第48話 負けられない戦いがここにある、という話

『両校、互いに礼!』


「「「おねがいしゃーす!」」」


試合前にとんでもない事件が起こったものの、その後は滞りなく試合の準備は進み、いよいよプレイボールの時間となった。


志岐は、あれだけ俺に向けて啖呵を切った割に、俺のほうを一瞥するだけでベンチへと戻っていった。


なるほど、余計な言葉はいらない、お互いプレイで語ろうってことか。

そういう姿勢は嫌いじゃない。受けて立ってやろう。


今日は俺たち鳳高校の攻撃からスタートする。

つまり、いきなり志岐との対戦から始まるということだ。

まずはアイツのお手並み拝見と行こうか。

4番に座っていた野方主将がいないとはいえうちの打線もなかなかに実力派ぞろいだからな。これまでと同じようにいくとは思わないことだ、志岐よ。







『さぁ、いよいよやってまいりました高校野球福岡県大会決勝。絶対王者大曲高校が甲子園出場を決めるのか、それともダークホース鳳高校が初の福岡県の頂点へと昇り詰めるのか!いよいよ試合開始です!』


『両チームともに攻撃力の高さが特徴のチームですが、両校の先発投手も好投手ですから、展開が読めませんね』


『そうですね!では、まずは両校の選手の紹介から参りたいと思います!』


私たちは、これまでと同様、スマホにはいったラジオアプリから聞こえてくる実況解説の音声に耳を傾ける。


『まずは先攻の鳳高校のスターティングメンバーから。まずは1番、不動のリードオフマン、興梠選手。左バッターです』


『彼は俊足を生かして、攻守に活躍しています。この試合も期待大ですねぇ』


『2番に入るのは、堅実なプレーが持ち味の柳選手。こちらは右バッター』


『これまでの試合でも、小技の数々が光っています。非常に野球IQが高い選手です』


『3番はこの人、チームの要である真壁選手。右打席に入ります』


『その打棒の破壊力はもちろん、好リードで投手陣を引っ張ります』


『4番に座るは、負傷した野方選手に変わって、3年生栗田選手。右バッター』


『非常に鋭いスイングで長打を量産しています。今日もそのバットに注目です』


『5番は左バッターの笹岡選手。今大会のリーディングヒッターです』


『巧打が魅力の選手ですね。チームを勝利に導くチームバッティングがもちあじです』


『6番には、センターラインを支える守備職人、挟間選手。右バッターです』


『フィールディングのうまさは、超高校級といっていいでしょう。幾度となくチームのピンチを救いました』


『ここから下位打線。7番の田中選手』


『こちらも守備に定評のある選手ですね。準決勝での、挟間選手とのコンビネーションは記憶に新しいです』


『8番は館内選手が左打席に入ります。非常にバランスの取れた選手ですね』


『はい。長打力こそ見劣りしますが、ケースバッティングをしっかりこなせる上に守備もかなり良いですから、監督としては非常にありがたい存在でしょうね』


『そしてラストバッター、9番には今大会初先発、一年生の水瀬選手が入ります。左バッターです』


『ここまで無失点の投手能力はもちろんですが、なんと本塁打も1本放っていますからね。打棒にも注目したいところです』


うちの選手たちの紹介が一通り終わる。

やはり、投打の中心であった野方がいないのがかなりの痛手ではあるが、その分は龍がどうにかしてくれると信じている。


「か、勝てるよね?龍くん」


「あ、あああ当たり前。龍が負けるはずない…うぅ、緊張してきた」


「…お兄ちゃん」


どうやら真琴と奏の2人は、この緊張感に当てられてしまったようだ。

一方、咲夜は龍のことを心配しつつも、比較的落ち着いているように見える。この辺りは、アスリートとしての経験値がある分、慣れもあるだろうな。


『対するは、強豪大曲高校のエースナンバーを一年生にして勝ち取ったビッグルーキー、志岐投手です』


『大曲高校は投手陣の層も厚いので完投はありませんが、それでもここまですべての試合に先発して無失点…そのエースナンバーにふさわしい投球を見せてくれています』


『やはりその特徴というのは、ストレートのキレと球速…でしょうか』


『そうですね、彼のストレートは最速151kmととんでもないスピードを誇っています。しかしそれだけではなく、フォークやシンカーなどの変化球もどれも一級品ですから、なかなか打ち崩すのは難しいかもしれません』


『一方の水瀬投手はいかがでしょうか』


『こちらも投手としてのタイプは非常に似ていますね。どちらも右の本格派ですが、水瀬投手はどちらかというと緩急で勝負するタイプです』


『緩急、ですか』


『はい。速いまっすぐを中心に、球速差のないスライダーに変化量の大きいスイーパー、そしてタイミングを外すチェンジアップと、バッターを前後に揺さぶることができるボールがそろっています』


『では、この試合は投手戦になる…と予想されますか?』


『難しいですね…。両者ともに一年生ということもあり、些細なきっかけで大きく崩れてしまうような状況も想定できますし…そうですね、先制点が非常に重要になりそうです』


『なるほど、ではどちらのチームが先に点を取るのか、注目してみていきましょう!』


…ふむ、話を聞く限り、あの不届き軟派男はそれなりにできる投手のようだ。

苦戦は免れなさそうだな…


龍、しっかりやれよ!

咲夜のためにもしっかり勝って、帰ってこい!







『一番、ライト、興梠くん』


「しゃーっ!興梠、かましてやれー!」


「先輩!しっかりみていこー!」


まずは先頭バッターの興梠先輩が打席へ。

興梠先輩は、バットコントロールでは右に出る者はいない。

先輩が粘って、しっかり志岐のデータをとらせてもらうことにしよう。


しかし、そんな思いはあっさり砕け散ることになる。


すどぉぉぉん!


とんでもない爆音が鳴り響いたと思ったら、志岐の投げたボールはあっという間に捕手のミットの中へ。興梠先輩は反応すらできていなかった。


電光掲示板の球速表示は


【153km】


『しょ、初球から153kmがでました!いきなり自己最速更新です!』


…とんでもないボールだ。

球速だけではない、ボールのキレというか、回転数もかなりのものであることが容易に推測できる。


さすが、大曲高校のエースといったところか。


2球目、同じくストレート。


ずどぉぉぉん!


これには空振り。完全に振り遅れてしまっている。


「興梠先輩が、あそこまでストレートに振り遅れてるの初めて見たかも…」


俺の隣で、堤君も驚愕の表情を見せている。


俺も、正直ここまでとは思っていなかったな。

事前にビデオを見てある程度覚悟はしていたが、やはり実際に見るのとでは全く印象が違う。これはかなり打ちあぐねそうだ。


ずどぉぉぉぉん!


『ストラックアウッ!』


三球三振…あの興梠先輩が、ストレートに当てることすらできずに…


これは、かなりタフなマウンドになりそうだ。







まずは先頭バッター三振。

とりあえず、まっすぐにタイミングを合わせてくるまでは、ストレート中心の組み立てで問題なさそうだ。


キャッチャーを務めるうちのキャップ、香取先輩もおんなじ考えのようだ。

続く2番バッターにも、初球からまっすぐのサイン。


今日は体の調子が良い。

自分の思い通りに体が動く感じがする。

まさか初球から最高球速を更新できるとは思ってなかったけど、今日はたぶんイケる日だ。


それに…


僕は、相手ベンチに座る水瀬をちらっとみる。


(あの水瀬に認めてもらうには、生半可なピッチングじゃだめだ。文字通り完膚なきまでに叩き潰して、僕が咲夜さんにふさわしい男だと納得してもらわねば…!)


出だしは上々。

この勢いで、この決勝を僕と咲夜さんの花道にして見せる。

その決意を胸に、ボールをミットめがけて投げ込んでいく。


『ストラックアウッ!』


2者連続三振。ここまで、どうやら相手バッターはまあすぐのタイミングを計りかねているみたいだ。そうだろうそうだろう。俺のまっすぐはただ速いだけじゃない。

回転数もかなりのものだからな。バッター目線、浮き上がってくるように見えるんじゃないかな。


と、ここだ。野方っていうエースがいなくなった今、このチームで最も警戒しなければならない相手、真壁選手。


この男だけは、別格だ。油断すればすぐに持っていかれる。


ここで打たせてしまえば、このあと変に波に乗らせてしまう可能性もある。

しっかり、冷静に打ち取っていこう。






「頼むー!真壁先輩ー!」


今の打線、どの選手も優秀なのはもちろんだが、やはり一番期待が持てるバッターというのは、真壁先輩を置いてほかにいないだろう。


右打席に入った真壁先輩は、落ち着いた様子でバットを構える。


初球、やはりまっすぐから入ってくる。

これは見送って1ストライク。


「やっぱり、真壁先輩でもあのストレートを初見で打つのは…」


「1巡目はしょうがない。しっかりボールみてタイミング合わせていこう」


ベンチには、そんな会話が繰り広げられていた次の瞬間であった。


かきぃぃぃぃぃぃぃぃん!


2球目のアウトコースのまっすぐ、逆らわずに完ぺきにとらえたあたりは、そのままライトへ。


ぐんぐん伸びた打球は、そのままスタンドへ一直線。


「お…おぉ…?おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「先制のソロホームランだー!」


「真壁先輩やばすぎ!」


当初の大方の予想を覆して、先に先手を取ったのは俺たち鳳高校。

相方の夏を終わらせまいとする執念が実を結んだ瞬間であった。


先輩、頼もしすぎるだろ…!


初回から試合が動く展開。

こういう予想だにしないことが、ピッチャーの調子を大きく崩す要因になったりするんだよな…!


よし、そのまま続…


ズドン!


『ストラックアウッ!チェンジ!』


と思ったが、初回から被弾した動揺も全く見せることなく、後続をあっさり三振で断って見せた志岐。


さすがにそううまくはいかないか。


ホームランを打たれたとはいえ、アウト3つすべてを三振で奪う好投。

志岐はしっかり自分の力を見せつけてきた。

次は俺の番だ。


「水瀬、いつも通りな」


「はい、リードは任せました」


「おし、いくぞ!」


「「「おう!」」」


さぁ決勝のマウンドへ。いざ、出陣。

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