第二章 第三話
「手拭くの面倒でしょ。ちょっと動かないで」
意味を取りかねて立ち尽くしていると、
そのままぴったりと体をくっつけて腕を回すと、
そう頭では理解しているのに、鼓動が勝手に速くなっていく。
別になんでもないと思い込もうとすればするほど、呼吸がうまくできなくなって頬が熱を帯びた。
「あれ? なんかうまくできない」
さらに心臓がうるさくなって、耳まで赤くなっている自覚があった。
そのとき、
「……耳、赤い?」
耳元で
ようやく
「やっぱり耳、赤くなってる……照れてるの?」
「ううん、照れてない!」
反射的に否定すると、
「そう? 人間は照れたり恥ずかしかったりしたときに、耳が赤くなるって聞いたことがあったから。てっきりそうなのかと思った」
そう指摘されると、さらに耳が熱くなる。
どうして、人間は照れたことがこんなにも目に見えてわかるような仕組みになっているのだろう。少し恨めしい気持ちになりながら、
ふかふかの毛で覆われた耳は、赤くなったとしてもわからなそうだ。
「耳が赤くなる人もいるってことなのか、単に教えてくれた人が嘘をついたのか……どっちなんだだろう」
人間のことを知ってほしいと望むからには、本当のことを教えなければいけない気がした。
「……
素直に白状すると、
「あ、やっぱり照れてるんだ。でも、なんで?」
「えっと……距離が近いから、かな」
「ごめん。俺、また近かった? 気をつけてたつもりだったのに……」
「大丈夫。半妖の人にとっては、これが普通なんだもんね」
「本当にごめん。嫌な思いさせたよね」
「ううん、嫌じゃないよ!」
けれど、言ってから、嫌じゃなかったというのは、嬉しいという意味に聞こえなくもないなと余計な考えが浮かぶ。
「なら、よかったけど……でも、どうして照れてないって否定したの?」
「だって、照れてるって相手にわかったら、さらに恥ずかしいでしょ?」
「そっか。じゃあ、それならどうして本当のこと言ったの?」
人間に関心を示してくれるのは喜ばしいけれど、まさかこんなかたちで質問攻めにあうとは思っていなかった。
「それは……
そう答えると、
それから、手の甲を口元に当てて、ふっと微かに笑みをこぼす。
「なにそれ。真面目なの?」
「だって、
「そうだね。結構、面白いかも」
落ち着きかけた鼓動がまた速くなっていく。
めずらしい光景を目に焼き付けようとするけれど、
「りんきん、そろそろいいんじゃない?」
順調にお菓子作りは進み、無事にりんきん餅が完成した。
薄紅色の生地は色味も鮮やかで綺麗で、形も悪くない。見栄えは、上出来だと言える。
問題は味だ。部屋で待つ
「ねえ、
「いいよ」
「うん、美味しい」
「本当? よかった」
続けざまにもうひと口食べるので、本心から言ってくれているのだとわかった。
「もしかして、
「……好き」
尋ねると、
意外と素直に答えてくれたことに驚きつつも、なんだか微笑ましくなって口元が緩んでしまう。
「人間の世界には、こういうお菓子ないの?」
「似たようなものはあるよ。りんきん餅に近いものだと、いちご大福とかかな」
「いちご大福……それ、美味しいの?」
「うん。わたしは好きだよ。いちごっていうのは赤くて小さい果物なんだけど、甘酸っぱい味がするの。そのいちごが、大福の中に入っているんだよ。あんこの甘さと合わさって、それがまた美味しいの」
「ふうん、そういうのがあるんだ」
気のない返事に聞こえたが、
もしかして食べてみたいと思ってくれているのかもしれない。
「お菓子できたんだし、お客さんに持っていったら?」
「うん、そうする。せっかくだから、綺麗なお皿に乗せてこうっと。お茶も淹れないと」
一緒に過ごす時間がなんだか楽しくて、
できあがったお菓子とお茶をお盆にのせて、
急須から湯のみにお茶を注ぐと、茶葉の香りが広がって部屋の空気がふっと和らぐ。
「いい香り。お皿も綺麗ですね」
りんきん餅の紅色が映えるお皿はどれだろうと、あれこれ見比べながら
「ありがとうございます」と答えた
お茶を淹れ終えると、座卓から少し下がって
心残りはないと言っていた
「いただきます」
それから、りんきん餅を手に取って口に運んだ。思ったよりも大きなひと口だった。
「……美味しいです」
こちらを振り向いた
「本当ですか?」
ほっとして、
「本当に、美味しいです。ただ……」
「ただ……?」
続きを促すように聞き返してみるが、
「いえ、なんでもありません」
「何か気になることがあったら、おっしゃってください。どんな些細なことでも構いませんから」
「……そうですね……うまく言葉にできないんですけど、僕が食べたものとは少し違う気がして」
「違うというのは、味でしょうか?」
「味……味かもしれません」
顎に手を当てて考え込んでから、
「すみません。実は、食べたことがあるのは僕が子どもの頃で、うろ覚えなんです……本当にすみません」
「いえ、そんな……謝らないでください」
「だいぶ昔のことなので、味が違うっていうのも僕のただの勘違いかもしれません。作ってくれたのは母で、しかも七つの時に一度食べたきりなんです。見た目は同じだから、りんきん餅なのは間違いないと思うんですけど……」
自信がなくなってきたのか、
「でも、とても美味しかったです! これは本当ですから。ごちそうさまでした」
お世辞で言っているのではないことは伝わってきたが、
優しい微笑みの裏で、
「あの、よかったら、そのお菓子のこともう少し詳しく話してくれませんか?」
「いえいえ、いいんです。大した話ではないので」
「でも、もう一度食べてみたいって、そう思ったんですよね」
「そうですが……もういいんです」
「僕、少し外の空気を吸ってきますね。窓から見てたんですけど、庭がとても綺麗なので。散歩してきます」
「はい……ごゆっくり」
何も考えがないのに引き止めるわけにもいかず、
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