第52話 決着

いよいよ、最終回。

この回を抑えれば、甲子園だ。


しかし、この回が甲子園への道のりの最難関になるはずだ。なぜなら、この回の先頭バッターが…


『さぁ、この熱戦もいよいよ最終回。ここまで両校の先発を務める一年生投手二人が神がかったピッチングをみせてきた、引き締まる投手戦でしたが、それもこの回で最後になるのか、はたまた大曲高校が追いつくのか…!』


『大曲高校は最大のピンチですが、それでいて最大のチャンスでもありますね。なんといってもこの回の先頭バッターが…』


バッターボックスに入るのは、この試合唯一の複数安打を放っている、3番の只野選手だ。


強力なバッターがそろう大曲高校の打線の中でも、正直格が違うと思う。

彼から感じる威圧感も、ほかの選手とは比べ物にならないほど大きい。


さっき、俺の状態がほぼ完ぺきな状態にもかかわらず、意図も完璧にヒットを打たれたからな。


この疲弊した状態で、彼を抑えることができるのか、ここが、俺にとっての天王山になるはずだ。


もうあまり球速は出せない。

まっすぐではなく、変化球で勝負するのがまるいか。


真壁先輩からのサインは、外のスライダー。

俺はそれにうなづくと、振りかぶってボールを投じる。

こういう疲れた時こそ、動きが縮こまらないように、大きな動作を意識することが重要だ。


手ごたえは十分、制球も間違ってない。


ガキン!


初球から、外のボール球であろうが関係なく手を出してきた。

しかし、さすがのこの男も力が入っているのか、アジャストはできずに一塁線切れてファール。


よし、まずつかみはオッケー。

ポイントは次のボールだ。

追い込まれる前に、間違いなく次のボールは勝負をかけてくる。


続いて選んだボールは、スイーパー。

これも外に外すボール球。

これには、バットがピクリと反応するものの、手は出ずボール。


やはり、あのリアクションをみる限り、狙いはやはり外側か。

あの感じ、多少ゾーンから外れてても打ちにきそうだ。


となると、シンプルにインコースを狙うか、はたまたあえて外側で手を出させて凡退を狙うか…


そもそも、俺の今の球威で、インコースに投げ切ることができるのかも問題だ。


ふと、真壁先輩の顔を見る。

キャッチャーマスクの奥に見える瞳には、俺のことをしっかり信頼してくれている様子が浮かんでいる。


…そうだ、もう自分の状態のことはもう気にしない。

俺のボールの状態は、受けている真壁先輩がよくわかっているんだし、彼の出すサイン通りに投げ込むだけと割り切るべきだ。


そんな真壁先輩が次に選択したのは、


スパァァァァァァン!


インローのまっすぐだ。


球速はもう140ギリギリ出ているかどうかといったところ。

だが、だからこそこのインコースのボールにはただの選手も面を食らったらしい。


これで、追い込んだ。


4球目、もう一球、インコースへ。球種は、チェンジアップ。

緩急でとどめを刺す、つもりだったが。


これは指にひっかかってしまい、ベースでワンバウンドするボールになってしまう。


指先の感覚が少し変になってきてしまっている。

思ったよりボールを深く握りこんでしまっていたようだ。


「…ふぅ」


大丈夫、追い込んでいるのは俺のほうだ。

力む必要は全くない。

いつも通り、しっかりと投げ込めれば、抑えられる。

何よりもまず、自分を信じてやることが大事だ。


俺は、グラブの中のボールを強く握りしめると、

真壁先輩のミットへと、ボールを投げ込む。


「うおあっ!!」


自然と、声が出る。


投じられたボールは、アウトコース低めへと飛び込んでいく。

当然、只野選手はバットを出す。


そのバットの先、ボールと触れるかどうかといった瞬間、

大きく外側に曲がっていく。只野選手のバットは、変化に追いつくことができなかった。


空を切る、風切り音。


『ストラックアウッ!』


空振り三振。まずは、アウト一つ。





続いて、4番の長篠選手。

左バッターなうえにプルヒッター。

俺との相性が一番よくないタイプだ。


だが、ここまでの打席で、彼の特徴はつかめている。


初球は、インローに沈むチェンジアップ。

これはバットに当てるも、ひっかけてボールはキャッチャーの背後へ。まず1ストライク。


2球目はインコース高目への釣り球。

これは見送られてボール。


ここまでのインコースへのボールで、彼の目付は内側に向いているはず。


次は、アウトコース高目へのまっすぐ。これはゾーンへと入れる。

すると、当然彼はスイングをかけてくるが、ここまでのインコースを引っ張るイメージのままあの外側にバットを出せば、うまくいってもファールにしかならない。


案の定、ボールは1塁線外側を転がっていった。


よし、ここだ。


ここまで一度も見せたことがない、バックドアのスイーパー。

タイミングも、変化でも意表をつかれた長篠選手は、大きく体勢をくずされてしまう。


なんとかバットにボールを当てたものの、ふらふらと上がったボールは内野フライに。


「オーライ!」


これはショートの挟間先輩ががっしりとつかむ。2アウト。


「まだまだいけるぞ!こっからこっから!」


相手ベンチから、志岐の声が聞こえる。

ここまで、真壁先輩のホームラン以外は目立ったチャンスも作れず、文字通り完璧なピッチングを披露された。リリーフの層の厚さでも間違いなくうちが劣っている。もし、ここで同点に追いつかれたとしたら、うちに勝ち目は万に一つもないだろう。


だから、ここでとどめを刺す。


5番は、ここまでノーヒットの留学生選手。

打撃ではここまで貢献できていないが、数少ないうちの痛打した打球も、彼に幾度となく阻まれてしまった。


不調の選手とはいえ、ここまでの守備の良いリズムから状態を上げている可能性もある。最後まで、油断なくいく。


初球は、外のスライダー。

これを思いっきり振ってきた彼だが、バットの軌道から大きく外れている。

まずは1ストライク。


ここで打ちとられれば、自分たちの夏が終わる。

そのプレッシャーは、強豪校という看板を引っ提げている彼らにとってはとてつもなく大きなものであるだろう。


だが、だからといって手加減はしない。

そもそも、手加減ができるほど余力が残っているわけではないが。


2球目、今度は同じコースにスイーパーを。

先ほどよりも大きく変化するボールに、思わず手が出た彼は、再び空振り。

2ストライク。


「落ち着け!しっかりボールみてけ!大丈夫打てるぞ!」


大曲の選手たちも必死に声を上げる。


「大丈夫だ!最後までおちついてけ!」


「後ろにいるぞ!安心して打たせて来い!」


そんな俺の背後からも、頼もしい先輩たちの声が届く。


「…ふぅ」


大きく息を吐く。


疲労のせいか、もう周囲の景色や匂い、音すらも満足に聞こえない。


これを最後にする。


これで終わらせる。


大きく振りかぶって、投じたボールは、まっすぐ真壁先輩のミットのもとへと吸い込まれていき…





『ストライーク!バッターアウト!ゲームセット!』





【152km】



こぶしを振り上げる

勝った。やってやった。

これで、甲子園だ…!


巨大な声援の波にのまれる。


高校野球福岡県大会、優勝だ。









「か、勝った…!?」


「勝ったよ!龍君!勝ったよ!」


「…やったぁ…!」


お兄ちゃん、本当にやり遂げちゃった…

一年生で、相手は甲子園常連の超強豪。

それを相手に、一人で投げ切って、勝っちゃった…


「ど、どれだけかっこいいのよ…!バカお兄ちゃん…!」


もちろん、お兄ちゃんが負けるって思ってたわけじゃない。

けど、こんなカッコいい姿見せられて、余計お兄ちゃんのこと大好きになっちゃったじゃん…


もう、お兄ちゃんにどれだけ拒絶されても、離してあげられないかもしれないよ。


ホームベース上でのあいさつのために、両チームの選手たちが整列しているときだった。


「…っ!?龍!」


「龍君!大丈夫!?」


すると、整列しようとしたお兄ちゃんが、突然倒れこんだ。

お兄ちゃん!?まさかどこか怪我を!?


お兄ちゃんは、隣にいた選手に肩を貸してもらってなんとか挨拶を終えると、そのままベンチ裏に引き上げていった。


「お義母さま、お義父さま、咲夜。もしかしたら親族の方であれば龍と会えるかもしれません。ベンチ裏のほうへ行ってみましょう」


「そうね。ちょっと行ってくるわ」


「咲夜、ついてくるかい?」


「もちろん!」


私は、お父さんとお母さんの後ろについて、小走りでお兄ちゃんのもとへと向かった。


待っててお兄ちゃん!私がすぐ行くからね!









僕は、目の前の状況を飲み込むことができなかった。

先輩たちは、挨拶が終わった後、そのままグラウンドに崩れ落ちていた。


そうか、終わったのか。


僕たちの夏は、このチームでの野球は、もう終わったんだ。


「ごめんな志岐…お前がこんな良いピッチングしてくれたのに、点とってやれなかった…」


「キャップ…」


「あの水瀬っていうピッチャー、これからの二年間、お前たちの前に立ちはだかるな」


「…えぇ」


「お前らは…来年…俺たちの代わりに…こっ、甲子園、絶対行けよ!」


「…はいっ!」


キャップも、僕も、とめどない涙が流れているなか、来年への決意を固める。

次こそは、絶対に負けない。


僕は、先輩たちに変わってベンチの荷物をマネージャー陣と協力して片づけていく。

最初こそ、先発して投げ切ったわけだからと手伝いは固辞されたのだが、先輩たちに少しでも負担をかけないためにも、一年生である僕がしっかりしなければいけないと思う。


荷物を片付けながら、今日の試合を振り返りながら、あの男のことを思い返す。


出会いこそ、僕の失敗から最悪な初対面であったものの…

水瀬 龍、君に出会えたことは、僕にとって最大の幸運だ。

君と切磋琢磨できるこの三年間で、僕はもっと成長できる。今日の試合で、それを確信できた。


彼は、挨拶が終わったとすぐにチームメイトに運ばれていったが、大丈夫だろうか。

初先発でいきなり完投、しかもこの決勝という大舞台での大立ち回りだったわけだし、何か大事なケガにつながっていなければいいが。


…さぁ、帰ろう。

次にこの舞台へ帰ってくるときは、もっと大きくなって帰ってくる。

次こそ、甲子園の切符を自分の力でつかむことができるように。


その決意を胸に、僕ら大曲高校は、球場を後にしたのであった。


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