第2話 沙織の葛藤

白石沙織は、高級料亭の個室で、またもや目の前の男性の品定めのような視線にうんざりしていた。テーブルに並べられた豪華な料理も、口に運ぶ気になれない。これで何度目のお見合いだろう。


「白石家のご令嬢ともあろう方が、なぜ未だ独身でいらっしゃるのか、私には理解に苦しみますな。やはり、家業に専念しすぎると、良縁は遠のくものでしょうか」


いかにも体裁を気にしたような言葉の端々から、沙織の心は冷え切っていく。彼の目は沙織の顔ではなく、彼女の背後にある“白石”という名のブランド、そしてその裏にある“財産”に向けられているのが手に取るように分かった。


沙織は久留米市内で代々続く名家、白石家の長女だった。幼い頃から何不自由なく育ち、望めば何でも手に入る環境だった。だが、唯一手に入らないもの、それは心からの安らぎと、打算のない人間関係だった。特にここ数年は、両親からの「早く結婚しなさい」「いい加減、白石家の跡取りを産みなさい」というプレッシャーが、沙織の心を常に締め付けていた。


両親の言う「いい相手」とは、白石家の格式に見合う家柄で、さらに言えば、自分たちの事業に貢献できるような「使える人材」のことだ。沙織自身の人格や感情は二の次で、まるで商品のように扱われている気がしていた。


「申し訳ございませんが、私にはまだ結婚を考える気持ちになれません」


何度この言葉を口にしたことだろう。そのたびに両親は落胆し、さらに強い口調で畳みかけてくる。「いつまで親不孝をするつもりだ」「いい歳をして、世間体が…」その言葉の重みに、沙織は窒息しそうだった。


本心では、温かい家庭を築きたいと願っている。心から信頼し、寄り添い合えるパートナーが欲しい。だが、出会うのは自分を利用しようとする人間ばかり。このまま形式だけの結婚をして、一生を終えるのは耐えられない。そんな偽りの生活を続けるくらいなら、いっそ一人で生きていく方がマシだ、とさえ思うようになっていた。


窓の外に広がる都会の夜景も、今の沙織には冷たく、寂しく映った。この息苦しい現状から、どうにかして逃れたい。その思いだけが、彼女の中で燻っていた。

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