第46話 義妹との関係が大きく変わる話
「やっべ…すっかり寝てしまった…」
試合の翌朝、疲労困憊だった俺は、彼女たちが帰宅するのを見送ることすらできずに、すっかり寝入ってしまっていたようだ。
時計を見ると、朝6時。目覚ましが鳴るより30分ほど早く目が覚めたみたいだな。
昨日は普段より2時間以上早く寝たことを考えると、かなりぐっすりだったことがうかがえる。シンプルに寝すぎたな。
ふと耳を澄ますと、リビングのほうから生活音が聞こえてくる。
どうやら、咲夜はもう起きているようだ。
「う~~ん」
大きく伸びをするが、特に筋肉痛などは感じないな。
だるさや疲労感も特になさそうだ。よく寝たおかげでしっかり回復できたのかな?
俺はベッドから出ると、リビングへと向かう。
そこには、エプロン姿の咲夜が、朝食を作ってくれているところだった。
「あ、おっお兄ちゃん!お、おはよっ!」
「おはよう咲夜…どうした?なんか顔赤いぞ?体調悪いんじゃないか?」
咲夜は、俺の顔を見るや否や顔を真っ赤にしてそらしてしまった。
む、もしも体調不良を隠して家事をしようとしてくれているのであれば、兄として見過ごすわけにはいかない。
「熱でもあるのか?ほら、ちょっとお兄ちゃんにみせてみなさい」
俺は、彼女の両ほほを抑えると、そのままおでことおでこを合わせて熱を測る。
「お、お、お、お兄ちゃん!?何を…なにして!?」
「う~ん、熱はなさそうだが…咲夜も昨日は炎天下の中にずっといたんだ。ゆっくり休んでてくれ。続きは俺がやっておくから」
「は、はにゃ!わ、わたしは別に全然問題ないですけど!?超元気ですけど!お兄ちゃんこそ座っててよ!中日一日しかないんだから、明日に備えてしっかり体力回復させておかないと!」
「い、いやしかしだな」
「いいから!お兄ちゃんはじっとしてて!」
「はい…」
あまりに強く言われるものだから、大人しくリビングにあるソファーで待つことにしよう。
なにやら咲夜が「昨日の今日であんな猛攻されたらこっちの身が持たないよぉ…」と言っていたが何の話だろうか。猛攻…ふむ、見当もつかないな。
テレビで早朝のニュースを眺めながら、しばしのんびりとした時間を過ごす。
しばらくして、咲夜が食卓に朝食を持ってきてくれた。
「お兄ちゃん!できたよ!」
「ありがとな、咲夜」
咲夜が作ってくれたのは、トーストとサラダだ。
朝食にはぴったりのメニューだな。
「ごめんねお兄ちゃん。私あんまり料理したことないから、簡単なのしかできなくて…」
「なにいってんの」
「お兄ちゃん?」
いかん、つい真顔になってしまった。
「こんな早起きして、苦手なのに朝ごはん作ってくれて。それだけでお兄ちゃんがうれしいよ。本当にありがとう」
「お兄ちゃん…」
「咲夜が妹でよかったよ」
「…やっぱり好きだなぁ」
「咲夜?」
「お兄ちゃんはさ、私が妹じゃなくても、好きになってくれた?」
「妹じゃなくても…?それはどういう…」
「私はね、お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくても、大好きだよ」
「…咲夜?」
「私、お兄ちゃんのことが…異性として大好き。愛しています」
…朝一から衝撃の爆弾が俺を襲う。
『返事は今すぐじゃなくていいから!ほら急がないと学校遅れちゃうよ!』
そう言われて、追い出されるように家を出てきた俺は、真琴と奏と合流して学校へと向かっていた。
が、やはり脳内を占めるのは咲夜の言葉。
異性として俺のことが好き…か。
どうやら俺はとんでもない大バカ者だったらしい。
咲夜のことを妹としてばかり見ていたせいで、彼女の気持ちにまったく気づいてやることができなかった…
「龍君?どうかした?」
「まだ疲労が残っているのかも…今日、学校お休みする?」
いかん、だからといって二人に心配をかけるのは違うな。
シャキッとせねば。
「あぁいや、何でもないよ。疲れもほとんど残ってないし…」
「そっか。じゃあなんか考え事?」
「ま、まぁ、ちょっとな」
「咲夜ちゃんに告白されたとか?なーんてね」
「…」
「…うそ?ほんとに?昨日の今日で?」
「すごい…咲夜ちゃん、手が早い」
「ちょっと待て、別に何も言ってないぞ俺は」
「でも告白されたんでしょ?」
「…」
「ほら」
「龍は隠し事が苦手らしい。これは良い情報」
くそう…バレバレじゃないか。
そんなに顔に出てるか俺…?
「フフフ、でもよかった…咲夜ちゃんのことだから、龍くんのこと考えて遠慮しちゃうー…なんてことになっちゃったらどうしようと思ってたけど」
「…ってことは、二人とも咲夜のこと気づいてたのか」
「気づいてたというか、昨日の夜、咲夜ちゃん本人から聞いた」
「…マジか」
「龍くんはどう思ってるの?」
「…正直わからない。咲夜のことはずっと妹としてみてきたし…彼女のことはもちろん好きだが、あくまで家族的な感情だと思うからな…」
「そっかぁ。こればかりは、私たちからどうこう言えることではないけど、私たちは咲夜ちゃんのこと応援してるよ」
「…いいのか?」
「うん!咲夜ちゃんも一緒に家族になれたら、私はうれしいよ!」
「私も同じ。咲夜ちゃんとなら、仲良くできると思う。だから、龍は龍の思うようにやってほしい」
「俺のおもうように…か」
「どっちにしろ、咲夜ちゃんもすぐに返事が欲しいって言ったわけじゃないんだよね?」
「そうだけど…よくわかるな」
「たぶん、本当は今朝言うつもりじゃなかったんじゃないかな?こう、感情が高まってつい…みたいな。今頃『私なんであんなこと言っちゃったの~!?』って悶絶してそう」
「ありそう。龍は不意打ちが得意だから」
「だからなんだその不意打ちって」
「とにかく、まずは龍は決勝に集中して!咲夜ちゃんのことは私たちに任せてくれていいから」
「ん、龍は変に意識しないで、普段通り接してあげて」
「…わかった。ありがとな、二人とも」
「任せてほしい」
「こういうときこそ私たち彼女の出番だしね!」
そのあとは、普段と変わらず雑談をしながら、学校へと向かった俺たちであった。
「私なんであんなこと言っちゃったの…!?」
ところ変わって龍の自宅。
そこには、羞恥に悶える一人の女の子がいた。
龍の義妹である、水瀬 咲夜その人である。
「わ、わたし、勢いに任せてあんなことを…いやでもあれはお兄ちゃんが悪くない…!?あんな近くに来て、おでことおでこを…ひぅっ」
彼女は、先ほどの出来事を思い返して、体温を一気に上昇させる。
彼女はそもそも、こんなにはやく気持ちを使えるつもりはなかった。
こちらに滞在している間には…という気持ちはあったものの、なにより兄に野球に集中してもらうため、県大会が終わるまでは伝えるつもりはなかった。
にもかかわらず、彼女の口からあふれ出る言葉を抑えられなかったのは、ひとえに龍の彼女たちに自分の気持ちを理解してもらえたうれしさと、朝から龍本人からの供給の過多による感情の高まりのせいで、心のブレーキが破壊されてしまったが故の暴走であった。
「私のせいでお兄ちゃんが決勝に集中できなかったらどうしよ…」
彼女の脳内を占めるのは、告白してしまった恥ずかしさもあるが、それ以上に、兄の野球の邪魔をしてしまったのではないかという罪悪感であった。
そんなとき、彼女のスマホが鳴る。メッセージアプリになにやらメッセージが来たようだ。あて先は、兄である龍からだ。
「な、なんだろ…」
彼女にとって、兄からのメッセージを開くときに恐怖心を抱いたのは初めて出会った。恐る恐る彼からのメッセージを開くと
ryu:今日は朝からありがとな、咲夜。咲夜の気持ちをしっかり考えて俺も答えを出そうと思うから、返事は少し待ってほしい。決勝、しっかり勝って、咲夜に返事するから。その代わり、決勝はしっかり応援してくれな。
(そういうところだよ、お兄ちゃん…)
咲夜が、今朝のことで思い悩んでいるのではないか、彼女の気持ちを慮ったメッセージに、彼女の目に涙が浮かぶ。
このとき、咲夜は決意した。
もし、龍が自分の想いに応えることができなくても、
自分の人生は兄のために使おうと。
私がそっけない態度を取り続けていたころもずっと私のことを妹として愛してくれていた彼に、愛情でお返しをしようと。
…?なんか寒気が。風邪か?
このタイミングで風邪なんてシャレにならんぞ…
今日はしっかり温めて寝ることにしよう。
「よ、準決勝勝ったんだって?」
「真治、おはよう。なんとかな」
「聞いたぜ。大活躍だったってよ」
「大活躍かはどうかわからんが、まぁそれなりには、かな?」
俺の前の席に座るのは、友人である真治。
彼も今、インターハイの予選が繰り広げられているはずだが…
「そういう真治は調子はどうなんだ?」
「俺も結構いい感じだな。次勝てば県ベスト8だ」
「そりゃすごい。じゃあ俺は甲子園、お前は全国、一緒に行けそうだな」
「おいおいもう勝った気分かよ」
「そりゃそうだ。俺はいつでも勝ったつもりでいるからな」
「確かに、そういうマインドも大事か…お互い頑張ろうぜ」
「だな」
種目こそ違えど、ともに戦う同志みたいなものだしな。
由奈もそうだが、こういうアスリート同士で会話するのも、気分転換になっていいな。引き続き、お互いに良い刺激を与えあいながら、切磋琢磨していければ良いな。
放課後は、明日の試合に備えて軽い調整を済ませてから、真琴と奏の朝登校組に由奈を加えた4人で、咲夜の待つ自宅へと帰還した。
「お帰り!お兄ちゃん!」
「ただいま、咲夜」
…どうやら、今朝送ったメッセージのおかげもあってか、咲夜は表向きは普段通りみたいだ。
俺のほうも、何とかとりつくろえているはずだ。
内心、意識しまくっているわけだが。
「今日も真琴さんと奏さんがご飯作ってくれるの?」
「いや、今日は由奈のたっての希望で…」
「今日は私が作るぞ!」
「由奈さん、料理できたの!?」
「失敬な!二人ほどではないが、私もそれなりに長く一人暮らししているからな!家事には多少は自信があるぞ!」
「ほんと?じゃあお任せするね!」
「うむ、大船に乗ったつもりでいてくれ!」
そんなこんなで、いつも通りの風景が俺の家に広がる。
咲夜を含めた4人が和気あいあいと俺の家で過ごしている景色を眺めていると、
彼女たちとこれからの未来を過ごしていく風景が、まるで当たり前にやってくる未来かのように錯覚してしまう。
…今思えば、この時にはすでに、俺の気持ちは決まっていたのかもしれない。
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