第三章 第八話
太陽が一番高いところへ昇りきる前に、見送りの時がきた。
別れの挨拶をするため、門の前で
「
「世話になった」
来た時とさほど変わらない堅苦しい態度と言葉で、
「おかげでいい時間が過ごせました」
「いえ、こちらこそ。ごゆっくりくつろいでいただけたのでしたら、幸いです」
またのお越しをお待ちしています、とは言えないのが、この宿の少し切ないところだ。この宿で出会った人とはもう会うことはない。心残りを晴らして気持ちよく宿を出発してもらえることは喜ばしいけれど、毎回寂しくもあった。
「この宿でのことは、記憶から消えてしまうんですよね?」
一緒の布団で寝るという
「はい……申し訳ありませんが、決まりなので」
眉を下げる
「いえ、いいんですよ。記憶を持ち帰ることがなくても、昨日の温もりはきっと忘れません」
最後は自分に言うように、
そのとき
「せっかくだから、見送りに。一緒にいいでしょ?」
「わたしは、いいけど……」
布団の件がまだ尾を引いていて、とっさに目を逸らしてしまう。
「……
「怒ってないよ」
耳に届いた自分の声は、少しぶっきらぼうだった。子どもみたいな態度だなと自覚しつつも、うまく振る舞えない。
「怒ってるじゃん」
「怒ってないよ。
なんだか、昨日もしたようなやり取りだなと思う。立場が逆になっているだけだ。
「あら、喧嘩でもしたんですか?」
ハッとして向き直ると、
「い、いえ。そういうわけでは……失礼しました」
お客さんの前で言い合いをしてしまったと、すぐに反省して取り繕う。
けれど、なぜか二人は顔を見合わせて、笑い合っていた。
「おい、坊主」
「お前は、俺みたいになるなよ。俺にちょっと似てるところがあるからな」
「……どの辺がですか?」
「まあ、後悔だけはねえようにな」
次の瞬間、門の風鈴がちりんと鳴った。
門がぱっと光を放ち、辺りがいっそう明るくなる。
「じゃあ、行くか……」
二人が向かう先は別々だ。あの手も門を通った瞬間に離れてしまうだろう。それでも、とても意味のある一瞬だと思った。
「よい旅路を」
二人の背中に、
心を込めて、二人の姿が門の先へと消えるまで見送り続けた。
午後から休みになったので、残っていた雑務を片付けて仕事を切り上げた。
何をして過ごそうかと考え、せっかくなので贅沢に昼間から大浴場に行ってみることにする。
大浴場へ向かうため廊下を進んでいると、角を曲がったところで見慣れた背中を見つけた。
「あきちゃん!」
呼びかけながら駆け足で追いつく。
「あれ?
「うん。午後からお休みをもらったんだ」
二人で並んで歩き出し、もうすぐで入り口というところで反対側から
「あらら、
「そう。二人も?」
その問いに、
「そっか。じゃ」
「じゃ」
短いやり取りだけして、それぞれのれんをくぐろうとする。
しかし、
何事だろうと不思議に思う
「あーあ、面白いからもう少し内緒にしておこうと思ったんだけどなぁ……ここまで来たら隠せないよね」
残念とでも言いたげに、
「あのね、
ぽかんとした
どうやら
「えっ………てっきり………その、ごめん」
まだ頭の中を整理できていないのか戸惑いを全面に出しながらも、
「あっ。だから昨日、
「そうだよ。女の子同士のほうがいろいろ気兼ねなくていいかと思ったから、誘ったんだけど」
「ふふっ、だからあんなにヤキモキしなくてもよかったのに」
どこか楽しそうな
「……そんなんじゃない」
「素直じゃないねぇ。先が思いやられるよ。その調子だと、昨日もただ一緒にお布団にくるまっただけでしょ?」
「関係ないだろ」
「あ、図星だ。まあ、簡単に手を出さなかったことは正直えらいなって思う。見直したよ。でも、そんな亀みたいにのろのろしてて大丈夫? その前に誰かに取られちゃうかもねぇ」
「…………」
「ぼくが敵じゃないからって、安心しないほうがいいんじゃない?」
二人のやり取りを傍目に見ながら、
「ねえ、なんの話?」
「別に……」
そんな姿を見て
「
「え、うん……そうだね」
「あー、
「……ずるい」
のれんをくぐる寸前、
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