あり得ない婚約
亀甲占いは、そのひび割れによって占う。
祝詞を唱えながら、撫子は占いをはじめる。
「白虎の君、二番」
「はいっ」
蓐収家の男子が呼ばれ、続いて「玄武の姫、一番」と呼ばれる。
玄武の遠縁の女子は、動揺した様子でふたりひと組になって席を立っていった。
(あのふたりは同じ授業を受けていなかったと思うし、きっとこれから話し合いを重ねて夫婦になっていくのだろうなあ)
ほのかはそれを眺めていたところで。
「朱雀の姫」
今年の朱雀の家系で本家筋はほのかだけだ。ほのかは力一杯「はいっ!」と声を上げて立ち上がった。撫子はパキンパキンと割れていく亀甲を眺めて、次の人を呼ぶ。
(……どんな人だろうな、私の婚約相手は)
ひび割れからなにを撫子は読み解くのだろうと思いながら、ほのかは思いを馳せた。
正直、朱明家の人間は実力主義だ。力さえ強かったら、男女問わずに陰陽師として名を上げていける。ただ、他の家の、特に本家筋に近い家であればあるほど、男尊女卑は濃くなり、女はとにかく異形にならない子を産めという方針が強いと聞く。
(本家筋の人間は嫌だなあ……せめて老若男女問わず優しい蓐収家がいいな、玄武じゃないんだったら句芒家でもいい)
パキン、パキン……。
そろそろほのかの相手が決まる頃合いだろう。ほのかは必死でその音を耳にしながら祈っていた。
(玄冥は陰陽師の本家筋の中でも、一番一族の血を残すっていうのが厳格過ぎるから嫌だなあ……)
そこまで考えていたところで、撫子が言紡いだ。
「玄武の君、二番」
そのひと言に、ほのかは目を見開いた。
玄武の男子の二番目は……どう考えても。
「……撫子様、申し訳ありません。この占い、間違ってはおりませんか?」
普段冷静沈着を形にしたような男である
残っている皆も、若干困った声を上げている。
「朱雀と玄武は……普通に相性が悪いのでは……?」
「五行相生ではなく、五行相剋では……」
「今まで朱明と玄冥で婚約がまとまった話なんて、聞いたことが……」
このふたりの相性が悪いのは、なにも当事者ふたりが犬猿の仲だからだけではない。
陰陽術において、五行の相性というものはもっとも重要とされている。
青龍白虎朱雀玄武麒麟……。それぞれには木水火土金の属性が当てはめられ、それぞれを補い合う五行相生がもっとも相性がいいとされ、婚約もおのずとそれで決められることが多い。
ところが。ふたりの仲は五行相剋と呼ばれる、互いを食い合うという相性。
朱雀の場合相性が悪いとされているのは、玄武と麒麟である。
周りが動揺してざわついている間も、撫子は「静粛にお願いします」と鈴を転がしたような声を上げる。
「落ち着いてくださいませ、占いではたしかにお二方が出ました」
「ですが……この占いは滅茶苦茶です! そもそも五行相剋では、子すら残せないおそれが……」
「あなた様は、麒麟の巫女の占いを疑うのですか?」
「……っ!!」
麒麟の巫女は、天空を統べるとされる麒麟の力を司る一族、瑞樹家の末裔。
その巫女の占いが外れたことは、いまだかつてないとは、陰陽師であったのなら常識中の常識であった。
(だとしたら……いくらなんでも、こいつと夫婦にならないといけないの……!? 嫌だあ……!!)
ほのかは唇をプルプルと震わせて、黒斗を睨んでいた。黒斗はまたなにかを撫子に言おうとしたが、やがて肩を落とした。
「おい」
「……っ、なによ」
「とにかくこれ以上俺たちで時間を取らせる訳にはいかない。移動するぞ」
「……うん」
ふたりはギクシャクとしたまま、移動していった。
夫婦が決まれば、夫婦の営みが行えるくらいの仲になるまで、別邸が用意されている。なにぶん陰陽師は多忙だが、人数はそこまで多くない。増えよ栄えよと言うのが陰陽師のそれぞれの本家の方針なのだから、陰陽寮の学府卒業直後がもっとも新婚生活が行えるという時間だというのは、当然と言えば当然だった。
ふたりは別邸に行く迎えを待つ控え室に向かうが、その間も空気がギクシャクとしている。
先程の気恥ずかしくなるようなくすぐったい雰囲気とは違い、刺々しくてよそよそしい雰囲気だ。
(そもそもこいつとあたしだと、属性が合わないのにどうやって子をつくればいいの……無理でしょ。撫子様はああは言ってたけど)
普通に考えれば、属性としては朱雀は絶対に玄武には勝てない。なのに、それで無理矢理事に及べば死ぬ可能性だってある。属性の問題で、既に無理という顔をしていたが。
「おい」
「……だからそのおいって呼ぶのやめてくれる? あたし、おいなんて名前じゃないんだけど」
「なんだ、名前で呼べばいいのか」
「じゃああたしだって、あんたのことはあんたで済ませるけど」
「なんだそりゃ」
黒斗が鼻で笑ってくるのに、ほのかは苛ついた。
(こっちの気も知らないで……! こっちは死ぬかもしれないって思ってるのに!)
思わず目を吊り上げるほのかに対して、しばらく黙って眺めていた黒斗は口を開いた。
「撫子様はああおっしゃってはくれたが。どう考えてもこの占いは間違いだ」
「……そうね。いくらなんでも、属性としてはあり得ないから。あんたと夫婦になるなんて、天地が割けてもあり得ないから」
「そうだな。お前みたいな脳筋で、異形も魑魅魍魎も腕っぷしだけでなんとかしようとするような馬鹿、妻に娶れというのはどだい無理な相談だ」
「あんた本当にあたしのこと嫌いね? お揃いね?」
「だから無理に事を及ばないように進める。俺たちの占いが間違いだと証明されるまでは、なにもしない。とりあえず別邸には向かうが、待ち時間だ。部屋分けは向こうで決めるぞ」
そこでほのかは少しだけ驚いた目を向けた。
「……あたしが死ぬだけで、あんたは別にどっちでもいいでしょうが。子作り大好きな玄冥の人間がこんなこと言ってて大丈夫?」
「なんだその色ボケみたいな言い方は、他に言い方なかったのか」
「心配したげてるんでしょうが。玄冥家なんて、皆頭硬いのに、形だけでも子作りの真似事しなくってもいいの? 上から怒られない? って心配してあげただけ」
「どう考えても間違いなのに、すぐ子作りに進めるか。というか、お前は恥じらいがないのか。そもそも死ぬって覚悟決めさせてしまったこっちの身になれ」
ますますほのかは驚いた顔をしていた。
「……あんた、あたしのこと心配してくれてたの? 子さえ生まれりゃあたし死んでもどっちでもいいと思ってたのに」
「どこまでお前の中で俺は冷徹な人間になっているんだ」
「馬鹿にされ続けた記憶しかありませんけど」
「馬鹿に馬鹿と言ってなにが悪い」
「それを性格が悪いって言います」
「ああ、もう。とにかく」
ふたりが揉めている間に、車が到着したようだった。
中から出てきた人々が「それでは、お迎えに上がりました」とうやうやしく頭を下げてくれるのに、ふたりは車に乗り込む。
車が緩やかに発進していく中、ほのかは腰に提げた刀の柄をぎゅっと握った。
そもそもが、陰陽師の血族が濃くなり過ぎず、薄くなり過ぎないようにとするための制度が、陰陽師婚姻制度なのだ。こんな端から相性が悪い者同士が結びついた例なの前例がない。
(どうなるのかな、あたしは)
別邸で占いのにやり直しを求めるにしても、いつまで一族は許してくれるのかが不明瞭だ。
胸中を立ち込める暗雲を祓う術を、今のほのかには持ち合わせていなかった。
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