五行の花嫁
石田空
犬猿の仲
見上げると桜の蕾が膨らんでいる。
あと三日四日で咲きはじめるのだが、その桜を見ることはないだろう。
本日は陰陽寮学生卒業式。日本津々浦々の陰陽師たちを集める学府の卒業式なのだから、桜の開花を見るのは、学府に残って研究職に就く者か、卒業と同時に陰陽寮に加わり、そこ所属の陰陽師になるかのいずれかだ。
「残念だったねえ、ほのか」
そう髪を首までに短く切り揃えた女学生は、卒業証書の筒をカパカパ開閉させながら言った。
「卒業証書、皺になっちゃうよ」
そう返したのは、赤い紐で長い御髪を高く切り揃えた女学生だった。腰には帯刀し、凜々しさと勇ましさを同時に醸し出している。
その生真面目な彼女に、切り揃えた髪を揺らして笑う女学生はにこやかに続けた。
「だって、首席はてっきりほのかだと思ったんだもの」
「ほんっとうに。あたしだってそうだと思ってた。あいつ、ほんっとうに最初から最後までムカついた」
「どっちも名門の出身だもんねえ。市井の拝み屋だとわからない世界だあ……」
「
「でも、卒業と同時に名門も大変だねえ……」
「そうね、あたしたちはまだいろいろと残されているから、すぐに実家に帰るってできないからさ」
そう親友ふたりで最後の別れを惜しんでいるときだった。
「いい加減、巫女の元に行けばどうだ」
冷たい声を投げかけられ、それに振り返ったほのかは目を吊り上げた。
白い髪を長く伸ばしてひとつにまとめた男子学生だった。首席の証として、胸元には布でつくられた牡丹が飾られている。それにほのかはますます苛立った。
「あら、首席卒業誠におめでとうございます、
「首席を逃して残念だったな、
「ギギギギギギギ……ッ!!」
ほのかは今にもこいつ斬りたい殺したいと言わんばかりに、腰に提げた刀の柄をガチャガチャと鳴らしはじめた。それに慌てて南雲が「やめなってば!」と止める。
そのほのかを冷たく男子学生は見下ろした、身長は陰陽寮に入ってからこっち、同じくらいだったのが卒業前にはすっかりと追い抜かれてしまっていた。それもまた、ほのかの面白くないところだった。
「その山猿みたいな後先考えない行いで、家の名を傷付けぬようにな」
「お気遣いどうも! 儀式が終わったらもう金輪際会わないでしょうけどね!」
「そう祈りたいところだな。呼び出しを受けても会わないでいることを願う」
言いたいことを言って、さっさと男子学生は立ち去ってしまった。
それにまたしてもほのかは「ムカつく!」と声を荒げて、足踏みをしていた。それを呆れ返った顔で南雲は見ていた。
「なんというかあれだよねえ。ほのかと玄冥くん、最初から最後までそりが合わなかったねえ。これが朱雀と玄武の火と油の関係なの?」
「あいつとはほんっとうに合わないの! いつも会えば人のこと鼻で笑ってくるし! こっちが術式下手くそなのをなじってくるし! でもあっちは剣技全く使えないからこっちが高笑いしてやったわ!」
「そこまで鍔迫り合いして首席争いしてたんだから、他の名家が気の毒に見えたけどねえ」
「知らない! どの道、儀式が終わったらもう会わないもの! まあ、陰陽寮に呼び出し受けたら会うかもしれないけど、そんなのずっとじゃないし」
「そーう? まあほのかが元気ならそれでいいけどね。それじゃあ、私は拝み屋として頑張るから。ほのかも身の振り方が決まったら連絡ちょうだいね」
「ありがとう南雲。卒業してからも親友だからね!」
「大変だよねえ、本当に名家ってさ」
そう言い合いながら、南雲が陰陽寮の学府を後にするのを見送ってから、ほのかは陰陽寮内にある儀式を行う社へと向かっていった。
****
陰陽師。
この国では五行と陰陽の力を利用して、様々な厄災を祓う者たちのことを指す。
それらの力はそれぞれ陰陽師の名門内で秘匿とされていたが、状況が変わったのは、歴史が大きなうねりを上げ、文明開化の頃合いになってからだろう。
陰陽師の血族から、いきなりひとり。またひとりと異形の者が現れたのである。
それこそ、陰陽師が代々屠っていた妖怪魑魅魍魎と遜色のないような者たちが。
彼らは妖怪魑魅魍魎のような姿をしながら、陰陽師の力と知恵を持つ、非常に厄介な存在となり、この国の闇に消えてしまった。
陰陽師たちのいる陰陽寮は、慌てていきなり出現した異形の者たちの対処をしながらも、原因究明に走った。
そして原因に気付いてしまったのだ。
血が濃くなり過ぎて、陰陽師たちの持つ力が暴走した末の異形化だと。
しかし陰陽師の持つ妖怪魑魅魍魎を屠る力は、歴代の陰陽師たちの連なりから来る血縁からでなければ力を発揮できない。たしかに陰陽師の家系の傍流の血縁の拝み屋たちなども市井には存在しているが、名門の家系ほどの強く濃い力を受け継いではいなかったが、異形はその名門の陰陽師のなれの果てなのだ。市井の拝み屋では話にならないため、どうしても名門から異形にならない陰陽師を輩出しなければならなかった。
結論として、五行を司る家系の婚姻を、五行の一族の名家がひとつ、麒麟の一族の未婚女性による占いに任せることとなったのだ。
麒麟の一族である
かつて行われていた政略結婚や婚約制度はなりを潜め、それぞれの一族の代表の誰との婚姻が確実に異形ではない子を産むのか、陰陽師婚姻制度とも呼ばれるべき儀式を、陰陽寮学府で四年に渡って学んできた若い陰陽師たちが集められて執り行われるようになったのである。
「そうは言ってもねえ……」
異形を産み出してしまった責任と、異形に対抗するための処置となっているこの陰陽師婚姻制度だが、名門家系を見回すと、ほのかはなんとも言えなくなった。
今年卒業する陰陽師は四十人。内、名家として陰陽師婚姻制度により婚約者の内定を決められるのは二十人。つまり、十組の夫妻がこの場で決められるのだ。
(気まずいよねえ……皆の目の前で婚約が決められるなんてさ)
それぞれが五行の一族の代表として来ているのだから、皆真剣なのはわかっているし、ほのかも制度として理解していたが。それでもそう簡単に羞恥心は払拭できなかった。
五行の一族。
青龍を司る
朱雀を司る朱明家。
白虎を司る
玄武を司る玄冥家。
そして麒麟を司る瑞樹家。
それらを五行の一族と呼び、それらと一族の分家筋により、儀式が執り行われる。
集まった広場にやがて、真っ白な水干を着た女性が現れた。
色素の薄い金髪の女性が、瑞樹家の現巫女とも言うべき女性であった。
「お初にお目にかけます。わたくしが今回儀式を占います、
そう挨拶をした後、亀の甲羅を持ってきて、それを薪の上に置き、薪に火を焼べはじめた。
亀甲占いは古過ぎるほどに古い占いだが、その占い結果は正確だ。なによりも、麒麟の一族の占いは、今まで外れたことがなく、どれだけ鼻っ柱の強い他の五行の一族であったとしても、彼女の占いに否を唱えることは。
よほどのことがない限り、あり得ない話なのである。
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