第10話 犯罪者
「闇の勢力って。一体どういうことですか?」
オレが二の句を継げないでいると、桜絵が目をぱちくりとさせながらそう言った。
「どうもこうも、本当に悪質でね。行為すべてが犯罪同然なのだよ」
苦々しげにそうこぼすと、潟元先輩はゆっくりと話し出した。
「永治クンが芸能界を引退して四年。実は入学時、元芸能人であること隠してたんだ。佐々詠と言えば、ボクらの世代で知らない人はいないでしょう? 騒ぎになるのが嫌だったんだよね。それでも、キミも気づいた通り、当時の面影残しまくりの端正な顔立ちだから、すぐに佐々木永治は佐々詠だってことが、バレた。そうなると、当然と言えば当然なんだけど、周りが放っておかなかった。当時彼のファンだった者を中心に私設ファンクラブなんかが出来ちゃってね……それが〈佐々詠親衛隊〉なんだけどさ。もうコイツらがほんとマナーが悪いのなんのって!」
潟元先輩が歯軋りをしながら、拳を固めた。佐々木先輩は、眉を僅かに下げて困った顔をしている。豪さんは背中をいからせて黙り込んでいる。まるで「その話には加わりたくもない」と言っているように見えた。
重苦しい空気の中、潟元先輩は更に続ける。
「奴らは、永治クンの芸能界復帰を強く願っているみたいでさ、勝手に撮った写真なんかをこれまた勝手にテレビ局に送っているんだ。実際、永治クンのトコロには〈あの人は今〉だとか〈もう一度会いたい芸能人〉だとかから出演依頼がかかってくることもあるんだけど、永治クンにその気はないのにさ。
永治クンが復帰した時のため、と銘打って、ヤツらのすることはどんどん過激になっていった。プライベート極まりない写真を勝手に撮ったり、そのくせどの面下げて? と思うのに、ツーショットをお願いしに来たりするんだ。ほかにも、永治クンの帰りを待ち伏せしたり、永治クンの捨てたゴミを拾って来たり永治クンを尾け回したり……挙げたらキリがないくらいでさ。もはや犯罪行為を平気でするんだ」
「こわい! きもちわるい!!」
桜絵が、親衛隊の行為を全否定した。渋い顔をして今にも舌を出しそうだ。オレは純粋に疑問に思ったことを聞いてみることにする。
「それは……何のために? 」
「たぶん、テレビ局の連中にうまく使われてるんじゃないかなぁ。佐々詠を説得出来たらお金あげるよーとかね。知らないけど」
「……あぁ」
なるほど。金のためか。妙な説得力がある。
「ケッ。バカらしい」
豪さんが吐き捨てるように言うと、潟元先輩も「ほんとにね」と肩を竦めた。
「でもそれだけじゃなくて、一番厄介なのはやっぱり、彼女たちは自分が正しいことをしていると信じて疑ってないトコロだよねぇ。実は永治クンが劇部に入ったのってほんの最近なんだけどね。彼はずっとどこかの部活動に所属すると迷惑かなと思ってどこにも所属してこなかったらしいんだ。涙ぐましいよね。高校生活は人生一度きりなのにさ。優しい彼は自分よりも周りをとった。それでも元々演劇が好きだから、この部の門を叩いてくれたんだよ。それが半年前。勇気を出して来てくれた永治クンをボクと豪はもちろん歓迎した。
その後、部員が増えた。みんな永治クン目当てだった。当時親衛隊の存在こそ知っていたけれどその恐ろしさを知らなかったボクたちは、愚かなことに全員入部を許可してしまった。
万年廃部危機にある演劇部に、一時は三十名もの部員がいたんだよ! 嬉しかった! 本当に嬉しかったんだから!! ……まあ、それもすぐに裏切られるんだけど」
潟元先輩が言葉を濁して俯いた。オレは先を促そうと口を開く。
「親衛隊が、何かやらかしたんですね?」
潟元先輩が顎を引く。
「うん。最初はなんだったかな」
「備品。備品がなくなったンだよ。それも、永治のやつァ使った」
この話が始まって以来、口を開くことなく背中を向けていた豪さんが言葉を繋げた。潟元先輩が「そうだ! 最初はそんなものだった」と手を打つ。その言い様とこの部屋の現状を鑑みるに、だいたい何がなくなったかの予想がついた。
「敵は部室内にいたのだよね。永治クン目当てのコたちの殆どに常識というものはなかった。明らかに永治クンを盗撮していたし、永治クンがちょっと使った備品は次々なくなって、ある日ボクは部長として決断をした!」
潟元先輩が簡易机に両手を勢いよくついた。
非常に芝居がかった言動に、桜絵が肩をびくりと震わせる。
「流石は演劇部部長……」
オレは誰にも聞こえない声で呟いた。
「鍵を替えた! ヤツらがいない隙に! 部室内に親衛隊のメンバーがいることによって、永治クンの気が休まらないことを危惧したボクは、豪と一緒に秋葉原くんだりまで足を運んだ。店員にも事情を説明して、頑丈なリモコン式のドアロックを購入した。かなり値が張ったけれど、これで部室を完全に施錠できるなら安いもんだ。それが総意だった。ところが、甘かった。ボクらは完全にヤツらを理解していなかったんだ」
そこまで一息に言うと、潟元先輩は長い息を吐き出した。
「理解していなかった?」
桜絵が首を傾げて目を丸くしている。どういう意味だろうか。鍵が壊されたとか? オレが考えを巡らせていると、
「扉ァ、壊されたンだよ」
応えたのは豪さんだった。
「と、扉……?」
予想を遥かに上回る回答に、声が上ずる。
「そう。扉。ありえねェだろ? 鍵を壊せないと思った奴らァ、扉そのものを壊すという暴挙にィ出たんだ」
「ほみぃぃ。こわい」
もはやホラーだ。桜絵は両腕で肩を抱き、オレは唾を呑みこんで口元をひくつかせた。
「で、侵入されてまたもや備品がとられたのだけど、今までと違い、部屋の中まで意図的に荒らされていた。
具体的には、衣装がずたずたにされていたり、台本――創立五十周年記念祭の時の、もうどこにもないOB、OGの大切な大切な、台本なんかが、破り裂かれて床に撒かれていた。箱馬も幾つか壊されていて、もう呆然としたよ」
やはり、この部屋の現状は佐々詠親衛隊の暴走によって作られたものだった。ある程度予想はしていたが、実際に話を聞くと凄惨すぎる。オレは改めて眉を顰めながら、首を巡らせた。
「ひどい! それもう犯罪じゃないですか! 警察に連絡とかは?」
桜絵が悲鳴に近い声を上げたが、潟元先輩は力なく首を横に振るだけだった。
「証拠がないのだよ。犯人が親衛隊のヤツらだっていう、確固とした証拠がね。こちらとしてはそうだと思っているけれど、立証はすごく難しい。人数多いしね。それに、大事にはしたくなかった。大事になると、マスコミまでもが嗅ぎつけるかもしれない。そうなると、永治クンに迷惑がかかる……勇気を出して部活動に所属することを決めてくれた、それが演劇部だった永治クンに、そんな形で普通の学校生活諦めてほしくなかったんだ……」
潟元先輩の表情は酷く沈んでいた。
「……なるほど。だから演劇部に通じる道を全て塞いだんですね」
ここは二階だが、窓を施錠してあるのにも、きっと理由があるのだろう。窓硝子の一枚や二枚、割られているのかもしれないし。
潟元先輩と豪さんが、同時に強く頷いた。
「そう。これらはすべて、苦肉の策なのだよ。永治クンと演劇部を守るためのね」
「あ」
潟元先輩の言葉で胸の奥にすとんと落ちるものがあった。小向井の言葉の意味だ。
――仲間想いで、絆の証――
なるほど。確かに。合点がいった。
この二人は、佐々木先輩を守ろうとしている。味方でいようとしている。
それは、今しがた聞いた話の内容が、物語っていた。
明かされた演劇部を取り巻く真実が、あまりにも非日常で。何を喋ればいいか、逡巡してしまう。どうしよう。何か力になってもらえたらと思って訪ねて来たけれど、むしろ助けを必要としているのは演劇部だろう。
そんなことを考えている時だった。
「いやぁ、まさか親ちゃんが犯罪者扱いされるより前に、本物の犯罪者が校内にいたなんて。びっくりだねぇ」
「……!!」
冷水を浴びせかけられるとはまさにこのことだろう。取れるんじゃないかって勢いで、失言した張本人に首を向け、無言で睨みつける。自分で言うのもなんだが、鼻から煙が吹き上がってんじゃなかろうか今。
「ほなぅ……」
さすがに己の発言のまずさに気づいたのか、ミス・ボンクラは謎に呻いて小さな体を更に小さくした。
「犯罪者だァ?」
「なになに? どういうこと??」
途端に、ふたりのオレを見る目が変わった。嫌悪を露わにした表情で、数歩後退る。
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