第7話:レオパードと庶民、お預けディナー

「データ分析、開始。白鳥麗華様、

本日の『なりたい自分』への欲望値は、

『未知への探求』を強く示唆しています。

過去データによると、彼女の『好奇心』は

特定の情報カテゴリへのアクセスを増加させ、

その後の『模倣行動』を誘発する傾向にあります。

今日の『ランジェリー』選択は、その現れと判断。

この文化変容のプロセス、興味深い推移を見せています。」


私は白鳥麗華。高校三年生。

白鳥財閥の、一人娘。

周りの人は、私を「お嬢様」と呼ぶ。

何不自由ない生活。

欲しいものは、何でも手に入る。

でも。

どこか、満たされない気持ちが、いつも胸の奥にあった。


最近、私は『庶民』というものに興味がある。

テレビドラマで見た、スーパーで買い物をする女性たち。

電車に乗って、賑やかな商店街を歩く人々。

質素だけど、なぜか、とても楽しそうに見える。

私も、あんな風に、

もっと人間的な成長をしたい。

庶民の生活を体験すれば、きっと。

新しい自分に出会えるはず。


そんな、ある日の午後。

スマホの画面に、オンラインショップの広告が浮かんだ。

『日常に、ワイルドな刺激を。』

そこに写っていたのは、

派手なレオパード柄のランジェリー。

え……?

レオパード?

これが、庶民の、定番?

普段、私が選ぶのは、

オーダーメイドの、シルク生地の、

上品でシンプルなものだ。

なのに。

なぜか、そのレオパード柄が、

私を誘っているように見えた。


これだ。

理性が警告を鳴らす。

しかし、好奇心がそれを上回った。


「ポチッ……」


震える指先で、購入ボタンを押した。

画面が切り替わる。

注文完了。

心臓が、トクン、ドクン、って大きく跳ねる。

顔が、耳まで熱い。

こんな派手な下着。

初めてかもしれない。

罪悪感と、ほんの少しの期待。

変な気分だ。


数日後。

ピンポーン。

宅配便が届いた。

私は、誰にも見られないように。

そっと、箱を受け取る。

小さな段ボール箱。

丁寧に、セロハンテープを剥がす。

蓋を開ける。

ふわり、と。

甘い、スパイシーな香りがした。

それは、新品の布の匂いと、

微かに残るアニマル柄の、

強烈な個性の香りが混じった、

私だけの「新しい私」の匂い。


中から取り出したのは、

黄色と黒のまだら模様が、光に当たってギラつく

レオパード柄のランジェリー。

指でそっと触れる。

生地の、ざらつき。

指先に、ひんやりと、奇妙な感触。

こんなに、野性的なものが。

私の中に眠る、庶民への探求心を。

本当に、引き出してくれるんだろうか。


胸の奥が、じんわりと、ざわつく。

期待と、ほんの少しの戸惑い。

混ざり合った、不思議な感情。


部屋の鍵をカチリ。

ガチャリ。

二重にロックする。

ゆっくりと、制服を脱ぐ。

いつもの、上品なインナーを外し、

レオパード柄のランジェリーを手に取る。

ひんやりとした生地が、肌に触れる。

ゆっくりと。

腕を通す。

身につけていく。


ああ。

なんてことだ。

鏡に映ったのは、いつもの私じゃない。

レオパード柄が、胸元を力強く主張している。

普段は優雅な私の体も、これなら、

少しだけ野性的に見える気がする。

ショーツのサイドには、金色の金具。

歩くと、ヒョウ柄が揺れるのが、

鏡越しに見えた。


「私…これ、似合って、いるかしら…?」


思わず、ため息が漏れた。

でも、なぜか。

口元は、ふ、と緩んでしまう。

普段、絶対にしない表情。

誰にも見られない部屋の中なのに。

こんな、大胆な顔。


猫背気味の背筋が、なぜか、

ピンと、伸びる気がする。

心臓が、トクン、と。

穏やかに、脈打っている。

まるで、私の中に。

ずっと、ずっと眠っていた何かが。

ゆっくりと。

ゆっくりと、目覚めていくみたいだ。


「よしっ!」


小さな声。

でも、確かに、気分転換になった。

このランジェリーが。

私を、少しだけ。

ワイルドに。

してくれる。

今日は、庶民体験の第一歩、スーパーへお買い物だ。

そのために、この「特別な私」になるんだ。


私服に着替える。

ランジェリーは、服の下に隠れる。

誰にも見えない。

私だけの、秘密。

でも。

その秘密が、私に。

確かな安らぎと、好奇心をくれた。


メイクは、いつものきちんと感はそのままに。

今日は、少しだけ、アイシャドウを強めにした。

うん。

大丈夫。

私、行ける。


玄関に向かう。

カバンを手に取る。

いつもより、軽やかに感じる。

靴を履く。

よし。

完璧。

深呼吸を一つ。

大きく、息を吸い込む。

胸が、レオパード柄の上で、少しだけ膨らむ。

そして、ゆっくりと。

ドアノブに、手をかけた――その瞬間。


「麗華、お買い物は行かなくていいわよ。」


後ろから、母の声がした。

「今日の夕食は、高級食材を使うから。」

「え……?」

振り返ると、母が優雅に微笑んでいる。

「もう、デリバリーで手配したの。

フランスから取り寄せた、最高級のフォアグラと、

トリュフよ。今夜は、スペシャルディナーにしましょう。」


まさかの。

高級食材。

お買い物、中止。

よりによって、このタイミング!?

顔がカッと熱くなる。

心臓が、バクバクだ。


結局、庶民体験は、お預けになってしまった。

レオパード柄のランジェリーを着ているのに。

目の前には、キャビア。

私の気分と、食卓のギャップが。

なんて、間抜けなんだろう。

でも。

「庶民の生活、奥が深いわね……」

フォアグラを口に運びながら、密かにそう呟く。

下着で気分が高揚したせいか。

いつもより、食材の味が深く感じられる。

これも、ランジェリーのおかげ?

まさか。

そんなこと、あるはずない。


ふと、窓の外を見る。

夜空は、満月が輝いている。

私の心は。

なぜか、穏やかだった。

部屋の中は、私だけの、特別な空間。

レオパード柄ランジェリーがくれた、今日の、

ささやかな安らぎと、新たな好奇心。


明日は。

このランジェリーで。

もうちょっとだけ。

違う私になれるかな。


---


次回の記録:補正下着とラン、充電切れの奇跡


「データ分析、完了。白鳥麗華様の今日の『挑戦』は、

予測外の『家族の行動』により、中止されましたが、

内的な『好奇心充足度』は安定した高値を維持しました。

これは、彼女の持つ『柔軟性』が、

新たな形式で発揮されたことを示唆しています。

次回の『今日の私と、秘密のランジェリー(出発編)』は――


『加藤美咲』。彼女は今、『自己規律の回復』を決意し、

行動を起こすでしょう。

果たして、彼女が『ポチる』下着が、その決意をどう後押しするのか。

そして、試着室で、あるいはその先で、

どんな『オチ』が待っているのか――。

データは、『リラックスしすぎた日常と、

突如現れる『自律心』のスイッチ、そしてまさかの『電子機器の不調』』を

予測しています。ご期待ください。」

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