一成の運転する車は沈下橋ちんかきょうへ差し掛かる。

「さっきも通ったけど、落ちそうで怖い」

 沈下橋は元々車一台が通るのがやっとの幅な挙げ句欄干が無い。自分の運転では通りたくない、死ぬ。とみむろは思った。実際は工事用のダンプカーが通行出来る幅があるのだが窓の外に映る景色が川の水ばかりだと精神衛生上悪い。

「欄干つけると流木がぶつかって橋が壊れるからな、吊橋効果ならぬ沈下橋ちんかきょう効果で俺に惚れるなよ」

 運転しながらチラリと助手席を見る一成。助手席ではみむろが眉をひそめて嫌そうな顔をしている。

「前見る、落ちたら死ぬ」

 かずら橋での蛮行は何処へやら、みむろは眼下の濁流に震えていた。

『こいつ』

 みむろは一成が自分を見て楽しんでいる様子に苛立つ。ただ、親しい人が二人も殺されているのだ、ただそれも気晴らしになるならまあ良いのかなとも思う。

「ここの水位も人為的だったのか?」

 急に声のトーンを落とし話しかける一成。今度は前を見たままだ。

「多分」

 もう草や枝は綺麗に取り除かれている。今さら調べた所で痕跡は残されてないだろう。みむろが見渡しても不審点は無かった。むしろ重機で川底をさらったせいか以前より淀み無く川の水は流れていた。この川も直に清流に戻りそうだ。

「次は何処に行こうか?お嬢さん」

 沈下橋ちんかきょうを渡り終えると一成はみむろに話しかける。みむろが怖がっている様子を見て留飲が下がったのか、古拙のほほ笑みの様な顔で一成はみむろの横顔を見ている。

「そろそろ大丈夫かな……今、別邸には誰もいないなら事件のあった部屋を見たい。後はここからの車での経路。それが終わったらお風呂、かな」

 みむろは口元に指を当てると、車の天井を見る。考え事をする時の癖なのか足をバタつかせている。若干はしたないが、まあ部屋の中を歩き回る代わりなのだろう。

「お風呂って、余裕あるな」

「うん、まあ、帰れないし。せっかくだから……」

 なんともすっきりとしない口ぶりだが、一つくらいはいい思い出があっても良いだろう。と一成は気に留めなかった。

「意外と屋敷まで距離があるのね」

沈下橋ちんかきょうは名前のとおり川沿いの低い場所にあるからな、屋敷は逆に丘の上だから」

 沈下橋ちんかきょうから橋部屋敷は車で約十五分といったところか、歩くならまだかずら橋の方がだ。

 里の街並みを通り抜ける暫く車を走らせると、橋部屋敷に到着する。本来なら鼎の状態を皆に伝えるべきだろうが、怪しまれないように先に別邸へと向かう。山間の橋部の里は空が狭くすっかり暗くなっていた。

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