第8話:補正下着とラン、充電切れの奇跡

「データ分析、開始。加藤美咲様、

本日の『なりたい自分』への欲望値は、

『自己規律の回復』を強く示唆しています。

過去データによると、彼女の『休息欲求』は

特定の『身体活動』へのアクセスを増加させ、

その後の『効率化行動』を誘発する傾向にあります。

今日の『ランジェリー』選択は、その現れと判断。

この『目標設定』と『達成手段』の関連性、

興味深い推移を見せています。」


私は加藤美咲。大学二年生。

近所に住む、ちょっとだらしないお姉さん。

いや、だらしないって言うか。

まあ、その。

最近、ちょっと、緩んでる。

朝はギリギリまで寝て、

ご飯はコンビニで済ませがち。

部屋も、まあ、そこそこ、散らかってる。

気づけば、夏休みももうすぐ終わり。


このままじゃ、ダメだ。

大学の課題も溜まってるし。

そろそろ、気を引き締め直さないと。

昔みたいに、テキパキと動ける自分に戻りたい。

そのためには、まず形からよね。

運動だ! ランニングだ!

これで、心も体も、シャキッと!


スマホの画面をスクロールする。

『あなた本来の輝きを、もう一度。』

そんなキャッチフレーズの広告が目に飛び込んできた。

そこに写っていたのは、

体型をきゅっと引き締めるような、

補正効果のあるボディシェイパー。

え……?

補正?

普段、私が選ぶのは、

締め付けの少ない、楽なものだ。

肌に優しい、コットン素材の。

なのに。

なぜか、そのボディシェイパーが、

私を誘っているように見えた。


これだ。

理性が警告を鳴らす。

でも、指が勝手に動いた。


「ポチッ……」


震える指先で、購入ボタンを押した。

画面が切り替わる。

注文完了。

心臓が、トクン、ドクン、って大きく跳ねる。

顔が、耳まで熱い。

こんな、補正下着。

初めてかもしれない。

罪悪感と、ほんの少しの期待。

変な気分だ。


数日後。

ピンポーン。

宅配便が届いた。

私は、誰にも見られないように。

そっと、箱を受け取る。

小さな段ボール箱。

丁寧に、セロハンテープを剥がす。

蓋を開ける。

ふわり、と。

清潔な、石鹸の香りがした。

それは、新品の布の匂いと、

微かに残る防臭剤の香りが混じった、

私だけの「新しい私」の匂い。


中から取り出したのは、

ベージュ色の、滑らかなボディシェイパー。

指でそっと触れる。

生地の、伸縮性。

指先に、ひんやりと、きゅっとした感触。

こんなに、引き締まるものが。

私の中に眠る、だらしない気持ちを。

本当に、引き締めてくれるんだろうか。


胸の奥が、じんわりと、ざわつく。

期待と、ほんの少しの戸惑い。

混ざり合った、不思議な感情。


部屋の鍵をカチリ。

ガチャリ。

二重にロックする。

ゆっくりと、部屋着を脱ぐ。

いつもの、ゆるいインナーを外し、

ボディシェイパーを手に取る。

ひんやりとした生地が、肌に触れる。

ゆっくりと。

腕を通す。

身につけていく。


ああ。

なんてことだ。

鏡に映ったのは、いつもの私じゃない。

きゅっと、ウエストが引き締まる。

ヒップのラインも、綺麗に見える。

普段は、ちょっとだらしない体も、これなら、

少しだけ自信が持てる気がする。

背筋が、ピンと伸びる。

自然と、姿勢が良くなる。


「私…これ、すごい…!」


思わず、声が漏れた。

でも、なぜか。

口元は、ふ、と緩んでしまう。

普段、あまりしない、シャキッとした表情。

誰にも見られない部屋の中なのに。

こんな、引き締まった顔。


猫背気味の背筋が、なぜか、

ピンと、伸びる気がする。

心臓が、トクン、と。

力強く、脈打っている。

まるで、私の中に。

ずっと、ずっと隠れていた、

真面目な私が。

ゆっくりと。

ゆっくりと、目覚めていくみたいだ。


「よしっ!」


小さな声。

でも、確かに、気合いが入った。

このボディシェイパーが。

私を、新しい世界へ。

連れて行ってくれる。

今日は、久しぶりにランニングだ。

そのために、この「特別な私」になるんだ。


ランニングウェアに着替える。

ボディシェイパーは、ウェアの下に隠れる。

誰にも見えない。

私だけの、秘密。

でも。

その秘密が、私に。

確かな規律をくれた。


メイクは、いつものナチュラルだけど、

今日は、前髪をきちんと分けた。

うん。

大丈夫。

私、行ける。


玄関に向かう。

カバンを手に取る。

いつもより、軽く感じる。

ランニングシューズを履く。

よし。

完璧。

深呼吸を一つ。

大きく、息を吸い込む。

胸が、ボディシェイパーの上で、

少しだけ引き締まる。

そして、ゆっくりと。

ドアノブに、手をかけた――その瞬間。


ピピピッ……

ピピピッ……。

スマホから、情けない音が鳴り響いた。

「え、何? 故障!?」

慌てて、画面を見る。

『バッテリー残量、ゼロ』


え、今?

なんで?

よりによって、このタイミング!?

音楽なしで、ランニングなんて、無理!

顔がカッと熱くなる。

心臓が、バクバクだ。


結局、ランニングは中止になってしまった。

補正下着を身につけて、準備万端だったのに。

こんな、緊急事態。

あぁ、私のやる気が……。


しかし。

なぜだろう。

いつもなら、こんな時、がっかりして。

そのまま、ゴロゴロしてしまっていたはずなのに。

今日は、なんだか。

体が、軽くて。

動きたくて、うずうずする。


仕方ない。

ランニングは無理でも。

せっかくやる気になったんだから。

部屋の片付けでも、するか。


リビングの散らかった雑誌をまとめ。

キッチンの洗い物を片付ける。

ボディシェイパーの締め付けのおかげか。

普段より、体がシャキッと動く。

効率よく、家事をこなすことができた。

これも「引き締め効果」か、と。

密かに笑う。

ランニングはできなかったけど。

それでも、今日の私は、確かに一歩を踏み出した。


明日は。

このボディシェイパーで。

もうちょっとだけ。

違う私になれるかな。

充電も、忘れずにしよ。


---


次回の記録:大胆下着と演劇、思わぬ風邪ひき


「データ分析、完了。加藤美咲様の今日の『挑戦』は、

予測外の『電子機器の不調』により中止されましたが、

内的な『生産性向上』と『自己満足度』は高い数値を維持しました。

これは、彼女の持つ『適応性』が、

新たな形式で発揮されたことを示唆しています。

次回の『今日の私と、秘密のランジェリー(出発編)』は――


『木下優子』。彼女は今、『自己解放』を決意し、

行動を起こすでしょう。

果たして、彼女が『ポチる』下着が、その決意をどう後押しするのか。

そして、試着室で、あるいはその先で、

どんな『オチ』が待っているのか――。

データは、『秘めたる表現欲と、デリケートな『健康状態』の警告、

そして予期せぬ『体調不良』の兆候』を予測しています。

ご期待ください。」

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