第08話 食事は命をいただく行為

 オークの体は凄まじいフィジカルがあるので、力仕事はほとんど俺が担当することになった。ゴブリンたちはとても喜んでくれていた。

 一方で、時間が取れた時には彼らを観察したり、近所を練り歩いたりしている。以前訪れた村以外の集落がないとも限らないし、狩人や木こりが近場に出向いている可能性もある。

 穏やかに暮らすためにも、人類との接触は可能な限り控えたい。なので、見回りも兼ねているのだ。


 そういうわけで、今、俺は森にいる。ついでに野兎か何かが獲れないかと思っていたのだが、動物を狩る方法など知らないので、尽く逃げられた。

 今日も土産は木の実になるだろうか。備蓄庫の干し肉などはすっかりなくなってしまったので、タンパク質が欲しいところだ。

 ふと、水の流れる音が聞こえた。以前見つけた川の近くまで来ていたらしい。


「……魚か」


 手掴みでいけるだろうか。自信はないが、陸上の動物よりはいける気がしたので、試してみようと川へ向かった。

 すると、ゴブリンがいた。そこそこ長い木の棒に糸をくくり、川へと垂らしている。釣りである。

 彼の脇に置いてある壺には、すでに二匹ほど魚が入れられていた。思わず感心した。


「釣れてますねぇ、すごいや」

「!?」


 背後から声をかけると、釣りゴブリンは驚いて振り返り、釣り竿が大きく揺れた。


「親分!? ナンデ!?」

「いやぁ、驚かせてすみません。魚を獲ろうかと思ったんですけど、釣りができる人がいたとは」

「オレ、魚ノ係! 親分ガ命令シタンデショ!」

「そうでしたか、いつもありがとうございます」

「!?」


 にこやかに礼を言う俺に、釣りくんは悍ましいものを見たとばかりに顔を歪めた。そろそろ慣れてほしいと思う。

 隣に腰を下ろして、「見てもいいですか?」と尋ねると、彼はやり辛そうにしながらも、改めて釣り糸を垂らした。エサはその辺の虫らしい。


 しばらくすると、釣り糸がぐいぐいと引っ張られた。釣りくんがうまいこと引っ張って合わせ、魚を釣り上げる。見事である。

 思わず拍手をすると、釣りくんは嬉しそうに胸を張った。


「親分! オレ、スゴイ!?」

「すごいですよ、ホントに。毎日やってるんですか?」

「毎日! 魚ウマイカラ、スグナクナル!」

「なるほど」


 仕事とはいえ、日々黙々と取り組んでいた成果なのだろうと思うと、心底尊敬してしまう。彼はうちの動物性タンパク質を担う貴重な人材だ。

 しかし、釣りは面白そうだ。時間を潰すのにもいいし、考え事も捗るかもしれない。


「あの、俺にもやらせてもらっていいですか?」

「!?」

「釣り竿、作るんで。針とかエサとか、教えてもらえます?」

「!?」


 驚愕と面倒くささが同居した顔で、釣りくんは俺を見上げる。そこをなんとかお願いして、レクチャーを受けることになった。

 適当な長さの枝を見繕って、ゴブリンから糸を拝借し、先っぽに結ぶ。糸の反対側にこれまた拝借した針をつけて、虫を刺した。

 竿の作り方から釣り方まで、彼は隣で手本を見せてくれた。やはり見事なものだった。

 並んで釣り糸を垂らす。魚がかかるまで暇なので、俺は釣りくんに尋ねた。


「針はどこから調達してるんですか? 村から?」

「村! デモ親分ガ行クナッテイウカラ、ナクナッタラ釣リデキナクナル!」

「そうですか、それはちょっと困りますね」

「困ル! ナントカシテ!!」


 なんとかしなければなるまい。結構な死活問題である。

 川面に揺れる釣り糸を眺めながら、考える。

 針の素材は鉄で、元は釘らしい。村から失礼した鍋などから取ったものだ。

 貴重な資源なので、釣りくんは大切に使っているようだ。しかし、時には失っしまうこともある。


 潤沢にとは言わずとも、釘などの鉄製品を手に入れる方法はないだろか。

 例えば、物々交換。応じてくれる気はしないが、これが一番あり得る。

 しかし、人前に姿を現さないと言った舌の根も乾かないうちに取引を申し出るのは良くない。


 後は、廃屋などを見つけて手に入れる方法か。

 そうしたものがあればの話だし、人の管理下にあるかどうかの判別がつかねばどうしようもない。

 一見朽ちた建物に見えても、誰かが所有している物だった場合、そこに入って物資に手を出せば、窃盗になってしまう。


「うーん……おっ」


 釣り竿が強い力で引かれ、俺は思考の渦から帰還した。水面が激しく跳ねている。

 勢いよく釣り竿を引くと、川面から魚が元気よく跳び出した。

 思わず興奮するが、次の瞬間に魚の口から針が外れて、あっさりと逃げられてしまった。


「あ……」


 静かなせせらぎだけが残され唖然とする俺を見て、釣りくんがゲラゲラと笑う。恥ずかしい。

 針は無事だったので、俺は改めて餌の虫を刺して、川に投じた。

 なお、考えている間に釣りくんはニ匹釣り上げている。やはりすごい。正直、悔しかった。


 憮然としつつ、思考を戻す。

 金属を手に入れるのは、かなり厳しいだろう。そちらに期待するよりは、他のもので代用する方法を考えたほうが得策かもしれない。

 一番豊富な資源は、木材。加工もしやすい。しかし釣り針にはどうなのだろうか。折れやすいし、あまり向いていない気がする。

 そうすると、骨や歯だろうか。動物の死体は探せばあるだろうし、狩りに成功しても素材が手に入る。

 石もいい。狙った形にするのは難しいが、釣り竿ではなく槍などには十分使える。


 問題は、俺がそれらを作ったことがないことだ。手先が器用なゴブリンを見繕って協力し、試行錯誤するしかないだろうか。


「前途多難だな」

「ナニガ!?」


 また一匹釣り上げて上機嫌な釣り釣りくんが、魚を見せつけてきながら首を傾げる。俺は肩をすくめた。

 

「いろいろです。まぁ、伸び代があると考えましょう……と」


 再び釣り竿が引かれる。今度は慎重に、竿から伝わる魚の動きに集中する。

 そうしたところで素人が分かるはずがないものの、ビギナーズラックはあるもので、針は上手いこと魚の口に刺さってくれた。

 釣り竿が激しく揺れる。負けじと引き上げると、青々とした魚が水面から跳躍した。

 すかさず手を伸ばして掴み、俺は初めての釣果に思わず声を上げていた。


「やったー! 釣れたぞー!!」

「ヤッター!」


 釣りくんも一緒になって喜んでくれた。あるいは、ただ楽しそうだったから真似ただけか。

 先程からゴブリンがそうしているように、俺は手の中で暴れる元気な魚を、相当なドヤ顔とともに彼に見せつけた。


「チッチェエーッ!!」


 釣りくんは、他の連中に違わず遠慮を知らなかった。

 彼の指摘は正しく、俺が釣り上げた魚は釣りくんが壺に確保しているそれらと比べると、明らかに小さい。

 これでは、食べるのも気の毒だ。針を外して川に帰してやることにした。

 川面に投じた魚が勢いよく泳ぎ去る姿を眺めていると、釣りくんが「ナンデ逃ガスノ!?」と騒いだ。


「小さいからですよ。成魚じゃないかもしれないし」

「チッチャクテモ食エル!!」

「まぁ、そうですね、すみません」


 日々の飯にありつくために必死に釣りをしている彼からすると、俺のしたことは異常な行動だったのかもしれない。

 ゴブリンは野生だ。その感性は、人類よりも動物の方が近いように思う。野生動物は、まだ小さいからと獲物を逃がすようなことはしないのだろう。


 彼らと共に暮らすなら、一方的に考えを押し付けるのではなく、その感性に合わせなければならない場面もあるだろう。

 人類と共存はしたいが、彼らに人間になってほしいわけではない。

 やはり、ゴブリンの文化を学ぶことは必要だ。


 再び釣り糸を川に投げ入れると、今度はすぐに当たりが来た。釣り上げると、やはり小物だった。

 ゲラゲラ笑う釣りくんに若干腹が立ったが、俺は苦笑いでもって感情をコントロールしつつ、小さい魚を壺の中に収めた。

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