ケアパッケージ争奪戦

 土田から緊急連絡を受けた俺たちは、土田本人も含めて急遽拠点へと戻っていた。議題はもちろん、明日開催される『ケアパッケージ投下』イベントについてだ。


「ケアパッケージ? 私も母国で似たイベントがあるわ。出現した魔物を排除しながら、目標物を回収するイベントでしょう? 何か特別な違いがあるの?」


 話の重要性がまだ呑み込めていないのか、レオナがこてんと首を傾げる。


 ちなみにレオナは雪山エリアから出ると同時に全部服を脱がせ、ぴちぴちの戦闘服スタイルに逆戻りしていた。一度服を着たためか、顔を真っ赤にして抵抗していたがまだ罰は終わっていないぞと言ったら目に涙を浮かべながら、名残惜しそうに脱いでいた。一瞬変な性癖に目覚めそうになる。


 話を戻して、彼女の言う通り、海外方式の演習では、強力な魔獣の討伐とセットになっていることが多い。だが、ここは日本だ。事情が全く違う。


「基本的な流れはレオナの知る通り、空から支援物資ケアパッケージが投下されるイベントだ。実際の魔災スタンピード現場での航空支援を想定した自衛隊との合同訓練で、中身には希少なクラフト素材や限定設計図が含まれてる。ここまでは同じだろう」


 俺は一度言葉を区切り、本題に入る。


「だが、この演習には『ランキング』という、生徒同士を競わせるためのシステムがある 。だから、これは実質、生徒同士による物資の奪い合い……つまり、大規模な対人戦になるんだ。ケアパッケージをいくつ確保できたかで、今後のパワーバランスが決定的に変わるからな」

「……なるほど。物資の確保訓練と、物資を奪いに来る暴徒の鎮圧訓練を同時に行う、と。考えた人は相当性格が悪いに違いないわね」

「理解が早くて助かる。そういうことだ。だから、今回はレオナに対人戦をしてもらう。覚悟しておけ」


 俺はレオナの顔を窺う。彼女はこれまで、魔獣相手には無類の強さを発揮してきた 。だが、対人経験は未知数だ。相手が同じ生徒だと知って、その一撃が躊躇われるようなことがあれば、作戦に致命的な遅れが生じる。その時は、俺がフォローに回るしかないか。


「たくさんの人がリスポーン送りになりそうね。そうなると、土田君のお店は繁盛して、ますます忙しくなるのかしら」

「まあ、そういうことになるな」


 レオナの言葉に、土田は肩をすくめてみせる。


「実際のところ、今のセーフゾーンの状況はどうなんだ?」

「ん? イベント告知があってから、準備のための買い出し客でごった返してるよ。あと、リスポーンした奴に限れば、八割は男女問わず俺の『リスポーン応援セット』を買いに来るな。たまに真似して露店を出す奴もいるが、品揃えも中途半端だし、そもそもリスポーンする奴なんて戦闘狂の常連ばっかだからな。そいつらからいろいろ意見を聞いてほしい道具をセットに入れてる、俺の店以外行くわけないんだよな」


 土田はこともなげに言うが、これはセーフゾーンのリスポーン市場を完全に独占しているのに等しい。


「それなら、土田君はお店番に専念して、私と湊の二人でケアパッケージを狙いに行く、という形が最善かしら?」

「いや、俺も前線に行くぞ。そうだろ、湊?」


 土田からの確認に、俺はこくりと頷く。それが今回の作戦の要だ。


「え、どうして? 土田君には、これまで通りセーフゾーンで情報収集をお願いした方が、効率的ではないの?」


 レオナの疑問はもっともだ。だが、その思考はまだ一歩浅い。


「理由は二つある」


 俺は人差し指と中指を立ててみせる。


「一つ目、情報収集の意味が一時的になくなることだ。そもそもイベント当日に、重要な情報をセーフゾーンで漏らすような間抜けはいない。いたとしても、そんな奴から得られる情報は、俺たちが戦場で得るものより価値が低い。本当に価値のある情報は、リアルタイムで動く戦場にしかない。つまり、情報屋としての土田の価値がイベント中は一旦無くなるわけだ」

「……なるほど。では、二つ目は?」

「こっちの方が本命だ」


 俺は口元に、冷たい笑みを浮かべる。


「――土田が店を閉めること。それ自体が、敵への強力な妨害工作サボタージュになる」

「……!」


 俺の言葉に、レオナは息を呑んだ。


「土田の店があるから、連中はリスポーンしてもすぐに装備を整えて戦線に復帰できる。だが、その唯一の補給線が断たれたら? 復帰には何倍もの時間がかかる。考えてみろ、俺たちが必死でリスポーン送りにした敵が、すぐに息を吹き返して戻ってくるんだ。意味ないだろ。わざわざ敵に塩を送ってやる必要はない」


「時間がかかる……?」と、レオナは腕を組んで黙り込む。俺の意図を頭の中で必死に整理しているようだ。

 土田が、俺の言葉を補足する。


「俺の店に頼り切ってるってことは、裏を返せば、連中は『リスポーンさせられた後の立て直し方』を自力で学んでないってことさ 。そんな奴らが、何の準備もなく放り出されたらどうなる? 演習初日の状態に逆戻りだ。最悪、拠点に装備を取りに戻ったところを魔獣に狩られてリスポーンしての無限ループに陥るかもな」

「付け加えるなら、イベント当日は動ける人員のほとんどが戦場に駆り出される。他の露店も激減するから、代用品の調達すら困難になるだろう」


 レオナはようやく全てを理解した、という顔になる。その瞳には、純粋な感心と、俺のやり方に対する少しばかりの畏れが混じっていた。


「……あなたたち、まさか、最初からそこまで考えてセーフゾーンで……?」

「いや、さすがにそこまでは読んでない。常に、今ある手札の中から、相手が一番嫌がるカードを切る。ただそれだけだ」

「そうそう。俺は演習前に湊が『リスポーン地点で装備を売れば、手堅く儲かるし、運が良ければ女子の下着姿も見れるから一石二鳥だ』なんて言うから始めただけだって。まさか、こんなに使えるとは思ってなかったよ」


 土田の軽口に、俺は「余計なことを言うな」と肘で鋭く小突いた。しまった、という顔で口を押える土田。しかし、時すでに遅し。レオナが、じとーっとした侮蔑的な目で俺を睨みつけてくる。


「まあ、私の下着姿を肴にご飯を食べるような二人ですもの。今更、その程度のことで驚きはしないわよ」


 完全に急所を突く一言だった。

 土田が「ぶはっ!」と堪えきれずに噴き出し、腹を抱えて爆笑し始める。


 何がおかしい、土田。お前もその『二人』に含まれているんだぞ。レオナ、頼むからその蔑むような目をやめろ……!


 ---


 俺は一つ咳払いをして、緩みきった空気を断ち切る。


「さて、本題に戻るぞ。土田、ケアパッケージの投下地点について、説明を頼む」

「おう」


 土田は頷くと、アイテムボックスから一枚の紙を取り出した。島の簡易的な地図に、彼が集めた情報が細かく手書きされている。土田が指し示したのは、島の南端に広がるエリアだった。


「今回のケアパッケージの投下座標は、島の南側にある『湿地帯』だ。読んで字のごとく、見通しの悪いマングローブが密生してるうえ、足元はぬかるんでる。場所によっては底なし沼も点在してる、かなり厄介な場所だ」

「危険な割に見返りが少ないからな。こんなイベントでもなければ、好んで行くような場所じゃない。だから行ったことがある奴でも、地形を正確に覚えている者は少ないはずだ」


 俺の補足に、土田も頷く。運営も、わざとこんな情報が少ない場所を選んだのだろう。単純な戦力だけでなく、環境への適応能力や、サバイバル技術も試すつもりだ。


「そんな危険な場所に、土田君も同行するとのことだけど……。失礼ながら、あなたは戦闘要員ではないでしょう? 前線で、どのような役割を担うのかしら?」


 レオナが、純粋な疑問として土田に尋ねた。

 彼女と土田はまだ付き合いが浅い。当然の疑問だろう。――ん? ということは、俺が同行することは、当然のものとして認められているのか。

 そう思った瞬間、自分の顔にカッと熱が集まるのを感じた。

 やめろ、俺。今はそんなことを考えている場合じゃない。集中しろ。


「はは、まあ直接殴り合ったりはできねえけど、俺にも取り柄はあるんでね」


 土田はそう言うと、悪戯っぽく自分の目を指さして見せる。


「俺のスキルは、戦闘じゃなくて隠密と索敵に特化してるんだ。『気配遮断』で敵から身を隠し、『遠見』で遠くの状況を把握する。つまり、チームの目や耳になるのが俺の役目ってわけ」

「そうだ」と、俺は土田の説明を引き継ぐ。


「レオナがチームの『剣』なら、俺は『頭脳』だ。そして土田は、その剣と頭脳を繋ぐ『神経』の役割を果たす。土田からのリアルタイム情報がなければ、俺の戦術も、レオナの力も、その真価を半分も発揮できない」


 俺の説明に、レオナは深く納得したように頷いた。三人の役割分担ロールが、彼女の中で明確に像を結んだのだろう。


「とはいえ、今回は土田も『頭脳』の役割を兼ねる。このエリアの情報を今一番持っているのは土田だからな」

「湊が珍しく褒めてくれるなぁ。それで、具体的な立ち位置なんだが……」


 照れたように頭を掻きながら、土田が再び地図を指し示す。


「俺としては、この湿地帯の南端、少しだけ小高くなってる丘があるらしいんだ。まずは、この上で観測を行いたい。ここならぬかるみもないし、主要な侵入経路からも距離があるから接敵しにくい。それでいて、湿地帯全体を広く見渡せるはずだ」


 安全マージンを最大限に取りつつ、広範囲をカバーする。土田らしい、堅実な提案だ。

 しかし、それに異を唱えたのはレオナだった。


「それでは、パッケージが投下される場所から遠すぎないかしら? こういうイベントでは、物資はエリアの中央付近に落とされるのが定石でしょう? 投下されてから移動したのでは、敵に先を越されてしまうわ。もっと中心に近くて、投下地点を直接視界に捉えられる場所を確保すべきよ」


 前線で戦うレオナならではの、より実践的で攻撃的な意見だ。反応速度と先手必勝を重視している。


「……両方の意見に一理あるな。だが二人とも、このイベントの重要なプロセスを忘れてる」


 俺は二人の視線が自分に集まるのを確認してから、説明を始めた。


「ケアパッケージは、いきなり投下されるわけじゃない。まず、複数の目標地点に運営が赤い発煙筒を打ち込む。それを見た航空自衛隊の輸送機が、煙を目印にパッケージを投下するんだ。つまり、煙が上がってから、実際に物が落ちてくるまでには、数分間のタイムラグがある」


 この情報が、俺たちの戦術を決定づける。


「そうだった!」と土田が膝を打った。


「そうすると、俺たちはまず、安全な場所からその『赤い煙』が上がるのを待てばいいわけだ。それなら、やっぱり最初の俺の案通り、南の丘から湿地帯全体を見渡して、誰よりも早く発煙筒の位置を特定するのが最優先になるな!」


「……そういうことね」レオナも納得したようだ。


 二人の意見が、一つの結論へと収束していく。

 俺は最終決定を告げる。


「二人の意見を合わせると、こうなる。第一段階は南の丘に観測拠点を築く。そこで赤い発煙筒が上がるのを待つ。第二段階は発煙筒の位置を確認次第、すべて記録し俺が回る順番を指示する。そこからはレオナを先頭に、一気に投下地点へ進軍する。第三段階は投下地点周辺に、レオナが提案した投下地点を目視できるような場所があれば、そこを拠点に先着している敵を排除。ケアパッケージを安全に回収する。これで、土田の安全性とレオナの反応速度、両方の利点を活かせる。これで行こう」


 俺の言葉に、二人は力強く頷いた。

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