転送

 ポーションをいくつか飲み干し、クラフトで消耗しきった気力と魔力がようやく回復してきた俺たちは、いよいよセーフゾーンへの瞬間移動を行おうとしていた。


「いいか、よく聞け」


 俺は、完成したばかりの『転送のネックレス』を皆に見せながら、注意点を説明する。


「このネックレスの転送対象範囲は、残念ながら、かなり狭い。四人全員が飛ぶには、全員で、一つの塊みたいにくっつく必要がある。……まあ、一番手っ取り早いのは、俺に抱き着くことだな」

「なんで、あんたなんかに、抱き着かなきゃいけないのよ!」


 俺が言い終わるか終わらないかのうちに、桃瀬が心底嫌そうな顔で反論する。


「土田を間に挟んで抱きつけばいいだろ。とにかく、全体の面積を小さくする!」

「……まあ、土田君なら、別に……いいけど」


 桃瀬は、ぶつぶつと不満を言いながらも、ちらりと土田の顔を窺う。言いたい気持ちも分かるが、一瞬のことだ。我慢してもらうしかない。


「ちなみに、湊。もし、その範囲から、指の一本でも出てたら、どうなるんだ?」


 土田が、純粋な疑問として、最も恐ろしい質問を投げかけてきた。


「……分からん。だが、こういうのでお決まりの展開は、おそらく、空間の境界面で綺麗に切断されるんだろうな。その場合に、リスポーン判定になるかどうかまでは、保証できんぞ」


 俺がそう淡々と答えると、土田の顔が、さっと青ざめた。

 彼は、悲鳴のような声を上げて、俺の背中に、全力でしがみついてきた。それに続くように、桃瀬が、土田の腰に、ぎゅっと抱き着く。


 残るは、レオナ。彼女は、どうするのか。

 そう思って見ていると、彼女は、あろうことか、俺の正面から、ためらうことなく、その体を預けてきた。


「ちょっ……! おま、レオナ!?」

「なによ。面積を一番小さくするなら、ここが一番合理的でしょう? 私だって、切断されるのは嫌なんだから。仕方がないじゃない」


 耳元で、レオナの声がする。桃瀬が、背後で「大胆~」とか茶化しているのが聞こえるが、それどころじゃない。俺の心臓が、早鐘のように打ち鳴らされ、顔に、一気に血が上っていくのが分かった。レオナの顔が、今、見えないことだけが、唯一の救いだった。


 ……くそっ! とにかく、さっさと転送してしまうに限る!


 俺は、羞恥と混乱を振り払うように、転送のネックレスを頭上に掲げ、四人の中心あたりにかざす。座標の設定と、魔力の充填は、すでに済んでいる。転送先は、森のエリアにある、俺たちの本拠点の、少し手前にある開けた場所だ。ネックレスの挙動が、まだ完全には分からない以上、不安要素は、すべて排除する。拠点の中に直接転送して、家具と体が一体化しました、などという、笑えない事態は、絶対に避けなければならない。


「……行くぞ」


 三人が、無言で、しかし、力強く頷くのを確認して。

 俺は、ネックレスの起動ボタンを、強く、押し込んだ。


 ---


 起動ボタンを押した瞬間、目の前が真っ白な光で塗りつぶされ、体が、ぐにゃりと歪むような、言いようのない不快感に襲われた。

 ふわふわとした浮遊感が、しばらく続く。しかし、それは決して心地よいものではない。時に、エレベーターが落下するかのように、時に、空高く放り投げられるかのように。不安定に、滅茶苦茶に、体が揺さぶられる感覚が続き、次第に、最悪の乗り物酔いのような症状が、俺の胃を直接かき混ぜ始めた。


 くそっ、あのジャッジは、いつもこんな物を使っているのか……!? いや、四人で一気に移動しているせいで、魔力の流れが不安定になっているのか? それとも、単純に、このネックレスの完成度が低いだけなのか……!


 とりとめのない思考で、何とか吐き気を紛らわせていると、無限に続くかと思われた白い空間は、唐突に終わりを告げた。

 ぐらり、と視界が大きく揺れ、地面に足が着く。

 見渡せば、そこは見慣れた森の風景と、俺たちの本拠点の入り口。ようやく、着いたのだ。

 その安堵を感じた瞬間、俺の背中と側面に張り付いていた土田と桃瀬が、ずるりと離れ、地面に四つん這いになっていた。

 俺も、まともに立っていられず、膝に手をついて、ぜえぜえと口で息をする。吐き気で、額には脂汗がびっしりと浮かんでいた。


「おええええええっ……」

「ちょっと、無理かも……気持ち、わる……」

「えっと……みんな、大丈夫?」


 なぜかレオナだけが、けろりとした顔で、平然と立っている。

 なんで、こいつだけ、平気なんだ?


 レオナは自分のアイテム袋から取り出した解毒薬を、俺たち三人の口へ順に飲ませていく。口の中に、すっとした爽やかな香味が広がり、荒れ狂っていた胃の不快感が、ゆっくりと引いていく。

 汗を拭うが、体の芯に残ったような、あの嫌な浮遊感は、まだ収まらない。


 緊急時以外、二度と使うのはごめんだ、こんなもの


 応急処置を終えた俺たちは、いまだに残る不快感に耐えながらも、セーフゾーンへ向かって、再び駆け出した。

 一刻も早く、迎撃の準備を整えるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る