第8話 右目の予兆



昼休み。教室はにぎやかだけど、どこか心ここにあらずだった。


「どうしたんだ?なんかあんなら相談にのるぜ。」


香楽がパンをかじりながら声をかけてくる。


「……いや、大丈夫」


そう答えたけど、自分でも“そうじゃない”とわかってた。


線が途切れていたこと。何も見えなかったこと。

そして──「想いがあっても、繋がらないことがある」という事実。


それが頭の奥にこびりついていた。



ふと、後ろの席から声がした。


「……あ、それ懐かしいね」


振り向くと、美作紗季子が、誰かとアルバムを見ていた。


どうやら、昔の中学の写真らしい。紙焼きで、少し色褪せてる。


「あはは、このとき私、前髪パッツンだったんだよ〜」


「えー、信じらんない! かわいいじゃん!」


女子たちの声が飛び交うなか、ひときわ古びた1枚の写真が、ふと風で床に落ちた。


思わず拾おうと手を伸ばした──その瞬間。


 


──ピキィッ……


右目の奥に、“何かが走った”。


鋭い痛みじゃない。むしろ“ひっかかる”ような、妙な感触。


「……え?」


写真に触れた指先が、ほんの少しだけ、震えた。


その写真には、海辺で笑う少女の姿があった。

紗季子だ。……でも、何かが違う。


髪の長さ、表情、服装。全部が少しだけ“昔”の雰囲気。


でもそれよりも──なぜか、胸がざわついた。


まるで、その一瞬が、自分の記憶の中に入り込んできたような感覚だった。


 


(……知ってる? いや、知らないはずだ……)


見たことない風景、知らない笑顔。

けれど、懐かしさに似たなにかが、胸の奥をじんわりと押してくる。


写真を紗季子に手渡すと、彼女は微笑んで言った。


「ありがとう、清雅くん。……あ、このときね、家族で旅行に行ったときの写真。私、波にさらわれて泣いてたんだけど、最後だけ笑えたんだよね」


 


その“笑顔”が、ずっと脳裏に残った。


紗季子は楽しそうに話していたけど──

その写真に触れたとき、“何か”が見えた気がした。


ただの線じゃない。


映像の断片、過去の時間、もしかしたら“記憶”そのもの……?


 


「……なんだったんだ、今の……」


俺は窓辺の席に移動して、こっそり右目に手をあてた。


 


──何も、視えない。


でも、確かにさっきは“何か”が視えた。


左目とは違う。もっと深く、もっと直接的に。


まるで、過去そのものが流れ込んでくるような。

(まさか……右目にも、“力”がある?)


──まだ断定できない。でも、何かが始まりかけている。

目の奥が、かすかにうずいた。

外では、春の風が花壇のチューリップをゆらしていた。


「……やっぱ、春って変な季節だな」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る