第41話  恋愛相談2

 最近、るぅの積極性がすごい。

 以前からではあるんだけど――初めてキスをされてから、隙あらばあたしへの愛を語ってきたり、キスしようとしたり、なにがなんでもあたしを落とそうというのは、すでに日常になっているから、別にいい。

 好きだって気持ちを表現してもらえるのは、あたしだってうれしいし……。


 だから、なんだかんでいつもるぅにずるずると引っ張られてしまう。

 キスしたり、ハグしたり、一緒にお風呂に入ったり。

 あたしもるぅのことが好きだし、そういうのがイヤってわけじゃない。……ううん、気分が乗ってる時なんて、他のことがどうでもよくなるくらい幸せを感じてしまうことだってある。

 でも、そういう時間は長く続かないってことは知ってる。


 恋は一時的な脳のバグ。

 のぼせ上って平常心を失っている状態で、いつかは元の状態に戻る。

 今はたまにするだけだから、キスもハグも特別なことに思える。

 でも、いつもするようになったら、きっと何も感じなくなる日がやってくるだろう。


 大好きなるぅと惰性で一緒にいるようになる――なんとなく続いているだけのものは、いつかなんとなく終わりを迎える。

 そんな日がくると想像するだけで、あたしは耐えられない気持ちになる。

 いつまでも大好きでいたいから、いっそあたしのものにならないでほしい。

 叶わずに終わった夢は、永遠に心の中に残り続けるから。


 まぁ実際に、このまま終わりそうになったら――たとえば、るぅが他の人と付き合うとか言い出したら、あたしは狂ったように泣き叫ぶと思う。

 るぅに泣きついて「捨てないで!」としがみつくのだろう。

 それでるぅがその人ではなくあたしを選んでくれて、付き合うようになったとしても――きっと長くは続かない。

 外圧によって関係が変わったとしても、あたしの内面が変わったわけじゃないから。

 いつかあたしは、るぅとの別れを再び怖れるようになるだろう。

 怖れれば怖れるほど、どんどんそっちに吸い寄せられいくはずだ。


 今のままがずっと続いてくれたら――それが一番幸せだ。

 わかっている。

 それはムリ。

 今は高校生だから、この関係を続けられる。

 大学生になって、ふたりで暮らすというプランもあるけど、そこもたぶん続けられる。

 でも、そこから先はどんどん難しくなる。

 社会人になって、周りが結婚していく中では、今の関係を続けていくのはムリ。

 あたしたちは確実に選択を迫られる。

 るぅを人生のパートナーにするか、それとも他のパートナーを探すか。


 その時になれば、ようやくるぅを選べるだろうか?

 気持ちで言えば、るぅを選びたい。

 でも、そこで怖がってしまったら……将来的に破局してしまって、るぅと過ごした時間がすべて悪い時間だと思ってしまうことになるくらいなら、あたしは他の人を選んだり、ひとりで生きる道を選ぶかもしれない。


 我ながら難儀な性格だ。

 自分から不幸になる方向に向かって進もうとしている。

 一番の望みがなんなのか、とっくに理解しているくせに――。


 るぅがあたしにしてくれるみたいに、あたしもるぅにしてあげたい。

 好きを伝えてもらうだけじゃなく、あたしからも伝えたい。

 死ぬまで別れなんて訪れず、るぅと一緒に生きていけると信じることができるなら、すぐにでもあたしは心のままに行動できるのに――。




 自分の部屋で勉強をしていると、お父さんから電話がかかってきた。

 今は仕事で出張中。昨日はるぅのところに電話をかけ、結構長電話したらしい。今日はあたしの順番か。


「もしもし、飾? なにか困ったことは起こってないか?」


 そういう出だしから始まって、三十分くらい雑談した。

 たぶん、世の中の高校生の娘で、父親と三十分も電話する人は珍しいと思う。

 うちは親子での会話は多い方なのだろう。

 あたしはお父さんが大好きだ。

 あたしの実の父親ではないけれど、それ以上に家族だと思っている。あたしにとって父親といえば星宮家のお父さんのことだ。


「ところで涙衣とは仲良くやっているか?」


 お父さんがそんな話を切り出してきた。

 妙に引っかかる質問だ。

 あたしとるぅが仲良くなかった時期なんてないのに。


「るぅになにか聞いた?」

「飾は鋭いな」


 それから父さんは、るぅと話した内容を語ってくれた。

 あの野郎……よりにもよって父親に恋愛相談するのか?

 お前の父親ってだけじゃなくて、あたしにとっても父親なんだぞ。


「父親からこういう話をされるのは複雑な気持ちかもしれないけど、ちょっと聞いてもらえるかな?」

「るぅにムチャぶりされて、一生懸命考えてくれたんでしょ? なら聞くわよ」

「ありがとう……まず、謝っておきたいんだ」

「なにを?」

「飾がそういう臆病な性格になったのは、父さんたちのせいだろうから」

「…………まぁそうかもね」


 もし両親が離婚せず、仲の良い家族がずっと仲の良いままだと信じていられたのなら、あたしは今みたいな心配を全然しなかったかもしれない。

 ……その場合、るぅとはずっと兄妹のままだったかもしれないけれど。


「それと、先に言っておくけど、父さんはふたりの関係についてどうこう言うつもりはない。ふたりがしたいようにしなさい。どんなことがあっても、常にふたりの味方をするから」

「うん」

「それで本題だけど、涙衣からは、別れたくないから涙衣の告白を断ったと聞いた。実際はどうなんだ? 飾の言葉で聞かせてほしい」


 ……お父さんのことは大好きだけど、さすがにこういう話をしたいわけではない。

 まして、あたしの考え方は、あたし自身もおかしいと思っているものだ。

 話したらどう思われるか。

 断ろうかな――と、結構本気で考えた。

 でも、話すことにした。

 あたしには変化が必要だとわかっていたから。


「るぅのことはすごく好きなの。でもね――」


 それから語った胸の内は、我ながら呆れるほどにバカバカしかった。

 頭の中で考えている時は、一応は筋が通っているような気がしていた。

 でも、言葉にすると、少し冷静になって俯瞰することができる。そうしたら、なんと支離滅裂なことか。


「あたしがどうしたいのかは、自分でも知っているの。でも、怖くて動けないの。どうしたらいいかな?」

「未来がどうなるかなんて誰にもわからないんだから、飾の不安を完全に取り除くことは誰にもできない。それはわかるね?」

「うん」

「どう生きたって不安はずっと付きまとってくるんだから、やりたいようにやってみたらいいさ――と言うのは、いささか簡単すぎるかな?」

「そうだね。あと、無責任に突き放してるように感じる」

「じゃあ、少しでも不安を軽くできることを言おうか。もし飾とるぅが付き合って、それから別れたとしよう。二度と口もききたくない、ってくらいの大ゲンカをしたとする」

「……考えたくない状況だね」

「それでも、飾は家族をなくしたりしないよ。父さんがいる。うちの長男と長女が大ゲンカしても、父さんは両方の味方をする」

「あたしの味方もしてくれるの?」

「もちろんだ」


 そっか……うん、そうだよね。

 血の繋がりなんてなくても、あたしとお父さんは“親子”だもの。どんな時でも味方してくれるのか。

 そうすると、るぅとなにかあったら天涯孤独になってしまうって心配はなくなったな。


「それと、もうひとつ」

「なに?」

「たしかに人間関係には別れは付き物だが、それをことさら怖れることはない。別れても、それ以上に得るものはある」

「そうなの?」

「父さんはバツ2だが、どちらの結婚でも得るものはあった。どちらもしてよかった結婚だと思うよ」

「どっちも失敗してるのに?」

「一回目の結婚では涙衣と。二回目の結婚では飾と出会うことができたんだから。続けることはできなかったが、結婚が失敗だったとは思っていない。たとえうまくいかなくても、きっとそれ以上に得るものはあるよ。だから、なにも始める前から怖れることはない」

「うん……」


 電話を切ってから、あたしは会話の内容を振り返った。

 詰まるところ、応援してもらえている。あたしが一歩を踏み出すことを。

 るぅのためではなく、あたしのために――ふたりのために、お父さんは応援してくれている。

 すごくうれしい。とっても素敵な家族を持つことができたと思う。

 そして――。


 別れても大丈夫なんだ、って安心させてくれたことに感謝したい。

 あたしは今日、理解した。

 安心というのは、絶対に負けない自信からくるものじゃない。

 負けても大丈夫だって思えるからこそ安心できるんだ。


 あたしはるぅのことが好き。

 絶対に別れたくない。

 でも、万が一別れても……それでもあたしは家族を失うわけじゃない。

 やり直しができなくなるわけじゃない。

 だから、もう怖がるのはやめよう。


 もちろん、こういう気持ちが一過性のものだというのは理解している。

 なんとなくその気になり、気持ちが大きくなっているだけの可能性は高い。

 一晩寝て、明日になれば落ち着いて、また臆病な自分に戻っているかもしれない。というか、きっとなる。

 だから、今夜のうちに動く。

 一緒に住んでいてよかった。すぐに会えるから。


 さぁ、行こう。

 勢いのままに、るぅの部屋に。

 行ってどうするか全然決めてないけど、なにをしたいかはもう決めているから。

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