っていた。しかし、その風景には、一つだけ、決定的に違うものがあった。
セーフゾーンの南西、荒野を抜けて湿地帯へと続く道の先に、巨大な防壁が、まるで巨大な生物のように、ゆっくりとその体を築きつつあったのだ。
俺たちは、その異様な光景に引き寄せられるように、壁の近くへと向かう。そこでは、第一工業、聖フローラ、八紘、そして、あの陵南の生徒たちまでが入り乱れ、それぞれの得意分野を活かしながら、壁の建設作業を行っていた。
「おお、土田に湊じゃないか!」
作業をしていた生徒の一人が、俺たちに気づき、駆け寄ってくる。第一工業の、野神だ。
「お前らに言われた通り、壁は作ってるが……正直、何が起こってるのか、さっぱり分からん。他の高校も、『同じ話を聞いたから』って協力はしてくれてるが、これ以上、詳しい説明がなけりゃ、こっちも動きようがねえよ」
「……いや、ほとんど話も聞かずに、よくここまで作ってくれたな」
俺が感心してそう言うと、野神は「まあな」と頭を掻いた。
「大方、みんなででかい壁でも作ってりゃ、【クラフトマスターランキング】の足しにでもなるだろうって、打算でやってるだけさ。……とりあえず、各校の代表を呼ぶ。お前らから、直接、話をしてもらおうか」
そう言うと、野神は無線を使用して学級委員たちを呼びつつ、俺たちを手招きし、後に続くよう促した。たどり着いた先は、防壁のすぐ横に建てられた、プレハブの建物。防壁建設のついでに、臨時の作戦会議室として作ったのだろう。中に入ると、そこそこ広めの空間に、島の地図が広げられた大きなテーブルと、十脚ほどの椅子が置いてある。まだ誰も座っていない。俺たちが、一番乗りのようだった。
「各校の代表が来るんだろ? 俺より、土田の方が、リスポーンセットで顔も知られてる。お前が前に立って話した方が、スムーズじゃないか?」
「なんでだよ! チームリーダーは、お前だろ、湊。話しづらいなら、俺が適当にフォローするから、しっかりしてくれよ、全く」
土田とそんなひと悶着を繰り広げているうちに、続々と、各校の代表が入ってくる。最初に、聖フローラ生徒会長の望月。次に、第一工業の学級委員である斎藤。そして、八紘農業の横山。それぞれが、数人のチームメンバーを連れてきている。代表だけなら十脚で足りるかと思ったが、この人数では、どう見ても椅子が足りない。その分は、自分たちでクラフトしろ、ということだろう。
話し合いの前に、代表たちと軽く挨拶を交わしていると、ひときわ遅れて、最後の代表が、部屋に入ってきた。
坂井たち、陵南の生徒が、ひょっこりと顔を出し、その道を、まるで王を迎えるかのように、開ける。
そして、その中央を、あの男が、ゆっくりと歩いてきた。
「……高城」
「なんだぁ、湊? 俺がここに来るのが、そんなに意外だったか? 逆に、俺以外の誰が来ると思ったんだ。相手は、魔災なんだろ? 俺に任せろ、とまでは言わないが、俺がいなきゃ、始まらないだろうが」
「……また、裏切るんじゃないだろうな」
「裏切る? 俺が、人間様を裏切って、魔獣側にでも着くとでも言うのか? お前、今、頭を使って物を喋ってるか? ……というか、お前は、まだ『そこ』で止まってるのか。土田や桃瀬、ほかの奴らにも会ったが……全員、とっくに次に進んでたぞ」
「何が言いたい……!」
「はい、ストーップ! ストップ、ストップ!」
俺が、思わず声を荒げた、その瞬間。
野神が、俺と高城の間に、割って入ってきた。
「二人の間に、色々あったのは、ここにいる全員が知ってる。だが、今は、その話をするために集まったわけじゃないからな。あと、両チームのメンバーも、ちゃんと空気読んで、止めてくれよ。頼むから」
野神は、そう釘を刺すと、全員に着席を促した。俺は、まだ立ったまま、高城を睨みつけていたが、当の本人は、もう俺のことなど気にも留めていない様子で、さっさと席に着く。俺が、舌打ちしながら席に着くと、野神は、こほん、と一つ咳払いをして、俺に話を促した。
「よし。じゃあ、湊。お前たちが、湿地帯で何を見てきたのか。ここにいる全員に、詳しく教えてもらおうか」
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野神に促されるまま、俺は、ここまでに見てきたこと、そして、俺が導き出した最悪の結論を、淡々と、しかし、包み隠さず話し始めた。
湿地帯に残されていた、最後のケアパッケージ。リスポーンした生徒たちの、不自然な記憶の欠落。桃瀬の占いが示した、北の最奥の脅威。それに対抗するため、俺が急遽クラフトした、精神攻撃耐性の装備。そして、実際に遭遇した、規格外の魔獣『沼御前』と、その変貌した姿――災厄級の魔獣『セイレーン』の存在。最後に、桜井たちが山頂から確認した、魔獣の軍団による、セーフゾーンへの北上。
ジャッジとの、あの不毛なやり取りの話に差し掛かると、部屋のあちこちから、「まあ、ジャッジだしな」「あいつらに言っても無駄だ」という、諦めの混じった呟きが漏れた。どうやら、この演習で、運営に不満を抱いているのは、俺たちだけではないらしい。
俺が全てを話し終えると、野神は、無言で壁際まで歩いていくと、そこに備え付けられていたホワイトボードに、俺の話の要点を、太いマジックで書き出していく。
「――つまり、だ。運営は、この事態を、現時点では認めていない。そして、正体不明の魔獣の軍団が、今、このセーフゾーンに向かってきている。……そういうことで、いいんだな?」
野神の言葉に、俺は静かに頷く。
その瞬間、今まで沈黙を守っていた各校の代表たちが、堰を切ったように、次々と口を開いた。
「まず、確認したい。そのセイレーンとやらは、授業で見た資料の姿かたちと、全く同じだったのか? それと、パッと見た感じで、その強さはどうだった? そうだな……この辺りの強敵だと、『エンシェント・トレント』あたりが基準になると思うが、それと比較して、どうだったかな?」
最初に質問したのは、第一工業の学級委員、斎藤だった。いかにも、技術者らしい、冷静で分析的な問いかけだ。
俺は、隣に座るレオナに、目線で答えを促す。
「……比較に、ならないわね」
レオナは、静かに、しかし、はっきりと答えた。
「トレントは、確かに強敵だけど、それは、あくまで『一体の魔獣』としての強さよ。あのセイレーンから感じた魔力は、質も、量も、トレントとは比べ物にならない。何より、あれは、無数の魔獣の群れを率いていたわ。語弊を恐れずに言うなら……」
レオナは一度そこで言葉を切り、少し言葉を探して、続けた。
「トレントとの戦いがただの『戦闘』だとしたら、セイレーンは、国を相手にする『戦争』よ。戦いの規模が、全く違うわ」
レオナの言葉に、部屋がざわつく。
「それにしても、精神攻撃、というのも厄介ですわね」
次に口を開いたのは、聖フローラ生徒会長の望月だった。彼女は、優雅な仕草で髪をかきあげながら、俺に問いかける。
「あなたたちが、その攻撃を直接受けなかったのは、その耐性をもったネックレスのおかげ、ということかしら? それは、量産できるものなの?」
「ああ、材料さえあればな。セーフゾーンにいるクラフターたちなら、問題なく作れる程度の物だ。だが、問題は、誰に着けさせるかだ。全校生徒分を作るには、おそらく資材も時間も、圧倒的に足りない。特に、資材は、この壁や、戦闘要員の装備にも使う。これから、各チームで取り合いになるぞ」
「なあ、湊!」
今度は、八紘農業の横山が、身を乗り出してくる。
「そのセイレーンってのは、本当に、このセーフゾーンを狙ってると断言できるのか? 確かに、俺たちも桜井からの連絡で、北に移動してるって情報はもらってる。今は、湿地帯を抜けて、荒野に入ろうとしてるところだってな。だが、荒野でたむろして、終わりって可能性もあるはずだ」
「断言はできない。だが、状況証拠は、揃いすぎている」
俺は、桃瀬の占いの結果――『塔』『城』『絞首台』のカードが示した意味と、セイレーンの進軍ルートを、改めて全員に説明する。
「『城』が、このセーフゾーンを指していると仮定すれば、全てが繋がる。奴は、この島で唯一の安全地帯を破壊し、俺たちを、逃げ場のない、ただの『餌』にしようとしているんだ」
俺の言葉に、誰もが押し黙る。
その、重い沈黙を破ったのは、今まで、腕を組んで、面白そうに話を聞いていただけの、あの男だった。
「――くだらねえ」
高城は、鼻で笑いながら、言った。
「お前らの話は、結局、全部『憶測』と『占い』じゃねえか。それで、魔災だの、なんだのと騒ぎ立てて、挙句、この俺たちにまで、この壁作りを手伝え、と? ……笑わせるなよ、三流クラフターが」
高城の言葉に、カッと頭に血が上りそうになるのを、深呼吸で抑え込む。挑発に乗るな。今は、まだその時じゃない。怒りで震えそうになる声を無理やり押し殺しながら、俺は、言葉を紡いだ。
「……そういう高城は、この状況を、どう見ているんだ?」
「湊ぉ、俺は、事実に基づいて話がしたいんだよ。今のお前の話で、確たる事実なのは、『セイレーンらしき魔獣に会った』ことと、『謎の魔獣の集団が、北に進んでいる』こと。ただ、それだけだよなぁ? まだ、セーフゾーンを襲うと決まったわけじゃあ、ない」
高城の指摘は、その通りだった。まだ、セーフゾーンを襲うという未来が、100パーセント確定したわけじゃない。
その、高城の言葉に、聖フローラの望月が、静かに口を挟んだ。
「それで、高城君は、私たちはどう動くべきだとお考えかしら? この壁作りは中止して、通常の活動に戻ればいいと、そうおっしゃるの?」
「動いたらいい、だと? ……もう、とっくに動いてるんだよ。俺たち、陵南はな」
高城は、自信に満ちた笑みを浮かべると、まるで、出来の悪い生徒に講義でもするかのように、語り始めた。
「湊から話を聞いた後、綾南の戦闘要員の中から、特に足の速い奴らを選抜し、三人一組の斥候部隊を、すでに五つ、荒野の各方面に放っている。奴らの任務は、戦闘じゃない。湿地帯周辺に居る謎の集団の、正確な規模、構成、そして、何より、その進軍ルートを、徹底的に監視することだ」
高城は、テーブルの上に置かれた地図を指し示す。
「斥候部隊は、互いに無線で連携を取りながら、奴らとの距離を保ち、情報を集め続ける。もし、軍団が明確に、このセーフゾーンを目標に進路を取った場合、斥候部隊は陽動に転じる。派手な音を立て、魔法を使い、本隊から、はぐれた魔獣を少しでも引きつけ、時間を稼ぐ」
彼は、最後に、自分たちのいる場所を、指でトン、と叩いた。
「そして、俺たち本隊は、セーフゾーンに待機するのではなく、ここからもう少し南西にある荒野と森の境界線に陣取る。そこなら、どの方向から敵が来ても、即座に迎撃態勢に移れるからな。……どうだ? お前らの、不確定な占いを信じて、ただ壁を作るだけの、非合理的な作戦より、よっぽど、現実的だと思うがな。もちろん壁が無意味だとは言わない。もし前線を突破されたときの最終防衛ラインだからな。建築は続ける」
高城の作戦は、あまりにも合理的で、そして、完璧だった。
不確定な情報に全てを賭けるのではなく、まずは情報収集を徹底し、あらゆる可能性に対応できるよう、柔軟に動く。リーダーとして、これ以上ないほど、正しく、そして、的確な判断だ。
部屋の空気が、変わるのが分かった。
各校の代表たちが、顔を見合わせ、その目に、納得と、そして、高城への信頼の色を浮かべている。
俺の言葉より、彼の言葉の方が、よほど、説得力があったのだ。
「とはいえ、まだ斥候部隊は送ったばかりだ。奴らからの情報は、まだ何もない。八紘の言う通り、荒野に出てきたというのなら、そろそろ接敵する頃だとは思うが……」
高城が、そう言って肩をすくめた、まさにその時だった。
彼の肩口の無線機から、ノイズ混じりの、切迫した声が響き渡る。
『こちら斥候三! 魔獣の集団を確認した!』
高城は、その声に顔色一つ変えず、無線機を外すと、ボリュームを上げて、会議室全体にその声が聞こえるよう、テーブルの中央に置いた。
「こちら高城。規模と進行方向を報告しろ。ついでに、セイレーンらしき個体はいるか、確認を急げ」
「……セイレーンは、二メートルくらいの大きさだ。最後に見た時は、骸骨ワニの頭に乗っていた……」
「……聞いたか。セイレーンは二メートル程度。魔獣の頭に乗っているらしい。探せ」
『了解!』
俺の補足情報を、高城が咀嚼し、的確な指示として斥候に伝える。悔しいが、今のこの場の主導権は、完全に高城が握っていた。去年の、あの屈辱的な光景が、脳裏にフラッシュバックし、俺は、目を閉じ、俯く。
その時、誰かが、俺の肩に、そっと手を置いた。振り返ると、そこには、心配そうな顔をした土田がいた。その温かさに、少しだけ、体のこわばりが解けるのを感じた。
その瞬間、無線機が、次々と新たな報告を拾い始める。
『こちら斥候四! 大多数は湿地帯の魔獣だが、ちらほらと、他のエリアの魔獣がいることも確認できる! また、遠方から、荒野の魔獣が、この集団に引き寄せられるように集まってきているのが見える!』
『こちら斥候一! 雪山の魔獣が、山を降りて、集団に合流しつつある! 東の廃都市にいたはずの、機械系の魔獣も一部確認した! まるで、島中の魔獣が、一つの場所に集結しているみたいだ!』
その報告に、部屋全体が、あり得ない、というどよめきに包まれる。すべてのエリアから、魔獣が集まってきている? そんなことが、あるのか。セイレーンの精神影響範囲は、一体、どれほどのものなんだ。
報告を聞いていた高城の顔からも、徐々に、いつもの余裕が消え、険しい表情が浮かび始めていた。
そして、事態は、さらに最悪の方向へと転がり始める。
『こちら斥候二! 荒野の主、『サンドワーム』が、集団に攻撃を仕掛けた!』
『斥候五より報告! サンドワームの奇襲は、集団の一部をいくらか食い破ったが、後続の物量に、押し潰されていく! ダメだ、数が、数が多すぎる!』
『ああ、クソッ! 今度は、ロックリザードの群れが襲撃をかけ始めた! だが、なぜかわからんが同士討ちを始めている!』
無線機から聞こえてくるのは、断末魔の悲鳴と、絶望的な報告。荒野の強力なモンスターたちが、次々と魔獣の集団に挑み、そして、その圧倒的な物量と、不可解な精神支配の前に、なすすべもなくすり潰されていく。
その、地獄のような戦場のさなか、一つの報告が、全ての希望を打ち砕いた。
『こちら斥候三! セイレーンを確認! 奴は、戦闘には一切参加せず、一体の巨大な魔獣の上で、優雅に歌っているだけだ! だが、その歌声に乗った魔力がこの混乱を引き起こしている! 魔力の流れ的に間違いない!』
そして、斥候は、震える声で、最後の、そして、最悪の報告を告げた。
『……集団は、襲われるごとに足を止めているが進路を変えない。雪山を迂回しつつ北へ。この進路なら間違いなく、セーフゾーンに向かっている!』
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