第3話 悪魔の目覚め

 周囲を見渡しても連中はおろか鉄格子もなにもない。ただあるのは小さな青い玉のようなものだけだ。玉の下部からは緑色の棒が生え、鉄格子の棘と似たようなものがその棒にもついている。触ろうとしても、手が届いた瞬間にゆらゆらと躱かわされてしまう。




「なんだよ、これ…」




 その声を出した瞬間、私の全身から青い何かが飛び出した。まるで松明に灯る火というものに似たものだ。鎖が粉々になり、鉄格子は大きな音を立て四方に飛び散る。


 不思議な気分だ。体が軽い。痛みが嘘のようにない。全身を青い火が包み、私の足が地面から離れていく。爛れた手首の皮膚が綺麗な色に変わっていく。真っ白だった私の髪の毛は黒と青が混ざったような色に変わった。


 鉄格子が飛び散った衝撃で槍を持った二人が巻き込まれ、倒れている。だが、剣を持った人間だけは動揺することもなく私をじっと見上げていた。




「ようやく化けの皮が剝がれたか、悪魔。さあ、感情のままに暴れてみろ!」




 まるで私がこうなることを分かっていたような言葉だった。剣も抜かず、盾も構えず、平然とその場に立っている人間にこれまで私の心のどこかにあった怒りがあふれ出した。


 私の周りにあった青い火は、まるで私の意思に従うように人間に向かって飛んで行った。




 当たった…!




 そう思った瞬間、人間はようやく剣を素早く抜き、その大きな火を二つに割いた。




「こんなものか…ん?」




 火を割いた剣は少しずつ黒くなっていき、ボロボロと崩れていった。




「…なるほど。悪魔のことだけはあるか…」




 頭に被った鎧を脱ぐこともなく武器を失った目の前の人間は呼吸一つ乱していない。


 ここを出よう。


 不思議な青い火に包まれた私は、不可能などないと思えるほど自信に満ちていた。体の向きを変え、出口に急ぐ。あの大きな扉を壊すことができるだろうか。いやできる。今の私になら…!


 右手を扉に向かって伸ばす。なんとなくこうしたほうがいいのだと思ったのだ。すると青い火は私の右手を合図に一つにまとまり、扉に向かって飛んで行った。だが、その火は扉に当たるとボワッと小さな音を立てて消えてしまった。




「その程度で壊せると思ったか? それはあの薔薇の悪魔を逃がさないために作られた特別製だ。お前程度の弱弱しい火では壊すどころか傷の一つも付けられない」




 人間の口から度々出る、薔薇の悪魔という名前。その悪魔をとらえるためにこの扉が作られたのだとしたら、この建物そのものがそのためなのかもしれない。だとすれば、さっきの鉄格子は一体どうして私が壊せたのだろうか。そもそもなぜ、その悪魔をとらえる建物に私を入れたのだろうか。考えれば考えるほど嫌な予感がしてたまらない。


 ふと、思い出したように自分がいる広い空間を見渡す。私を見上げる人間、バラバラになった鉄格子。そして私が今、この空間から出ようとしている。なぜ、誰一人ほかに人間が来ないのだろうか。そしてあの人間はどうして攻撃してこないのだろうか。捕えている私が逃げようとすれば再び捕えるために私を拘束しようとするのが普通だ。それなのにそんな動きを見せる気配すらない。


 私の嫌な予感は時間が経つほどに募っていく。


 そして私の予感はある爆発音をきっかけに的中してしまう。

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