パートA (1/2)

『――それで回収されたアームド・フレームの流通ルートだが、もう少し判明するまでに時間が掛かりそうだ。ギャングたちはいくつもの仲介を経て受け取っていたようで、当人たちも直接的な取引相手を知らなかったらしい』


「それが判明すれば、ようやくここ最近トーキョウにアームド・フレームを横流ししている何者かの尻尾を掴める、といった感じですかね」

『その通り。だが恐らくその連中はトーキョウの外を根城にしている可能性が高い。もしそこまで辿り着いたとしても、すぐに対処することは難しいだろう。それより先は、上からの判断待ちということになる』

「じゃあ少なくともしばらくこの件はこれで打ち止めってことですか」


 足を止めて須衣は頭上を見上げながら魔導通信を続ける。


 途中でルミの迎えに去っていったカレンの代わりに一人で別班への引き継ぎを終え、ようやく帰路に着くことが出来たのはもうすっかり日が落ちた後のことだった。夜だというにも関わらず、商店街は店の電灯や街灯で昼間のように明るい。


『そうなるだろう。まぁここしばらく小さなギャングを虱潰しらみつぶしに当たっていったんだ、むしろボクらとしては少し働き過ぎたと言うべきかな』


 通信相手のアイズはいつもの癖で履いている靴のヒールで床を叩いているのだろう、コツコツといった音が定期的に聞こえてくる。


「確かにここ一週間はハードでしたね……ええと、今週だけで……」

『摘発した組織は五つ、回収したアームド・フレームは十一台だ。まぁ厳密には治安維持警察に回収させたという方が適切だけど、少なくともそれだけボクらが動いた結果ということになる。それにしてもこの数字は異様だ、以前ならば一ヶ月でもこれほどの数字はいかなかっただろう』


 すれ違う人々は様々な表情を浮かべている。笑みを浮かべて歩くカップルに、忙しそうにメモを見ながら買い出しに奔走する主婦。

 荷物を手に焦った様子で人混みを掻き分けて進む男性もいれば、疲れきった顔でこうして商店街をただ歩く須衣のような人物もいる。


 だが背中に背負っている物騒な得物は、否が応でもすれ違う人の目を引いた。


『一体どんな組織が何のためにアームド・フレームをトーキョウへと流しているのか。それは暴いてみてのお楽しみということで……ところで話は変わるけどジャッジメント・モノクロームの調子はどうだい? ここ一ヶ月の戦闘データを元に細かい調整を加えてみたんだけど、違和感とかは?』

「そういうの聞かれても、特にはなんとも……」

『なんともキミはつまらないなぁ。それとも、もっとわかりやすい改良でも加えるべきかな?』

「今ので充分満足してますよ。それにこれ以上なんか機能加えたら、今度こそランク判定に引っ掛かるって前に言ってませんでしたっけ」

『その通り。振動剣は元々かなり強力な兵器でジャッジメント・モノクロームのように様々な機能をつけるとそれだけで高ランクL.Iとして成立してしまう。だから当初は極力機能を省いた上でサフィニアンサーのオプションとして搭載する予定だった。それをキミ向けに調整したわけだからね』

「……その話、もう何回目ですか」

『自分の扱うモノくらい、きちんと知っていて然るべきだとボクは思うわけだようんうん。特にドーラーが所持するL.Iは通常の兵器とは一線を画す、ワンオフカスタムの固有兵装だ。オンリーワンにはオンリーワン足り得る理由が必要なのだよ』


 同一性制限式固有兵装リミテッド・アイデンティティ。それがドーラーが所持する兵装の総称である。


 ドーラーに合わせて個々に用意されたL.Iは、ドーラーの能力を正しく管理する為のものでもあり、同時にドーラーは機関によって管理されているという認識を持たなければならない。

 即ちL.Iはドーラーの象徴であると同時に、ドーラーを縛る為の首輪でもあるのだ。それ故に一部の界隈ではドーラーを首輪付きと蔑称する者もいる。


 須衣に用意されたのはジャッジメント・モノクロームと呼ばれる振動剣であり、B級L.Iという判定をもらっている。


 L.Iには脅威度判定が義務付けられており、これらのランク付けに応じて様々な制約が課される場合もある。

 その使用に許可を必要とするA級から、脅威度判定外のE級まで様々だ。


「……まぁ注文なら、たぶん俺よりもカレンの方が勝手にあれこれつけてくるんじゃないですかね」


 何かと文句の多いカレンがダメ出しをしている姿をよく目撃する。戦闘装束からサフィニアンサーに格納されている兵装まで、彼女の意見を多分に反映して調整が加えられたと聞いている。

 その話を裏付けるかのようにアイズもまた強く頷いてみせた。


『確かに、カレンの意見と戦闘データをフィードバックした新型のサフィニアンサーMark-IVはもう既にある程度形として出来上がりつつある。しかしこれはサフィニアンサーというL.Iを開発する上でボクに課せられた命題であるからにして当然の義務だ。それにもっと言えば現行のMark-IIIになってからカレンの戦闘能力は飛躍的に向上している。特に戦闘装束は画期的過ぎて、それこそキミにも導入を勧めたいレベルにね』


「だから俺は運転とか出来ないんですって……嫌ですよ、免許取るなんて」

『何もキミにサフィニアンサーへ乗れなんて言っているわけじゃない。すぐに用意することは出来ないだろうけど、戦闘装束だけならスーツケース程度の大きさにまとめて持ち運べるようにすることくらいは容易だ』

「俺はさすがにあの格好はちょっと……なんというか、恥ずかしいというか」

『んん? キミはあれがカッコ悪いと言うのか?』

「いやそうじゃなくて……俺はこの身体があれば充分ですよ」


 須衣はぼんやりと右手へと視線を落とす。

 その手は見た目こそ本物と見間違うほどの精巧差さだが、本当の手は一年前に失くしている。


 A.A義体と呼ばれるドーラー管理局が独占するライズテクノロジーとヴェルド式魔導機工学を掛け合わせた最先端の戦闘用義体。

 ドーラーの戦闘員はこの装着を例外なく義務付けられている。


 L.Iが特別な兵装である理由に、このA.A義体でなければ動作させられないという点が挙がる。須衣ならば右手に、カレンは両手の平にU.C.Rユニバーサルコネクトリングと呼ばれる接続端子規格が埋め込まれている。


 これはライズテクノロジー共通規格の端子であり、U.C.Rを介して情報伝達を行うことで使用者の識別をするというものだ。L.IはこのU.C.Rを採用しており、使用を許可された人間でなければ動作させることは出来ない。


 勿論、A.A義体は戦闘能力に関しても生身の人間とは比較にならないほど向上する。

 須衣は右腕と両足の一部に導入しており、それによって常人よりも素早い動きと、ジャッジメント・モノクロームという大剣を軽々と扱えるだけの筋力を実現している。


 加えて今現在アイズとしているように魔導通信を恒常的に行えるのも、A.A義体そのものに魔導通信回路が搭載されているからだ。

 今では義体技術も数世紀前とは比較にならないほど進んでおり、不慮の事故で身体の一部を失ったとしても金さえあれば、あらゆる形で復元が出来るというわけだ。


 極端な事例として、脳細胞以外はすべて義体によって賄っているという人間さえ。世界には存在している。

 そんな義体技術が二十二世紀の人々に受け入れられているのは、ひとえに我々がネイティヴから模倣されたクローンであり、生身の身体に対する執着が薄いからなのかもしれない。


『まぁキミが不要と言うのなら強要はしないさ。無論、いつでも相談は受け付けているからその際は是非相談して欲しい。ボクはキミとカレンの専属技師で、その為に行動を共にしていると言っても過言ではないのだからね』


 アイズはドーラー管理局に所属する人間だが戦闘員ではない。


 専属技師と呼ばれる立場の人間で、それ故に彼女はA.A義体を導入していない。ドーラーは戦闘員二人の技師一人による三人一組が基本で、三人合わせての郊外区管轄第六班である。


 尤も、本来の第六班は数年前に解散しており、須衣が正式にドーラーとして配属されるまでは例外的な措置として、カレンとアイズは二人で活動をしていたのだとか。


 他のドーラーと現場で顔を合わせることは多々あるが、技師と直接会うことは稀だ。

 基本的にはアイズのように部屋に篭りっきりのまま、現場には赴かず情報収集やバックアップ、そしてL.IやA.A義体の調整にメディカルチェックといったサポートが主な任務らしい。


 特にアイズという女性は技術者としての側面が強く、ネガティヴブルーの地下にある研究室兼自室にて日々新たな兵器の開発を行っている。

 須衣のL.Iであるジャッジメント・モノクロームや、カレンのサフィニアンサーも彼女の作品の一つであり、メイドインアイズと書かれた赤い洒落たロゴを製品につけるのがこだわりなのだという。

 アイズの話を鵜呑みにするのであればL.Iを自作する技師は少なく、基本的には本局にて製造されることが多いのだとか。


「まぁその時は……ちゃんとお願いしますよ」


 研究に熱中し過ぎて人の話を聞かないことは多々あるものの、少なくともアイズは優秀な技師だ。

 ジャッジメント・モノクロームも須衣の戦闘スタイルに合わせて徐々に完成されたものであり推進装置をつけて複雑な動作を可能にすることを提案したのはアイズだ。

 観察眼だけは須衣が知る誰よりも確かなものを持ち合わせている。


『その日を楽しみに待ってるよ。それじゃあ夜食に遅れない程度に帰ってくるといい。シーラがキミの分まで食事を用意している』

「もう商店街なんで、もうすぐ帰りますよ」


 シーラというのはルミの母親のことで、夫であるリョウヤ・イルルギと共にネガティヴブルーを経営している人だ。

 二人は外部協力者という形で、須衣たち第一班のドーラーに居住空間を提供してくれている。


 娘のルミ・イルルギだけがドーラーという仕事をしていることを知らずにいるが、まだ高校生の彼女に真実を告げるべきではないという両親の判断である。


『ところで商店街でカレンたちを見かけてはいないかい? まだ帰ってきていないようだ』

「特に遭遇してないですけど、またルミに付き合わされてるんじゃないですかね」

『そうか、それなら大丈夫か。最近はボクらドーラーの摘発が活発になっている影響かギャングたちも少しは大人しくなってきた。それに何よりカレンがついているなら問題はないだろうが』

「それに遅くなったらシーラさんがきっと怒るんで、そろそろ帰ってくると思いますよ」

『ハハハ、それは言えてるな』


 シーラという女性は娘に厳しい人だ。

 ルミと一緒にカレンも叱られている光景が脳裏に浮かび、思わず口元を緩める。


「それじゃそろそろ。また後で」

『あぁ、気をつけてな』


 アイズとの魔導通信を終えた頃にはもう商店街を抜けようとしていた。そこからは郊外区域の外れまでまっすぐ進むだけであり、何も迷う必要はない。

 考え事をしながらでも辿り着くことが出来るだろう。


 しかし須衣は不意に足を止め、すぐ横にあった細道へと視線を向ける。


 路地裏は迷路のように広がっており、慣れない人間ならばたちまち迷うこと必至だろう。須衣はその細道へと迷わず進んでいく。

 そして途中で立ち止まるとその場にしゃがみこんだ。薄暗い路地で気づきにくいが、コンクリートに残る僅かな黒い染み。それが点々と奥へ続いている。


 須衣はしばらく悩んでから右手へと視線を向ける。手のひらに立体投影されたデジタルホログラフィックディスプレイに表示された時間を確認してから思い切ったように更に奥へと足を進めることにする。


 少し寄り道するくらいなら、そんなに遅くはならないだろう。そう思ってその黒い染みを辿っていく。


 だがそんな須衣の思惑とは裏腹に、嫌な予感は的中することとなる。黒い染みは徐々にその量を増していき、やがて路地を何度も曲がった先の行き止まり、ゴミ袋が大漁に積まれた先にある死角に見えたのは――赤黒い水溜まり。


 慌てて須衣が駆け寄るとそこには、倒れたまま動かない小柄な少女の姿があった。


 何箇所から出血しているのか不明だったが、胸元は真っ赤に染まっており、側頭部から流れ続ける血によって少女の顔に髪がべったりと張り付いていた。

 出血の量とここへ辿り着くまでに見つけた血痕の乾き具合から少なくとも一時間以上は放置されたままということが推測される。


 だが何よりも驚いたのはそんな酷い重症でありながらもまだ少女が微かに息をしているということだった。


 郊外区域では殺傷事件そのものは決して珍しいことではなく、ひっそりと姿を消したまま遺体となって発見されることもよくある話だ。

 須衣たちドーラーが動くのはその事件が結果として人類の存続に対して脅威となる場合だけ。

 それ以外は治安維持警察の領分である。そしてこの事態は少なくとも後者に委ねられるべき案件だった。


 だが須衣はその判断とは裏腹に少女をゆっくりと抱え上げる。


 自分でもその理由は釈然としなかったが、少なくとも苦しい生活を送ってきた須衣にとって、目の前で小さな命が消えていくのを見過ごすような行為を出来るはずもなかった。




 ――だが何よりもその少女の姿が、二年前のあの時と重なって見えたからなのかもしれない。

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