「それでティータイムの件だが、樹莱が俺と会いたくなかったから一服盛ったんだよな」

 鼎は吐き気に苦しんだ事を思い出しながら話す。自然と苦虫を噛み潰したような顔になる。

「ハハハ、お互い運が悪いよね。まさか鼎君が十分の一を引くなんてね……ごめん」

 樹莱は鼎を指さしながら笑うが、途中で鼎の真剣な表情を見て謝った。

「要は自分以外が体調不良を起こして、騒ぎになれば良い。そうなれば樹莱の身の安全を名目に流輝さんが妹尾家に連れて帰っても怪しまれない。こうなれば樹莱と俺は顔を合わせないで済むから淵元奈々と妹尾樹莱が同一人物だとは知られない。自分が異物入りを食べないようにした手口はフォンダンショコラの型、セルクルの底に小さなチョコレートの欠片を貼り付けていたんだろう。そうしておけば自然とセルクルが傾き歪んだ失敗したフォンダンショコラが出来る。成功する予定のフォンダンショコラの中に異物、おそらく症状と入手の容易さからいって紫陽花の葉や茎かな、混入しておいた。そして自分は失敗作を食べていれば異物入りが回って来ることはない。只野さんが指導しているのに、混ぜてしまえば後はオーブンで焼くだけのフォンダンショコラが多数失敗するなんておかしい。それでみむろは樹莱が犯人だと気がついたんだ。チョコレートを溶かしていたのは樹莱だし俺と顔を合わせていないのも樹莱だけだ」

 鼎が一気に告げると、樹樹は溜息をつきながら目を閉じる。ときどき眉間に皺がよる。自分の行いを顧みているようだが、人生にリスポーン地点はない。後悔よりも諦めが勝っている。

「すべての発端は鸞蔵。後は不運の積み重ねだ、それでも……」

「全部分かっていたわけね。全くカズ君は、厄介な人を連れて来る。これで嫌な人なら容赦なく殺すけどなあ。今となっては意味ないし……はぁ」

 樹莱は鼎とみむろを交互に見る。物騒な言葉だが、冗談だ。樹莱の口角が上がっている。

「ロントラが営業していれば、俺がみむろに呼ばれて橋部の里に向かわなければ、樹莱が雪野兎美さんを殺す必要は無かった」

「ホントついてないね。私」

 再び溜息。

「計画が破綻した時点で一成に相談していたらまだ何とかなったかも知れないのに……何故なんだ」

 鼎は樹莱を追求する。柄ではないが今は他に人がいない。

「無理よ。カズ君はね、橋部の人間にしてはまとも過ぎるのよ。知っての通り事件をもみ消したり出来るタイプじゃないでしょ。カズ君ににバレた時点で私の計画は失敗なのよ。それで必至になっていろいろ足掻いてみたんだけど……駄目だった」

 樹樹は観念した様子で遠くに見える橋部屋敷を見つめていた。

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