第18話 最低
三人の動きが止まり、みるみる内に渋面になる。誰も口を開けないのか、桜絵が開こうとしているが、オレが目を合わせて首を振ると、曖昧ながらに頷いて口を閉じた。
ゆるゆると唇を動かしたのは、
「……それはぁーつまりー、本当は犯人ではない、ということでしょうかぁー?」
紺野先輩だった。キツネのように細長い目を少し下げて、笑っているように見えなくもない。「面白そう」と言っているように見えた。なかなか悪趣味な性格をしていると思ったが、今は有難い。オレはすかさず首肯する。
「そうです。登校して席に着いたら、オレの机の中から大量の吉野の写真が出て来ました。数えてないけれど、百枚はあったと思います。そんな状況なので、ほとんど誰も信じてくれなくて……。だけどオレは絶対にそんなことやってなくて、無実を証明するために、証拠を集めています。それで、ここに来ました」
オレの言葉に三人が目配せを始める。「どうしよう」という心の声が聞こえてきそうだ。
ということは、何かを知っているのだろう。オレはひとつ咳払いをする。
「オレは普段から吉野と接点があまりありません。だから、所属クラブも知らなかった。吉野が料理研究会に所属していることは、オレを信じてくれる吉野の友だちに教えてもらいました」
頭に演劇部の面々が浮かぶ。嘘は言っていない。
「料理研究会に来れば、何か教室での吉野とは違う一面を見つけられるかもしれないと思って。たとえば、恋人がいたとか……。そして、その人物は吉野を恨んでいる可能性があるかもしれない、とか。何かそういったことも、同じクラブの仲間なら知っているかもしれないと思ったので、来ました」
〈恋人〉という単語で、三人の顔つきが変わる。部長を筆頭に「これ以上は詮索するな」という空気でもってオレを睨みつけてくる。だが、オレも引けない。
反対側に位置するグラウンドから、サッカー部の練習する声が聞こえてくる。開け放たれた窓からは、十一月の少し肌寒い風が流れ込んでくる。全員の髪を刹那踊らせて、風は止む。オレはただじっと黙って、氷解を待つ。
二度目の風が吹いた。
「……オレは、もちろん自分の無実を証明したいのもあるけれど、吉野を貶めた真犯人を見つけて、然るべき罰を受けさせたいとも思っています……。オレが、口だけじゃないのは、さっきので分かって頂けましたよね?」
ゆっくりと、駄目押しでそう洩らす。風がまた吹く。オレは唇を真一文字に結んだ。
「たしかに……ただ目の動きだけで、調理をミスする原因を言い当てるなんて、凄かった。本当に」
木津さんが、しみじみと呟いた。
それが合図であったかのように、はぁぁあと、重く長いため息が吐かれる。部長のものだった。
「……もう、なんだって、あの子ばかりがこんな目に遭わなきゃならないのよ……本当に。どうして」
独り言のように言葉を落とすと、そのままイヤイヤをするように頭を振った。そして、
「あなたが、犯人だとはあたしも思わないわ。だって、犯人の目星はついているもの」
オレを真っ直ぐに見据えると、そう言った。
「……え、目星はついている?」
佐々木先輩のことだろうか、と思いながら聞くと、部長が肩を竦めた。
「……本当は、誰にも言わないつもりだったけど、あなたの言ってることにも一理あるから。ねぇ、あなたなら、本当に犯人を見つけ出して、歌織ちゃんを助けてあげることが……出来るの?」
真摯な目だった。睨みつけるでも挑むでもなく、純粋に請うまっすぐさを感じる。
オレは、ぐっと口の両端に力を込めると「……必ず」とだけ短く答えた。部長の表情が緩む。
「じゃあ、他言無用でお願いしたいのだけど、あなたが睨んだとおりよ。歌織ちゃんには、彼氏がいたの。その彼氏っていうのが、校内で知らない人がいないほどの有名人だった。付き合っていたのは、夏休み前から夏休みの終わりまでで、ほんの一ヶ月ほどだったけど、歌織ちゃん、とても楽しそうだった」
ひとつ息を吐き出すと、視線を上げる。その時のことを思い出しているのだろう。それがどうしてこんなことに、という声が聞こえてきそうな表情だった。紺野先輩の「やさしい」という言葉が浮かぶ。本当に、優しい人なんだな。
また、風がさあっと通り過ぎた。
「……その相手というのが、二年の佐々木永治。有名だから知ってると思うけど、彼は元々子役をやっていたの。芸名はたしか、佐々詠だったかな。とにかく、一世を風靡した元芸能人の彼は、なんとね、未だにたくさんのパパラッチに狙われているのよ。
もう彼は芸能界を引退しているから、入学時、元々芸能人であることは伏せていたみたい。ところが、入学してからも昔テレビに出ていたという代償は大きくて、すぐに佐々詠だということがバレてしまった」
演劇部で聞いた話と同じだった。「仇をとってほしい」と言っていた佐々木先輩の声が頭の中に蘇る。
「案の定、佐々木永治にも、芸能界にいた頃のように、ファンクラブが出来た。そのファンというのが曲者でね。今でも佐々木永治が、佐々詠として復帰してくれることを願っているの。だから、パパラッチみたいなことも平気でするのよ。
彼が今何にハマっているか。体育の時間での活躍。あとは教科ごとの成績、とか。どうやって手に入れたんだか分からないものまでね。とにかく、それらを撮って、ゴシップ誌に送ったり、引退した芸能人を特集するテレビ番組に売り込もうとしているなんて、噂もあるくらい過激なの」
演劇部で聞いた内容よりも、より詳しいそれにオレは片目を顰めるように瞑る。
なんてこった。これが本当なのだとしたら、学校の中にプライベートな空間なんてないに等しい。あの爽やかな笑顔の先輩は、毎日そんな思いをしながら来ているのか。
「そんな……体育とか勉強の成績までって、あまりにもプライベート過ぎます!」
桜絵が叫ぶ。部長も沈痛な面持ちでそれに応える。
「本当に……。だから、あたしたちは、絶対に口外しないことを決めた。だって、恋愛の話なんて……たとえ、もう終わった恋だとしても、パパラッチにとっては、格好のネタじゃない?」
オレと桜絵とが同時に頷く。
「オレも、オレたちも絶対に他言しません」
ふっと、部長が微笑む。ここに来てはじめて「ああ、この人は年上なのだ」と思うほどに、落ち着いた笑顔だった。
「……ありがとう。信じているわ。ただ、勘違いしないでほしいのは、あたしたちは、あくまで歌織ちゃんに飛び火しないように黙っていようと決めたってことよ。決して、佐々木のことを助けたいなんて思っていないの。あんな、最低な奴のことなんて……本当に、どうでもいい」
吐き捨てるようにそう言うと、部長は黙りこくってしまった。
紺野先輩が片頬に手をあてがいながら、短く息を吐く。
「なんだかぁー、歌織ちゃんのことは、遊びだったみたいなんですよねー。まあー高校生の恋愛なんて儚いものですしー、一ヶ月やそこらで別れるなんてー珍しくないけどーどうやらーふたりは別れ方がかーなーり、良くなかったみたいなんですよぉー」
眉根を寄せて、愚痴るみたいな言い方だった。そこでオレは「この人たちは本当の原因を知ってはいないのかもしれない」と考える。頭の中で思考を巡らせていると、
「別れたって聞いたのは、八月の最終週だった。その前日まで、かおりん本人からは、そんな話一度も聞いたことはなかった。こんな言い方をすると、語弊があるかもだけど、私たちは彼女から、楽しいだの大好きだの一生一緒にいたいだの、いわゆるノロケ話しか聞かされたことがなかったの。本当に仲が良くて……見ていて微笑ましくて、むしろそんな素敵な相手がいる彼女が、羨ましいくらいだった。それなのに……」
木津さんだった。詰めていたであろう息をゆっくりと吐き出すと、心を定めたようにオレを見つめる。痛みを堪えるような目だと思った。
「もちろん、私は聞いたよ。『どうして別れたの? あんなに仲良さそうだったじゃない。喧嘩でもしたの?』って。だけど、かおりんから返って来たのは『思ってたような人じゃなかったからだよ。せっかくみんな協力してくれたのに、ごめん。私、あの人……無理だ。あんな酷いことをする人だとは思ってなかった』そう言って、泣いたの」
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