時は朝にさかのぼる。

『久しぶりに一人の週末だな……』

 鼎はみむろを早朝に見送ると、ふーっと伸びをした。

 ここのところ、ルームシェアしているみむろの都合で健康的な生活を強いられていた反動でゆったりとした朝に幸せを感じていた。

『そろそろついたころかな……』

 事務所のソファに寝転がり、スピーカーから音楽を流す。しばらくだらりとしていると、不意にインターホンが鳴る。

『なんだ勧誘か?せっかくの休みに』

 これからコーヒーを淹れ遅めの朝食にするところだ。休日のルーティンを壊されて鼎は少し不機嫌になった。

 鼎はのろのろと立ち上がると、壁についているモニターを見る。モニターにはワイドパンツにタンクトップの若い女性が映っている。左手にはバッグと暑かったのだろうジャケットを手にしている。

「鼎探偵事務所です。今日は休業日ですが……」

 鼎はボタンを押してインターホンに出る。

 おいしい依頼なら嬉しいが、今のご時世にアポ無しでやって来る依頼人は珍しい。ましてや休業日にやって来るなどまともな依頼人の可能性は低い。

「おはよう、横山君。カズ君に会いに来たんだけど、ロントラが閉まってるのよ。連絡もつかないし……」

 鼎がインターホン出るなり、一方的に話し続ける女性。鼎はまず一番大事な事を聞く。

「えーと、どちら様ですか」

 頭の中のアルバムを整理するが該当する女性はいない。

「あ、覚えてないか……だよね。大学の時に一度だけ……カズ君と一緒に……」

 鼎は一成の数いる元カノの一人か……と思った。  

 今でこそ落ち着いているが、学生時代の一成は異性をとっかえひっかえしていた。その中の一人ともなると鼎の記憶には残らない。

「橋部さんなら今日は帰って来ませんよ」

 男女関係のイザコザなら巻き込まれない方が良い。鼎はあしらいに掛かかる。

「そ、そんな……。ここにいるとばかり。いないなんて……私どうしたら……あっ横山君?あの私タクシーで来たんだけど……帰りのお金が……無くて……無理かな?」

 鼎の反応にモニターの中の女は明らかに狼狽ろうばいしている。しかももプライドをかなぐり捨てもみ手で金の無心まで始めた。

『う……絶対に関わり合いになりたく無い。でも事務所の前にいられたら営業妨害だし……』

 鼎は女への対応を必死に考えた。塩でもまくか、酢でもかけるか……それじゃあハッフル◯フだ。モニターの女は手を組み、神に祈る様な面持ちだ。

『クソッ仕方が無い。前で野垂れ死にされても困るし……』 

 野垂れ死にはまだしも熱中症はあり得る。盛夏は過ぎたがまだまだ暑い。

「仕方ない、駅まで送ります。橋部さんには尋ねて来たことを伝えておきますから」

 なんだかんだ鼎は人が良い。事務所入口のドアを開く、と目に涙から涙を流した女の表情が笑みへと変わる。笑いながら涙を流す様子は……正直怖い。

「車を回してきます。メイク崩れますよ……」

 鼎はキューブの鍵を握りしめると階段を下りる。

 後からは女が、「神様、仏様、鼎様」と言いながら鼎の後をついてくる。 姿を見られたら、末期のカップルか、ドメスティックバイオレンスを惹起じゃっきさせる。

『見られたらまずい』

 鼎は小走りにキューブに飛び乗った。

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