第07話 掃除は心もきれいにする

 ひとまず、これで筋は通した。

 もちろん以前の人格のオークやゴブリンたちがしてきたことがチャラになるわけではないが、謝罪をされた以上憎みづらくなるはずだ。

 打算的な考えは嫌だが、社会とはそういうものだ。もちろん、本当に申し訳ないと思っているし、あの謝罪に嘘はない。

 しかし、シフォンちゃんの存在は大きかった。お母さんにも謝ることができたし、その母親が娘を助けてくれた礼を言うのを、村人たちは見ている。

 彼女のおかげで、俺たちは生き延びられるようなものだ。この結果を無駄にしないよう、上手く暮らしていかねばならない。


 洞窟に帰る途中、森の中でゴブリンを見つけた。鞄くんと有能くん、それともう一人、他の連中よりも足ががっしりとしている者だった。

 そいつは思い切り地面を蹴って高く跳躍し、自分の身長の倍以上高いところにある木の枝に掴まった。凄まじいジャンプ力だ。

 ジャンプくんは枝に生っている果実をもいで、有能くんにパスをしている。それを有能が鞄くんの鞄に収める、というフォーメーションらしい。

 なかなかいいチームワークだ。思わず感心した。


「……そうだ、俺も何か採って帰ろう」


 彼らにだけ仕事を任せるのは忍びない。この体を活かせばできることは多いだろうが、つい先日まで現代日本のサラリーマンだった俺に狩りの心得などあるはずもないので、身長を活かして木の実を取ることにした。

 鼻歌を歌いながらドングリらしきものを摘んでいると、藪の向こうで跳躍したジャンプくんと目が合った。彼はルンルンで木の実を抱えているオークを見て空中で絶句し、そのまま落下していった。

 しりもちをつく音が聞こえ、ギャイギャイと何かを喚いているが、自分のジャンプで死にはしないだろう。放っておくことにする。


 土産箱を包んでいた青い風呂敷いっぱいに木の実を確保した俺は、洞窟へと帰還した。入り口では、見張り係のモノクルくんが暇そうにあくびをしていた。

 食料備蓄庫に木の実を置いて、俺はふと顔を顰めた。すっかり慣れかけていたが、臭い。腐敗した食べ物があるのだった。処分しなければならない。

 せっかくゴブリンたちが集めてくれた食べ物を無駄にしたのは、先代オークだ。ならば、不本意ながらその体を引き継いでしまった俺が、その尻拭いをすべきだろう。


「……やるか」


 青い風呂敷で鼻と口を覆って準備を整えた俺は、まず食べ物の整理に着手した。

 上の方に積まれた新鮮なものを一度下ろして、下敷きになって腐っているものを 転がっていたバケツに放り込む。とんでもない臭いにめまいがした。

 腐敗食料入りバケツを洞窟の外、森の中にまで持っていき、掘った穴に放り込む。何度も往復する必要があり、大変な力仕事だ。無駄にフィジカルが強いオークの体に初めて感謝した。

 途中、すれ違うゴブリンたちが酷く迷惑そうに鼻をつまんでいたのは少々腹が立ったが、元俺の責任であるのだから、我慢する。


 正午になる頃には、腐った食べ物はあらかた外に出すことができた。昼飯を取りに来たゴブリンたちが、すっきりした備蓄庫に腰を抜かしている。

 額に浮かんだ汗を拭った俺は、自慢げにゴブリンたちへと言った。


「どうです、さっぱりしたでしょ」

「食イ物ナクナッタ!?」

「腐ったのを捨ててるんです。残ってるのは新鮮なのばかりですよ」


 説明しても、ゴブリンたちは理解し難いのか、首を傾げていた。しかし、新鮮で美味しい食べ物は変わらず食べられるので、文句はないようだった。

 昼食を終えた後、俺は作業を続けた。腐敗した食料は夕方を過ぎた頃にすっかりなくなっていたが、興が乗った俺はそのまま備蓄庫の掃除を始めた。

 大きめの布切れをエプロン代わりにして、意味もなく盗まれていたブラシを使って汚れを落とす。なかなか大きな備蓄庫なので大変だったが、オークの体は体力があるので、疲れはあまりない。

 魚や肉、果実、木の実と保管場所を分けて整理したことで、備蓄庫は以前と比べ物にならないほど美しくなった。


「ふぅ、完璧」

「親分! 飯クレ!」


 最初に夕飯を取りに来たのは、スカーフくんだった。振り返ると、彼はエプロンをつけている俺と綺麗になった備蓄庫に、二段階の驚愕を示してからひっくり返った。


 バイキングとまではいかないが、食べたいものを選びやすくなった備蓄庫はゴブリンたちにも好評だった。

 ならば同じように他の場所も整備しようかと考えたが、ここにある施設といえば、入り口とホール、備蓄庫、そして俺の寝床くらいなものだ。あとはゴブリンたちが思い思いに暮らしている。

 あまり手を加える所がないことは残念だが、今度適当な壺に花でも挿してみよう。気分が良くなるかもしれない。



 時間ができたので、ゴブリンたちを観察してみた。


 彼らは昼光性である。朝に起きて飯を食い、昼間に食料の調達をしたり、遊んだりしている。そして、夜になると寝る。

 夜行性だったならば、村での略奪はもっと悲惨なものになっていたかもしれない。

 しかし日中に盗みを働けば、概ね村人に見つかるので、殴られて追い払われる結果に終わったのだろう。彼らの戦果が器や鍋などの小さな日用品ばかりなのは、そういうことだ。


 洞窟に住むゴブリンは全部で二十匹。皆似ているが、よく見ると顔立ちが違う。また、鍋を被ったり布を巻いたりして個性を出す個体もいる。

 能力もまちまちで、全体的に能力が高い有能くんや脚力があるジャンプくんなど、それぞれに持ち味がある。

 この辺はしっかり研究して、役割決めに活かしていきたい。


 性格は粗雑だが、人を殺害するに至るほどの暴力性は今のところ見られない。喧嘩をしていることはあるが、命の取り合いまで発展はしなさそうだ。

 シフォンちゃんを傷つけてしまったのは大変良くないことだったが、あの時の傷も、子供同士の喧嘩で出来る程度のものだった。

 自由気ままで己の感情に忠実ではあるものの、仲間意識はそこそこ強いらしく、仲良く遊んでいる姿もよく見る。


 食事は雑食で、果実から肉までなんでも食べる。森に出ている時は、おやつ代わりに虫も食べているらしい。

 前オークの命令で腐りかけているものばかり食わされていても健康なところを見ると、胃腸は頑丈なようだ。とはいえ、好んで不味いものを食べることはしない。


 見た目はまさしくゴブリンなので、美醜で言えば醜悪な姿ということになる。今の俺が言えた義理ではないが。

 シフォンちゃんのお母さんは、俺を指して「モンスター」と言っていた。外見のみならず、オークやゴブリンは害を与える存在として認識されているということだ。

 自分たちがそういう者として捉えられている事実は、しっかり自覚しておいたほうがいいだろう。極力人目に触れないようにすると伝えたことは、間違っていないはずだ。

 ゴブリンは好奇心が旺盛で善悪の区別が付きづらいきらいがあるが、前オークが「人に危害を加えるな」という命令は守っていた。きっと今回も上手くいくと思う。


 まだ彼らを理解したとは言えないが、これから共に暮らしていけば、段々と分かってくるだろう。

 だが、分かってからでは遅いこともある。何らかの方法で早急に確認し、必要であれば対処しなければならないことだ。


 生殖である。


 ゴブリンたちはどのように繁殖しているのか。見た目で年齢が分かりづらいが、もし洞窟内のゴブリンたちに血族関係があるとするならば、その母親はどこにいるのか。

 もしかしたら、俺が気づかないだけでこの中にメスゴブリンがいるのかもしれない。もしそうだったら大変失礼だが、それらしい個体は見当たらない。

 俺の知識――小説などのフィクションのゴブリンはどうか。ものによるだろうが、人の娘を攫って犯し、子供を産ませるという話を読んだことがある。

 もしうちの連中がそういう方法で増えているとしたら、人類との共存は絶望的だ。これまでの村との関係を見るに、恐らく違うだろうが。

 いずれにしても、彼らを率いる立場になった以上、知らなければならないことだ。ゴブリンの生態は今後も研究していこうと思う。

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