【ワ】 最後のお供はハヤブサ

●【ワ】 最後のお供はハヤブサ


 桃太郎は

 犬と 猿と ハヤブサと共に

 鬼ヶ島を目指して

 舟を こいでいました。


 犬が 櫂で舟をこぎ

 猿が 梶で舟をあやつり

 桃太郎は 舟の先端に立って

 仲間たちに 行く先を指示しました。


 ハヤブサはというと

 舟の上空を飛んで

 周囲を見張る…… はずでした。


 舟を出してすぐの頃は

 ハヤブサは 見える辺りを

 飛んでいたのですが


 気づいたときには

 もう ハヤブサの姿は

 見当たりませんでした。


 そのときです。


 巨大な漁船が

 猛烈な速度で

 突進してきました。


 後方からやってきたため

 桃太郎たちは

 気づくのが

 遅れてしまいました。


 桃太郎たちは

 大声で叫び

 大きく手を振って

 漁船に 存在を知らせましたが

 無駄でした。


 桃太郎たちが乗った舟は

 巨大な漁船に衝突され

 木っ端みじんに

 なってしまいました。


 桃太郎たちは

 海に投げ出されてしまいました。


 桃太郎は

 犬と 猿を助けようと

 荒波の中を

 必死になって泳ぎました。


 しかし

 高すぎる波に阻まれて

 まったく近づくことができません。


 次第に体力が失われていき

 そして ついに

 桃太郎は 力尽きてしまいました……


 ――どれくらい 経ったでしょう。


 桃太郎は 目を覚ましました。


 目覚めた場所は……


  1

 漁船の甲板

  …『【ワ・1】 世界の漁船から』にすすむ


  2

 竜宮城

  …『【ワ・2】 海の都 竜宮城』にすすむ


  3

 どこかの島

  …『【ワ・3】 漂流の果ての島』にすすむ




 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


●【ワ・1】 世界の漁船から


 桃太郎が 目覚めた場所は

 漁船の甲板の上でした。


 辺りを見渡すと

 船員たちが

 慌ただしく走り回っています。


 その船員たちを見て

 桃太郎は 我が目を疑いました。


 なんと その船員たちは

 金色の髪と 青い色の目を

 していたのです。


 船員たちが話している言葉も

 まったく聞き取れません。


 なんと 桃太郎が助けられた漁船は

 どこか別の国の船だったのです。


 かっぷくの良い船員が

 桃太郎が目覚めたことに気づいて

 近寄ってきました。


 船員は 笑顔でなにか話していますが

 桃太郎には まったくわかりませんでした。


「あ あの!

 犬と 猿はいませんでしたか?

 ぼくと 一緒に

 海へ放り出されたんです!」


 と 桃太郎は聞きましたが

 もちろん 伝わりませんでした。


 言葉の伝わらない環境の中で

 桃太郎は 次第に誰とも交流を

 しなくなっていきました……


 ――数ヶ月後


 漁船は ようやく港に到着しました。


 そこには 桃太郎が知るような建物は

 一つとしてありませんでした。


 なんと そこは

 アメリカの ロサンゼルスだったのです。


 ここで生きていくしかないのだと

 覚悟を決めた 桃太郎は

 必死に 語学の勉強を始めました。


 そして 一年後には

 日常会話ができるほどに

 なっていました。


 ――さらに 数年後


 桃太郎は

 アメリカ政府の特務大使として

 日本へ行くことになりました。


 長い船旅の末

 桃太郎は 数年ぶりに

 日本の土を踏みました。


 そのときです。


「桃太郎さん 桃太郎さん!

 お腰に きびだんごは

 つけていないんですか!?」


 と 話しかけてきたのは……


 なんと あの犬と 猿でした。


 桃太郎は 嬉しさのあまり

 犬と 猿を 強く抱きしめました。


 海に放り出されたあと

 桃太郎は 激しい海流に乗ってしまい

 沖へと流されてしまいました。


 犬と 猿は

 かろうじて その場に留まり

 ハヤブサによって

 助けられたのでした。


 今回 アメリカ政府の特務大使として

 やってくる人の中に

 桃太郎という名前をみつけた 犬たちは


 日本政府に頼み込んで

 ここで待たせてもらったのでした。


 桃太郎は

 辺りを見渡しました。


「あれ?

 ハヤブサは どこに?」


 犬と 猿は

 神妙な顔つきになりました。


「あのあと ハヤブサは

『自分が きちんと監視をして

 いなかったからだ……』と言って

 ひどく 落ち込んでしまったんです。


 それで 毎日毎日

 桃太郎さんのことを

 探すために 海の上空を

 飛び続けたんです。


 そして ある台風の日

 今日は行かないほうがいいと

 止めたのですが……」


「そっか……」


「でも あいつのことだから

 まだ どこかを飛び続けているかも

 しれないですよ」


 と 猿が言いました。

 そんなわけがないことは

 誰にでもわかることでした。


 でも 桃太郎は


「そうだね。

 ハヤブサのことだから

 きっと まだ どこかの空を

 飛んでるよね」


 と 言いました。


 それから 桃太郎は

 アメリカ政府の仕事をこなしつつ

 犬や 猿と 日本各地を巡りました。


 数年前に

 どこかの英雄が 鬼退治をしたので

 鬼の脅威は もうなくなっていました。


 それから 故郷の村へ戻り

 おじいさんと おばあさんのお墓に

 お線香をあげることもできました。


 こうして 桃太郎は

 思い残すことなく

 日本を あとにしました。


 その後 桃太郎は

 アメリカで結婚をして 家庭を築き

 そのまま ずっと幸せに

 くらしましたとさ。


 おわり




 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


●【ワ・2】 海の都 竜宮城


 桃太郎が 目覚めた場所は

 なんと 海の底にある都の

 竜宮城でした。


「桃太郎さん!

 お目覚めになられたのですね!

 ああ よかった!」


 そう言って 駆け寄ってきたのは

 乙姫さまでした。


「えっと……

 ここは 竜宮城ですよね?

 ぼくは どうしてここに……?」


「亀が おぼれている

 あなたを みつけて

 ここへ連れてきたんです。


 本当に 危ないところでした。

 あと少しでも 助けるのが

 遅れていたら あなたは もう……」


「そうだったのですね……

 助けてくださって

 ありがとうございます。


 あとで 亀さんにも

 お礼を言わせてください。


 ところで 犬と 猿は

 いませんでしたか?

 ぼくと一緒に

 おぼれたはずなのですが……」


「亀からは なにも聞いていません。

 残念ですが……


 それより あなたのために

 手によりをかけて

 美味しいごちそうを作ったんですよ!


 今 運んできますね!」


 乙姫さまは 嬉しそうに

 奥へと 駆けていきました。


 桃太郎は 複雑な気分でした。


 仲間を失ったのに

 自分だけ生き残ってしまった……


「いや まだわからない。

 犬も 猿も

 まだ生きているかもしれない。


 今すぐ 探しに行こう」


 桃太郎は 立ち上がって

 外へ向かおうとしました。


 が しかし。


『ガシャガッシャンッ!』


 桃太郎の足には

 固い鎖が 巻きつけられていました。


「な なんだ これ?

 これじゃあ まるで囚人じゃないか……」


 そこへ 乙姫さまが

 音を聞きつけて 戻ってきました。


「あなた どこへ行くつもりなの?

 せっかく 栄養満点のごちそうを

 用意したというのに」


「犬と 猿を探しに行きたいんだ。

 もしかしたら まだ生きていて

 大海原を さまよっているかも

 しれない……

 はやく助けにいかないと!」


「ふふ あなたって 仲間想いなのね。

 そんなところが 素敵だわ。


 でもね 行くだけ無駄よ。


 だって あのケモノどもを

 海の底へと沈めたのは

 わたしなんですもの」


「え……

 な なんで そんなひどいことを!」


「だって 気を失っている あなたを

 連れて行こうとしたら

 あのケモノどもが

 邪魔をしてきたから。


 別に殺す気はなかったけど

 あまりにも邪魔をするものだから

 ちょっとお仕置きをしてあげたの。


 きっと 今頃 海の底で

 しっかりと 反省しているはずだわ」


「な なんで……」


「だって そもそも

 あなたの舟に

 漁船をぶつけたのは

 わたしなのよ。


 わたしね あなたに

 一目惚れしてしまったの。


 どうしても

 あなたを わたしのものに

 したかったの。


 だから 漁船をぶつけて

 海で おぼれさせたのよ。


 あ ついでに もう一つ

 教えてあげるね。


 なんで こんなにも

 ベラベラ ベラベラと

 喋っているのかというと


 あなたが

 もうすぐ 記憶のすべてを

 なくしちゃうからなの。


 実はね あなたが眠っている間に

 記憶を消せる 特別な海藻を

 食べさせておいたの。


 本当はね

 目覚めると同時に

 すべての記憶をなくしている

 予定だったんだけど

 ちょっとだけ

 目覚めるのが 早かったみたい。


 ほら

 だんだんと

 ぼんやりしてきたでしょう?


 大丈夫 安心して。


 あなたは これから

 わたしと この竜宮城で

 末永く 一緒に暮らすの。


 争いもなく

 食べる物にも 不自由しない

 わたしと あなただけの 楽園。


 ずっと ずっと

 幸せに暮らしていきましょうね」


 桃太郎は

 その場で倒れてしまいました。


 乙姫は もう大丈夫ね と

 桃太郎の足から 鎖を外しました。


 その瞬間

 桃太郎は 目を覚まして

 乙姫を蹴り飛ばしました。


 桃太郎は

 記憶を消す海藻が

 効いてきたフリをしていたのです。


 でも 実際に

 頭はガンガンと痛み

 足元はふらつきました。


 それでも 桃太郎は

 一目散に逃げました。


 背後から

 あいつを捕まえろっ! という

 乙姫の金切り声が

 聞こえてきました。


 桃太郎は 窓をぶち破って

 海底へと 飛び出しました。


 凄まじい水圧と

 冷たすぎて痛い水温に

 意識が飛びそうになりましたが


 桃太郎は 歯を食いしばって

 海面を目指して 泳ぎ続けました。


 海底から

 乙姫と 魚兵軍団が迫ってきます。


 海中で 戦うことになったら

 とても勝てそうにありません。


 もはや これまでか……


 さすがの桃太郎も

 諦めかけた

 そのときです。


 海面の方から

 いくつもの黒い影が

 やってきました。


 それは ウミウの大群でした。


「桃太郎さん!

 助けに来ましたよ!

 奴らのことは

 ぼくらにまかせてください!」


 ウミウの大群は

 魚兵軍団へと

 突進していきました。


 魚兵たちは

 天敵であるウミウの登場に混乱し

 あちらこちらへと

 逃げ回りました。


 桃太郎は

 一羽のウミウの足に捕まって

 ようやく 海面へと

 出ることができました。


 助かった……

 と 思ったのも束の間


「逃がさないぞぉぉぉぉぉっ!」


 乙姫が 海面まで

 追いかけてきました。


 竜宮城では 美しかった乙姫ですが

 その髪は 振り乱れ

 顔は老婆のようでした。


 乙姫は

 海をかき混ぜて

 大きな渦潮を作ると

 桃太郎を 再び海中へ

 引きずり込もうとしました。


 その瞬間

 光のような速さで

 なにかが飛んできました。


 それは ハヤブサでした。


 ハヤブサは

 ウミウたちに協力を要請したあと

 自身は上空にて

 待機していたのです。


 ハヤブサは

 乙姫の右目を突いて 潰しました。


「うぎゃあああああああっ!」


 乙姫は 絶叫しながら

 海の底へと

 沈んでいきました。


「桃太郎さん!

 ああ 桃太郎さん!

 ご無事でよかった……」


 ハヤブサは

 ボロボロと泣きながら

 言いました。


 その涙を見ながら

 桃太郎は 気を失って

 しまいました……


 ――数日後


 目を覚ました 桃太郎は

 すべての記憶を 失っていました。


 ハヤブサは

 それでよかったのかもしれない

 と 思いました。


 犬と猿を失った記憶は

 あまりにも つらすぎるからです。


 その後も ハヤブサは

 桃太郎の お供として

 身の回りの手助けをし続けました。


 結局 鬼退治は

 誰か別の者たちが

 成し遂げました。


 平和になった世界の片隅で

 ハヤブサは

 自分の罪を背負いながら

 今日も 桃太郎の手伝いを

 し続けるのでした。


 おわり




 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


●【ワ・3】 漂流の果ての島


 桃太郎が 目覚めた場所は

 誰もいない 小さな無人島でした。


 一周が 百歩もない島には

 木も草も 生えてはいませんでした。


 あるのは 白い砂だけです。


 桃太郎は 船が通ることを信じて

 ずっと 海を見続けました。


 しかし……


 一週間……

 二週間……

 そして 三週間がすぎても

 船は通りませんでした。


 桃太郎が 違和感に気づいたのは

 三週間がすぎたときでした。


 お腹が まったく減らないのです。


 空腹の限界を超えてしまったために

 もはや 空腹を感じていないのかも

 しれない…… と 初めは思いました。


 でも そういう感じでは

 どうやら ありません。


 空腹だけでなく

 なにも感じていなかったのです。


 たとえば 太陽を見ても

 まったく眩しくありません。


 水に触れても

 冷たくありません。


 体が おかしくなってしまったのかも

 しれない……


 そう思って

 桃太郎は 自分の体を見ました。


 体の向こうの砂浜が

 見えました。


 体が なかったのです。


 自分という意識は

 ここにあるのに

 体を見ようとしても

 どこにも体はありませんでした。


 ああ そうか。

 ぼくはあのとき

 おぼれてしまったんだ。


 その事実を認められなくて

 この小さな無人島に

 留まってしまっているんだ。


 そう思ったとたん

 桃太郎の魂は

 宙に浮きました。


 見上げると

 犬と 猿が

 笑顔で手招きしています。


 迎えに来てくれたようです。


 桃太郎は 嬉しくなって

 犬と 猿のもとへと

 駆け寄りました――


『鬼に立ち向かおうとした

 者たちがいる』


 その話は 瞬く間に広まりました。


 鬼に恐怖し

 震えながら暮らしていた

 人々の心の中に

 戦ってもいいんだという気持ちが

 芽生え始めました。


 こうして 芽生えた気持ちが

 やがて 鬼退治を成し遂げる者たちを

 育てたのです。


 そのきっかけとなった桃太郎の話を

 世間に広めた張本人は

 ハヤブサでした。


 ハヤブサは

 桃太郎たちが亡くなったのは

 自分のせいだと 責め続けました。


 そして せめて

 桃太郎の意志だけでも残そうと

 あの話を広めたのです。


 桃太郎は 残念ながら

 不慮の事故で亡くなってしまい

 鬼退治をすることは

 できませんでした。


 でも その意志のおかげで

 のちに 鬼退治は

 成し遂げられたのです。


 体は死んだとしても

 強い意志は

 本物の熱い想いは

 決して死にません。


 平和を願う 桃太郎の意志と想いは

 今も 人々の胸の中で

 生き続けるのでした。


 おわり

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