パートB (1/2)

「それじゃあ、まずは何から説明するべきか」


 簡素な机を椅子の置かれただけの部屋に須衣とナナセは座っていた。


 外からはサイレンの音が絶えず鳴り響いている。

 徐々に増えてくる治安維持警察の車を二階から見下ろしながら、須衣は対面に座っている赤髪の女性へと視線を向けた。


 燃えるような真紅の瞳を持つその女性は髪を後ろでまとめ、眼鏡越しにこちらを見据えている。

 そしてその隣に立っているのは、先ほどカレンと呼ばれていた黒髪の女性だ。


「まずは……そうだね、ボクはアイズと言う。このネガブル……あぁ、店名がネガティヴブルーだから勝手に略しているんだ、素敵だろう。まぁそのネガブルに居候させてもらっている者だ」


 アイズと名乗った女性は隣のカレンを一瞥すると、不意に問い掛けた。


「……ところで煙草吸ってもいいかな?」

「だめ」


 須衣とナナセよりも先に答えたのはカレン。有無を言わせない態度にアイズはやれやれといった様子で首を振ると、再び話し始めた。


「……とまぁ、現場に居合わせてしまった以上、あのままだと治安維持警察の事情聴取がしつこいだろうからね、キミたちはひとまず知り合いということで処理させておいてもらった」

「お気遣い、どうもです……」


 思わず頭を下げた須衣にアイズは眼鏡のフレームに指を当てて尋ねる。


「……それで、須衣・神月君と、ナナセさんだったかな」

「どうして俺たちの名前を……!」


 二人はあれから数時間ほどこの部屋にいたが、治安維持警察に噛み付かれない為と言われただけで、それ以外には特に話をしていないはずだった。

 どうして目の前の女性が名前を知っているのだろうか。


「顔に書いてあった、というのは冗談だ。まぁ種明かしをしてしまうと……ボクとこのカレンはとある機関に所属している人間でね。これくらいの情報ならすぐに調べがつくんだ。あぁもちろん、プライバシーポリシーはきちんと守るから安心して欲しい」

「いえそういう問題じゃなくて……」

「そういう問題だよ、神月君。キミたちが偶然遭遇したのはそういう問題の案件だ。何故ならボクらにはそれだけの権限が許可されているんだ。そう……TOKYO公安機関ドーラー管理局ってところなんだけど」


 その名前を聞いた瞬間、須衣は背筋が凍るのを感じた。


 TOKYO公安機関ドーラー管理局。

 それはトーキョウに訪れる人間ならば一度は耳にする名前であり、その活動範囲はトーキョウだけに収まらず、世界各国に渡るのだという。


 そして彼らはトーキョウにて発足された人類生存の為の組織であり、人類の保護と存続が最大の目的の国際警察とも呼べる組織だ。


「その顔を見る限り、ボクらがどんな人間なのかおおよそ察しがついたようだね。あぁ今回は顔に書いてあったんだ本当だよ。まぁ本当はこんなところを拠点にしているということ自体もバレてはいけないんだけど、まぁ降りかかる火の粉は払わなきゃならないから、仕方ないね」


 意地の悪い笑顔を浮かべるアイズに対し、須衣は言葉を選んで発言する。


「……俺たちに何か用があるってことですか?」

「そうだねーまぁ用が無いと言えば嘘になる。でもあると表現するには少し用件が不足しているとも言えるだろう。なんと説明するべきかないやぁ困った困った――いたっ」


 困っているようには微塵も感じられないアイズの後頭部を、カレンが手で軽く叩いた。


「……早く済ませて」

「やだなぁカレン、キミはどうしていつもそんなにせっかちなんだ」

「うるさい」

「はいはいうるさいお喋りアイズちゃんで悪かったですねーっと。さてさてこの通りカレンお姫様がお怒りなので大変不服だが手短に説明するとしよう」


 お姫様呼ばわりされて一瞬不機嫌そうな顔をしたカレンだが、気にも留めない様子でアイズは須衣とナナセにゆっくりと手のひらを見せるように広げる。


「キミたちも襲われたあのご老体、あれは人間じゃない。アンデッドだ」


 その言葉にナナセが小さく頷く。

 須衣も噂には聞いたことがあったが、実際にアンデッドという存在に遭遇するのは初めてだった。


 一世紀も前に起きた統一戦争時代に生まれた遺伝子操作の産物。

 人間とは異なる遺伝子を持ち、人間とは異なる生物として生まれ落ちることとなった亜人種たち。その中の一つがアンデッドだ。


 アンデッドは名前の通り不死の存在である。

 代替の利く兵士を作り出すという目的で生み出されたというアンデッドは新陳代謝や身体機能が衰えることのない肉体を持ち、決して朽ちることなく動き続ける身体を持つ。

 優れた再生能力こそ持ち合わせていないものの、出血多量程度では死ぬことは無いのだという。


 だがそんなアンデッドは統一戦争の終結と同時に忌み嫌われる存在となった。

 それは身体の機能が維持されることに反して、時間の経過と共に脳が機能障害を起こすという最大の欠点を持っていたからである。


 身体は健全なまま脳機能が低下するとどうなるか、それがあの老人のような末路である。理性を失い、本能のままに肉を貪る存在へと成り果ててしまうのだ。

 脳機能が衰え始める時期に個人差こそあれど、アンデッドとして生まれた人間は必ず理性を失い――やがて家族を、愛する者を、見境なく捕食する。


「もちろんトーキョウでも社会的かつ人類と融和的な種族の居住が許可されている。だがアンデッドがどの都市においても立ち入ることさえ法律で禁止されている。特にこのトーキョウではボクら人間にとって脅威となりえる他種族の存在は、重大なタブーだ」

「……その話はトーキョウに住む人なら誰でも知ってるとは思います」

「そうだろうね。そしてアンデッドはオーバーリビング化して人を喰らう状態になるまでは当人でさえ気づかないということから、未だにこうして事件が絶えないということも」

「ええ……特にここ一ヶ月ほど、連続して発生していたとニュースでも散々見ました」

「その犯人こそが今回のあのご老体だったわけだが、まぁあれをボクとカレンはしばらく追っていたというわけなんだ。まさか向こうから会いに来てくれるとは思わなかったけどね」

「それで、今回の件が俺たちとどう関係が?」

「いやいや、アンデッドなんて言ってしまえばオマケみたいなものだ。キミたちに約束して欲しいのは二つ、ドーラーであるボクとカレンがここを本拠地にしているということを、他人には決して……特に治安維持警察なんかには話さないでもらいたいということ。そしてもう一つはこの店を経営している家族の娘さんがいるんだが、その子にもボクらの正体は伏せておいて欲しいということ」


 アイズの口から語られた言葉に須衣は思わず聞き返そうとして、その目が本気であることを察した。


「もし誰かに口外した場合は」

「そうだね、ボクらは公安機関に所属するエージェントだから、もっと怖いエージェントがキミたちの存在を抹消しに来るかもしれない」

「ハハハ……それは困りますね」

「そうだろう困るだろう。だからこれは今後トーキョウで生きるキミたちにとっても益のある密約というわけだ」

「俺たちみたいな最下層の人間にはそんな話をする相手もいないですし、特に断る理由もないですね。尤も、断ったらどうなるかわかったもんじゃないですし」

「うんうん物分りが良くて助かる。まぁそれを約束してもらえるのであればもう後は治安維持警察にもお咎めされることなく、何事もなかったかのようにお家に帰れるというわけだ。めでたしめでたし」


 音のない拍手をしてみせたアイズは一呼吸置いてから、不意に須衣へと不敵な表情を浮かべてみせた。


「ところで……連れのお嬢さんは苦しそうだけど大丈夫かい?」


 その言葉に振り向いた須衣は、ナナセが先ほどから俯いたまま苦しそうに胸元を押さえてことに気づいた。

 アイズの話に集中していたせいで気づかなかったが、随分と呼吸が乱れている。


 ただでさえ長い距離を歩いて、そしてこんな事件に巻き込まれているのだ。

 彼女にとってどれほどの負担になっていただろうか想像に難くないはずであろうに、頭の回らない自分の愚かしさに腹が立つ。


「ナナセ……大丈夫か?」

「うん……少しだけ、目眩がするくらい」


 これ以上はナナセの為にもならないだろうと判断した須衣はアイズへと顔を向ける。


「すみません、身体が弱い子なので……良ければそろそろ」

「ああ、そうだね。これ以上拘束していては余計なストレスになりかねない。気をつけて帰るといい。あぁ、帰る時は裏口を使うといい。正面は治安維持警察がまだうるさいからね」


 TOKYO公安機関ドーラー管理局と治安維持警察は犬猿の仲だという噂は本当だったらしい。

 事あるごとに忌々しげに話すアイズへと頭を下げるとナナセと共に席を立つ。


 アイズとカレンの横を通って部屋を後にした二人へと、カレンは最後まで鋭い視線を向けていた。

 やがて二人が階段を降りていった後、座ったままのアイズが不意に口を開く。


「……どうだった、カレン」

「たぶん、もう」

「そうか。やれやれ、今日は厄介事が続くな」

「行ってくる」

「くれぐれも乱暴にはするなよ。あぁ、それからアンサーは裏で待機してる」


 続いて部屋を出ようとしたカレンに、アイズは明日の天気を尋ねるような口ぶりで問い掛けた。


「ところで、どうしてわかった?」


 その問い掛けにカレンは足を止め、少しだけ悩んでから素っ気なく答える。


「……可愛かったから」


 今度こそ部屋を出ていったカレンに背を向けたまま、アイズはため息をつきながら天井へと視線を向ける。


「はいはいまたいつもの癖ですか。やれやれ」

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