一同が別邸へ移動する最中、かずら橋が通行可能になったと報告を受ける。併せて鼎からみむろに連絡があった。

『やっと橋が渡れる。これからそっちへ行く。後、一成に淵元奈々と言う人物を知らないか聞いてくれ。服を持ってかれて……』

 鼎の言葉に途中でみむろから一成が電話をひったくるように奪い通話を交代した。

「淵元奈々だって!!どこでその名を聞いた」

『ロントラを訪ねて来てたぞ。それで店が閉まってたから俺の所に来て、大学時代の彼女なんじゃないのか?俺の名前を知ってたし……』

「そんなはずは無い。淵元は……淵元奈々は死んでる。十数年前に……」

『そんな……それじゃあ、彼女は……』

「俺が知りたいぐらいだ。淵元は橋部の分家に当たるんだが、里でも殆ど知られていない。そして奈々は俺の許婚いいなづけだった」

『始めて聞いたな……そんな話』

「そりゃそうだ。子供の頃の話だぞ、奈々は病気で亡くなったと聞いている。それ以来、淵元の名は聞いていない」

『偽名にしても、彼女が里の関係者なのは間違い無いな』

「その件、黙っていてくれるか、爺さんが殺されてすぐに淵元の名を聞かせるのは皆のショックが大きすぎる」

『分かった。そんな大事おおごとだとは思わなかった』

 ここまで通話したところで、みむろが電話を奪い返す。

「鼎君、服を取られたって、ナニしてたのかな」

『別に何もしてねえよ。着いてから話す』

 みむろの追及に対して鼎は通話を一方的に切断したのだった。



         ◇ ◇ ◇



 一成達が別邸に到着する。まあ屋敷と別邸は五十メートルぐらいしか離れていない。和の橋部屋敷と洋の橋部別邸で対象的だ。しかも軒が長く室内が暗くなりがちな屋敷と太陽光を室内に引き込み明るい別邸とは陰と陽でこれもまた対象的だった。

 橋部別邸の庭にはふんだんに石材を用い、生垣や低木で区切られ別邸までの道を彩っていた。 

 玄関は一見するとアンティークの木製ドアだが、実際はリフォームの際に新しい物に取り替えられており、古く見えるのはペイントだ。その甲斐もあってか軋みもせずスムーズに開く。玄関をくぐると目の前にはホールが広がる。ホールには可愛らしい真鍮製のシャンデリアが垂れ下がっている。これは最後まで別邸に住んでいた茅夜の好みらしい。最も既に二十年は昔の話だが……。そしてホールの南側には食堂と客間になっていた、元々橋部一家のためにそろえた椅子やテーブルのため少々手狭だが、かえって暖かみを感じさせていた。何より奥の厨房から漂う香りが一成に空腹を思い出させる。

 遅れて佐久本茅夜と橋部啄巳、雉広、親子が食堂に現れた。

「後は誰が来るんだ?」

 今まで鸞蔵が座っていた席に案内された一成。居心地の悪さを感じながらも、残った空席を気に掛ける。

「後は、梟也きょうやと兎美ちゃんでしょ。後、つぐみなんだけど、ショックが大きいのか寝込んでてて降りてこないの。ついていようか?て聞いたんだけど嫌がって、難しい年頃なのよね。かわりに樹莱ちゃんを呼んだら?あの子も食事の準備がないみたいだから丁度いいわ」

 茅夜の指示で急遽樹莱が食堂に呼ばれる。使用人の子供で居心地が悪いかとも思ったが、知らない大人ばかりの屋敷よりもいくらか年の近い人が多い別邸の方が落ち着く様だ。

 始めは一成とばかり話していたが、梟也や雉広も話の輪に入り談笑に花が咲を咲かせた。

 梟也は茅夜の養子で鸞蔵の末子と言う複雑な身の上で、橋部一族の中でも孤立しがちだった。年の離れた弟である梟也を子宝に恵まれなかった茅夜が養子に迎えたのであるが、表立っては言わないものの梟也は妾の子と時代錯誤の謗りを受けていた。

 確かに梟也の母は鸞蔵はおろか茅夜よりも若く、美人だ。そのおかげが梟也は堀の深い美丈夫だった。但し生い立ちからなのか、いつも表情に影があった。その後鶫が産まれたため茅夜の跡継ぎ候補から梟也は外れ悠々自適な生活をしている。こう言った所が一成と気が合い一成から見れば優しい親戚のお兄さんだった。

 そんな難しい立場の梟也を話の輪の中に入れた樹莱の社交性に茅夜は頬を緩ませたのだった。

 

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