第三章 第五話
二時間ほど、無心で他の仕事を片付けた。
日が沈んだ頃にぱらぱらと降り出した雨は、時間が経つにつれて本格的に降り出したようだ。台所でひとり洗い終わった食器を拭いていると、雨が地面を打つ音が聞こえてくる。
作業をしながらも、頭にはやっぱり
明日、
他にできることがあるなら、やっておきたい。できることをやらずに明日を迎えたら、自分にとっても心残りになるだろう。
そもそも二人は本当に一緒の布団で寝られているのだろうか。あの
嘘までついて自分から提案したことだけに気掛かりだ。しかし、お客さんが一緒の布団で寝られているかどうか、探りを入れようとすること自体、まずい行動な気もする。従業員としてどうなのだろう。それなら、そもそもあんな提案をするなという話なのだけれど。
悶々と考えた末に、れもん白湯を持っていくついでに様子を見にいくことにした。良質な睡眠をもたらす効果があるので、お休み前にいかがですかという建前も用意した。
れもん白湯を訪問の免罪符のように掲げ、部屋の前にやって来る。
すると、中から二人の話し声が聞こえてきた。
「一緒に入ると温かいものね」
「……そうだな」
「最後の夜くらい、ゆっくり一人で寝たかったでしょう?」
「別に、どっちでもいいさ」
「今夜くらいは我慢してください。これから私は一人で寝ることになるんですから」
「ふん。そんなこと言って、お前は俺がいなくなったって寂しくなんかないくせに」
また何やら雲行きが怪しくなってきた。立ち聞きなどよくないとはわかっているけれど、襖に耳を近づけてしまう。
「そんなことありません。寂しいですよ」
「嘘つけ。俺が死んだってのに、笑顔で世間話して、飯食って、小説なんて読んでただろう」
「まるで見ていたような言い方ですね」
その後で開き直ったような
「ああ、そうだよ。見てたんだ。宿にお願いして、現世でのお前の姿を見してもらったんだ」
「あら、そうだったんですか」
「……それはだって、あなたがいつも言っていたからじゃない。どんな悲しいことがあっても、仕事相手には笑顔で接して、よく食べて、よく休めって」
「じゃあ、なんだお前……その言いつけを守ってたっつうのか」
「毎日のように言われたら、身体に染みついてしまうものなんですよ。何年一緒にいると思ってるんですか」
「そうか……そうだな」
短い相槌からだけでも、
「なあ、
「はい?」
「……今までずっと、連れ添ってくれてありがとな」
一瞬の間のあとで、
「お前っ……笑うことはねえだろう」
「ごめんなさい。嬉しくて。まさか恥ずかしがり屋のあなたから、そんな言葉が聞けると思ってなかったわ」
「一緒の布団で寝るなんてのに比べたら、礼のひとつ言うくらい、なんでねえと思ったんだよ」
「ふふ、そうかもしれませんね」
傍に置いた盆の上の急須から、れもんの香りがふんわりと漂っている。邪魔をしたくなくて、
その後、夜も更けた頃になって、ようやく一日の仕事を終えた。
本当はもう少し早くあがる予定だったのだが、急遽妖の館に助っ人として駆り出されたために遅い時間になってしまった。猫の妖のお客さんをお風呂に入れようとして逃げられたので、探すのを手伝ってほしいとお願いされたのだ。従業員総出で捜索にあたり、つい先ほど無事発見された。今、猫様は入浴中だ。
自分自身もお風呂に向かい、疲れきった体で自室に戻ってきた
「ええっ、どうしよう……」
布団を確かめてみるが、手遅れだった。すでにかなりの水を吸っているようで、とてもこの上で眠れるような状態ではない。
今夜は布団なしで過ごそうか。そんな考えが過るけれど、雨のせいか気温が下がっている。夜が深まるほど、さらに寒くなることは明らかだった。
「そうだ、あの布団……」
しかし、広間を探してみても、布団は見つからなかった。他のお客さん用に持っていかれてしまったのかもしれない。
「どうしよう。夜も遅いし、あまり探し回るのも迷惑だよね……」
ひとり言のように呟きながら、あてもなく廊下を進む。すると、反対側から
「あれ? 二人して、どうしたの?」
めずらしい組み合わせだなと思いつつ、声をかける。二人の傍にも火の玉がいるので集まると、だいぶ明るくなった。
「それがさ、また小腹が空いて、台所を漁ってたんだけど。そしたら、今度は
「俺は、別に盗み食いしにいったわけじゃないからね」
一緒にされるのが嫌なのか、
「
「それが、実は……」
「それは大変だね……それなら、ぼくの部屋にくる? 一緒に寝ればいいじゃん」
「ね、そうしよう! いつまでも布団を探し回ってたら、風邪引いちゃうよ!」
「うーん、そうさせてもらおうかな……」
「だめ」
「それは、だめ」
もう一度、力強く宣言してから、
「えっ、ちょっと、
戸惑う
「あらら、それじゃあ
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