第3話「夜のドローン追跡」
日曜の夜、港のコンテナヤードは静寂に包まれていた。
海からの風が、昼の熱気をさらっていく。遠くに船の汽笛が響くたび、コンテナの隙間に積もった砂埃がふわりと舞う。
その中に、制服のままの中学生三人が、低姿勢で物陰に潜んでいた。
「やっぱり、この時間のほうがトラックの動きは怪しいね」
杏が手に持った双眼鏡を外し、呟く。目は真剣そのもの。火災現場で見つけた“ケイオス・インダストリー”の耐火ケース。あれ以来、杏の頭はずっとモヤモヤしていた。
あの倉庫で、あの試薬箱が何をしていたのか。
それを確かめるには、ケイオス社が動く“夜”を追うしかなかった。
「よし、あのトラック。さっきも裏手のゲートから入っていったよね」
そう言ったのは佳奈子だった。手元のタブレットには、広域地図と彼女が独自にまとめた“港湾エリアの夜間動線図”が表示されている。
「この時間帯の動き、普通の配送じゃない。港湾作業は日中が基本だし、特例としても申請が出てない。市の公開資料、全部確認済み」
淡々とした声で、確実な情報を重ねていく。杏が視線を送ると、佳奈子は微かに微笑んだ。
「だから、ここが“私たちの出番”ってこと」
「それそれ!」ともう一人――敬太が拳を握った。
「こんなスリル、探してもなかなかないって! あ、でも安全第一で! 俺、そういうとこ大事にしてるから!」
軽口を叩きながらも、敬太は望遠のカメラを抱え、コンテナの陰からそっとレンズを向けた。
「ドローン、来た」
佳奈子の声が、夜風の中で鋭くなる。
頭上――ピリリと音を立てながら、小さな光が港の上空を滑っていく。無人機。高度は低く、積荷を追尾している様子。
「港湾エリアでの飛行は、明らかに違法。申請無し、光の減衰処理もされてない。あのドローン……何かを監視してる」
「なら、こっちも追う!」
杏は自転車にまたがった。まるでこれを待っていたかのように、タイヤが夜のアスファルトを蹴る。
「杏、やるならデータは必ず残して!」
佳奈子が追いかけながら叫ぶ。
「了解! 記録は任せて!」
杏の背中が、スピードとともに夜闇に吸い込まれていった。
港湾の道は、迷路のように入り組んでいた。
杏は自転車のギアを上げ、カーブを抜けて、フェンス沿いを進む。ドローンの光は、一定の距離を保ちながら滑るように移動していた。
「これ、ただの空撮じゃない……貨物を誘導してる?」
杏はドローンの軌道と並走するトラックの存在に気づいた。真っ黒な車体。窓はスモークがかかり、ナンバープレートも泥で見えづらい。港湾の公式車両にしては、あまりに匿名的だった。
少し距離を置いて、杏は小道に逸れる。
――と、その時、敬太の声がイヤホンから飛び込んだ。
「杏! あのトラック、第五倉庫方面に進んでる! 地図のCルート!」
「OK! こっちはコンテナ裏から回り込む!」
ハンドルを切る。街灯の届かない区画に入ると、風の音が急に大きくなった。廃コンテナが壁のように積み上げられており、その狭間を抜けると、小さな高台に出た。
そこから見下ろすと、黒トラックが止まった場所が見えた。
倉庫のシャッターが開く。人影が現れ、積み荷の受け渡しが始まる。
――杏はスマホの録画を開始した。
だが、その瞬間。
「ピーーーッ!」
ドローンが急降下し、こちらに気づいたように軌道を変えた。
「マズイ、こっち来る!」
杏はスマホを懐に押し込み、自転車に飛び乗った。ライトは消したまま、ペダルを回す。
「佳奈子、あのドローン、夜間自動追尾モード入ってる! やばい、撒けるルート教えて!」
耳元から、すぐに応答が返る。
「港南橋を抜けて、緊急用通路Bへ! 途中に大型の廃材置き場あり、遮蔽物になる!」
「ナイス!」
杏は一気に速度を上げた。背後で、ドローンのプロペラ音が鋭くなる。
コンクリートの継ぎ目がタイヤを弾き、振動がハンドルに伝わる。息が白くなってきた。呼吸が速い。
――だけど、負けない。絶対に。
杏は心の中で呟く。
(この街に、何が起きようとしてるのか……知りたい)
(守るために、まず真実を知らなくちゃいけない)
大型廃材置き場が見えてきた。鉄骨と古いパレットが無造作に積み上がり、夜でもひときわ影が濃い。
杏はギリギリまで速度を保ち、滑り込むようにその陰に自転車ごと飛び込んだ。
直後――ドローンが頭上を通過していった。
「ふう……」
息を潜め、しばらく身を屈める。
音が、徐々に遠ざかっていく。
杏はスマホを確認した。録画は成功している。トラックのナンバーこそ不鮮明だったが、明らかにケイオス社のマークが入った荷台が映っていた。
「撮れた……!」
小さくガッツポーズする。
その瞬間、イヤホンから敬太の声がした。
「ナイス逃走! ドローンが北へ離脱した。トラックはコンテナゾーン奥へ移動したぞ!」
「こっち、合流する!」
杏は再び自転車にまたがる。ペダルは重い。けれど心は軽かった。
――その後、三人は倉庫群の裏手にある公園で落ち合った。
街灯の下、スマホの画面を囲んで映像を確認する。
「おお、バッチリ映ってるじゃん!」
敬太が目を輝かせ、佳奈子はタブレットにデータを転送しながら言った。
「積荷は“検体”か“機材”のどちらかね。ケースの形状は化学物質輸送用に似てる。しかもこれ……一般の倉庫じゃなくて、ケイオス社の旧施設側に運ばれてる。立入禁止区域」
「じゃあ、これって……やっぱり、ただの配送じゃないってこと?」
杏が確かめるように言うと、二人とも静かにうなずいた。
港湾火災。ケイオス社の耐火ケース。夜間のドローンと不審なトラック。
バラバラだった点が、ようやく一本の線になりかけていた。
「この映像……どう使うか、ちゃんと考えようね」
佳奈子の言葉に、杏は頷いた。
「うん。まずは、証拠として保管。次の動きの材料にする」
風が、三人の間を吹き抜けた。
夜の港に、真実の破片が落ちている。
彼女たちはそれを拾い上げ、繋ぎ始めたばかりだった。
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