THE盆地 夏編

 盆地は地獄です。今日はそれだけ覚えて帰ってください。


 この前、テレビで我が街が紹介されていた。「移住者殺到のトカイナカ」として紹介されたVTRには、田舎側に山と田園風景、都会側に駅とマクドナルドの店舗画像が載っている。都会側を舐めすぎでは??

 実際に移住者は多く、古民家カフェや和モダンな蕎麦屋などを近くで見ることも増えた。秋は観光客も多く、景観条例で保護された歴史ある街並みが街の自慢……ということになっている。

 その裏で、僕らの文化の最前線だったTSUTAYAとサーティーワンが近々潰れるらしい。隣のミスドは、数年前に眼鏡市場になった。

 取材を受けていた移住者相談窓口のおじさんは、「大都市に乗り換えなしで行けるのが強み」と言っていた。確かに、それに関しては間違いない。路線の終点でもあるので、座った状態での通勤・通学も無理なくできる。30分に一本しか電車が来ないのも、それが当たり前になると意外と苦にならない。


 僕がこの電車に毎日乗っていたのは,大学時代の数年間だ。家から一番近いキャンパスに通うため、一人で電車とバスを乗り継いで移動していた。

 電車で30分、バスで15分。片道で合計1時間15分だ。

 時刻表トリックではなく、車椅子で一人で移動するためには仕方ない部分だ。駅のホームと車両の間に隙間があり、そこにタイヤが嵌まらないように駅員さんに橋渡し用の板を用意していただいている。その時に乗車駅だけではなく降車駅にも連絡してもらうため、電車に乗る時間よりも10〜15分ほど早く待機する必要があるからだ。駅員さん、いつもありがとうございます。

 行きはそのまま電車を降りて大学までのバスに乗れば済むが、帰りはそうはいかない。バスと電車の接続が良すぎて、バスを降りた5分後に電車が出発する。当然その車両には間に合わないため、結果的に30分後の電車に乗る必要がある。

 正直、毎日それを繰り返していれば慣れる。スマホがあれば30分待つくらい苦ではないし、むしろゆっくり出来ていい。


 そう言っていられない時が、一度だけあった。


 この街は、山に囲まれた盆地だ。冬の寒さも厳しいが、夏の暑さは特にヤバい。盆地、土地の平坦さの割に人間が住むには厳しすぎる。それは隣の市も例外ではなかった。

 大学最後の夏。残っていた単位のために、テストだけ受けに行った帰りのことだ。いつもより早い帰宅で,バスは相変わらず電車との接続が良すぎる。1本目の電車を見過ごし、僕は駅員さんにサポートをお願いした。


「上で待つ? 今日は暑いからホームの休憩所で待っててもええよ」

「ありがとうございます! たぶん大丈夫だと思います!!」


 顔馴染みの駅員さんにそう伝え、改札からエレベーターでホームへと上がる。

 その瞬間の空気が違った。昼下がりの一番暑い時間、線路の鉄に反射する太陽光がホームまで届き、そういう地獄かと思った。なるべく日陰を探してスマホを見る時間を作るが,10分も保たない。汗が出始め、僕は慌てて駅員さんが言っていた休憩所に向かう。

 休憩所の周りには誰もいないが、僕の力でも簡単にドアが開いた。滑り込むように入り、電車を待つ。エアコンは効いているはずなのに、まったく涼しくなかった。当時はコロナが落ち着いていなかった時期で、換気のためドアが少し開けてあったのだ。透明の壁も直射日光をガードしてくれるか不安で、下手したら蒸し焼きになる気がした。少し風が吹いている分、外の方が涼しい気もした。これ休憩所の意味ありますかね??


 結局休憩所から出た僕は、ダウン寸前だった。水筒のお茶は飲んでしまったし、自販機で飲み物を買おうにも誰かのサポートがないとペットボトルすら開けられない。「今まで一人だったし大丈夫だろう」と思っていたことが全部裏目に出た。

 電光掲示板の「20分遅れ」の表示に怒る元気もなく、ただ汗がぴたりと止まったことだけが怖かった。これ電車来るまでいけるか? ワンチャン死ぬのでは? 熱中症経験など今までなかったので、心底からビビっていた。


 電車が来るまでTwitterをしながら気合いで耐え、冷房の効いた車内に入った瞬間、普段通りに汗が流れ始める。なんとか生き残った……!!

 到着駅で迎えに来た母親に開口一番アクエリの購入を懇願し、その日は何とか事なきを得た。今までの人生で一番美味しいアクエリだった。


 今はエアコンの効いた部屋で塩飴を舐めながらこの文章を書いています。盆地は今年も暑いらしい。熱中症には気をつけよう! 死ぬぞ!

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