決勝戦

第45話 彼女たちに癒される話

試合終了からさかのぼること少し前、

スタンドの一角を占領するグループがいた。

先に決勝進出を決めたチーム、大曲高校のメンバーである。


『鳳高校、選手の交代をお知らせします…』


「あちゃー、エースもだめ、リリーフの二年生もダメ…鳳高校はここまでかなぁ」


「野球は最後までわからんぞ。その決めつけ癖は直せといってはずだぞ」


「あぁごめんなさいねキャップ。反省してまーす」


「まったく…その生意気な態度さえなければ…」


「本人の前で生意気って言いますかね普通」


「言わんとわからんだろうお前は」


そんな会話をする二人、

身長もさることながら、とんでもない肩幅の広さで周囲に威圧感を放つ男。


彼が大曲高校の主将であり、打線の中心でもある香取 信一郎だ。


そんな彼にも後れを取ることなく言い返しているのが、

大曲高校1年生エース、志岐 毅。


甲子園常連校において、1年生でエースナンバーを獲得するというのは、まさに前代未聞な出来事であった。つまり、彼はそれほどの選手であるということの証左でもある。


「1年生ピッチャーね…ここで新人に頼らないといけないっていうのは、さすがに選手層薄すぎじゃありません?」


「…去年から、あそこは投手層の薄さが課題だったが、今年もその弱点は顕在か」


「仮にこのまま勝ったとしても、エース不在でうちの相手はきびし…」


『ストラーイク!』


たった一球。たった一球で、大曲高校のメンバー全員の空気が変わった。


「…へぇ。こんな投手がいたんだ」


「これは、鳳に対する認識を改めなければならんな」


甲子園に幾度となく出場し、プロレベルの投手とも対戦もなんども経験している歴戦の選手たち。


彼らの注目は、すでにマウンドで堂々としたピッチングを披露する1年生ピッチャーに注がれている。


試合後、大曲高校の面々は、改めて決勝の対戦相手である鳳高校のスカウティングを行うために帰宅を急ごうとしていた。


その中にいた一年生、志岐は、なにやら騒がしく声が響いている場所を見つけた。

声が聞こえてきているほうを向くと、そこにいたのは先ほどマウンドに立っていた1年投手。


その周囲には両親と思われる男女と、テレビで見るアイドルよりも全然美貌に優れた女性が3人も。


「ふ~ん。さすがにあんだけ野球上手けりゃモテもするか…うらやましい限りで」


特に感慨もなく、彼はその場を立ち去ろうとした。

その瞬間であった。


「お兄ちゃん!」


やけに耳に響く声。

普段であれば、特に気にすることなく立ち去っていただろう。

だが、その時、偶然にも、彼はその声に反応して振り返った。振り返ってしまった。


彼の目に映ったのは、1年生投手に抱き着きに行くもう一人の少女。


「…きれいだ」


彼女は、短く整えた髪をなびかせて、あの男のもとに飛び込んでいく。

だが、そんなことはどうでもよかった。


彼女の鈴の鳴るような声、短く髪を切り揃えているにもかかわらず失われない女性らしさ。


彼は人生で初めて、一目ぼれという感情を知った。









なんとか、本当に薄氷の勝利ではあったがなんとか準決勝を勝ち上がった後、

どうやら俺は想像以上に消耗していたらしく、彼女たち三人と咲夜に荷物を持つのを手伝ってもらいながらやっとの思いで帰宅することができた。


「大丈夫お兄ちゃん?」


「いやぁ…これは結構キテるな…」


「わかるぞ龍。あれだけプレッシャーのかかる場面で投げた上にあの酷暑だ。体に来る負担は相当なものだろう」


由奈の言う通り、暑さってのは思った以上に体力を消耗するな…

帰宅してすぐ何とかシャワーは浴びたが、そのせいで血流が全身に回ったせいか、眠気がとんでもなく加速した。


もう今日は何もしたくないまである。


「今日も私がしっかりマッサージしてあげるからね!」


「私たちはごはん作ってあげる!」


「こういうこともあろうかと、お義母さま方と買い出しに行ってきた」


「わ、私はー…私は応援しているぞ!傍で!頑張れ頑張れ龍!」


「…ありがとうみんな」


彼女たちの気配りが涙を誘うね…

普段だったら手伝いでもというところだが、今日のところはお言葉に甘えることにしよう。


「ほらほらお兄ちゃん!ここに横になって!」


「あぁ…よろしく頼む…」


「…素直なお兄ちゃん…イイ…」


「…なにかいったか~?」


「ううん!なんもいってないよ!」


「そっか~…」


「ぐっ…お兄ちゃんは私たちをどれだけ誘惑すれば…!」


なにやらこぶしを握りながら顔をしかめる咲夜。

なんか作画が変わった気がするが…気のせいか。


俺はそのまま咲夜のマッサージを受けていると、なにやら瞼が重力に逆らえなくなってきた。


「いいよお兄ちゃん。ご飯できたら起こすから、ゆっくりおやすみ」


咲夜の声って、聴いててすごい安心するんだよな。

すると、彼女がこもり歌を歌ってくれる。鼻歌だが、まるで高級なオルゴールを聞いているようだ。


そんな最高の歌声を聞きながら、俺はまどろみの世界へと旅立っていった。







「…龍くん寝たー?」


「はい。ぐっすりです」


龍君、私たちと出会ってから一度も見たことがないくらい疲れてるのが分かる顔してましたから、少しでもゆっくり休んでくれればうれしいです。


さぁ、龍君が休んでいる間に、私たちは夕飯の準備をします。

本当は、龍君のご両親も一緒に、と思ったのですが、お二人はホテルでお食事されるそうなので今回は欠席です。


でも、こちらにいらっしゃる間にどこかで一緒にご飯食べようとおっしゃっていただいたので、今から楽しみですね!


今日は、龍君もお疲れだと思うので、あっさりとしたものを作ります。

ずばり、豚の冷しゃぶです。


豚肉をゆでるのはそこまで時間がいらないので、一緒に食べるキャベツを準備しましょう。


「奏は豚肉をお願いしていい?」


「任せて、完璧に仕上げる」


ただ煮込むといっても、火が入りすぎると固くなってしまいますからね。

豚肉は薄いので、火の通りも早いですし…


こだわり始めるとどこまででもこだわれてしまうのが、料理の良いところでもあり悪いところでもあり…


ま、それは置いておいて


ふとリビングを見ると、

ぐっすり眠っている龍君の寝顔を、必死の形相で眺めている由奈の姿があります。


あの子、純情そうにみえて結構むっつりですからね。

無防備な龍君の唇を奪うかどうかで必死に葛藤しているようです。


咲夜ちゃんは、鼻歌を歌いながら龍くんの頭をなでています。


いつの間にか、龍君の頭とヨガマットの間に自分の膝を差し込んで膝枕までする始末。


ぐぬぅ…私だってごはんを作るという役目があれば膝枕したかったっ…!


…いえいえ、いけません。


龍君が起きた時にすぐおいしいご飯が食べられるようにするのも大事な役割です。

そんなこんなで小一時間準備をしていると、あらかた料理が出来上がりました。


本当はゴマダレなんかも自作したいところですが、そこまでこだわるのはまたの機会にして、今回は市販のものを使います。


「咲夜ちゃん、そろそろ龍くん起こしてくれる?」


「は~い!お兄ちゃん、ご飯できたってよ」


「ん、あ、ごめん咲夜。膝痛くなかったか?」


「全然!むしろ幸せな時間だったよ!」


真っ先に自分が頭をのせていた咲夜ちゃんの膝を心配するやさしさ、そういうところが好きっ!


「龍君、きょうはあっさり豚の冷しゃぶだよ!」


「我ながら完璧な仕上がり、お腹もすいたしはやくたべよ」


「そうだな…由奈?」


「なななななんだ?私はべべべ別になにもしていないぞっ」


「いや、別に何も言ってないが…」


由奈って、本当にかわいい人ですね。

ぜひともそのままでいてほしいところです。


そのあと、私たちは団らんを楽しんだ。

途中龍くんがうつらうつらしてしまう場面もあって、普段カッコいい彼が見せないかわいい一面に、彼女一同悶絶することになったのは、龍君には内緒です。


龍君を一足早くベッドに寝かせて、彼が寝付いたのを確認してから私たちは帰宅の準備をします。


咲夜ちゃんが家の外まで送ってくれというのでお言葉に甘えて、玄関先まで4人で出ていきます。

玄関を出て、咲夜ちゃんにお別れをしようと思った、そんなときでした。


「あの…皆さんのお伺いしたいのですが…」


「…?どうしたの改まって」


「その…皆さんは、お兄ちゃんの彼女さんじゃないですか」


「そうだな」


「それでですね…えぇっと…」


どうしたのでしょうか?いつもはきはきしている咲夜ちゃんにしてはめずらしいですね。


「咲夜ちゃんも龍と付き合いたいとか?」


まったく、奏はなんて冗談を言うんですか。

まさかそんなわけないじゃないですか、もう!


「…えっと」


「…マジ?」


思わず奏も普段使わないような言葉が出ました。


…いや、咲夜ちゃん、、お兄ちゃんのこと大好きだなぁとは思っていましたが、

まさかそれが恋恋慕だったなんて…


いや、思い返してみれば、確かにそんな節もあったような…


「いや!あの!別に皆さんの邪魔をしようとか!そんなことは考えていなくて!」


「咲夜ちゃん」


「み、皆さんがよければ、お兄ちゃんの心の端っこにちょびーっとだけいさせてもらえたらなって思っただけで!」


「咲夜ちゃん…!」


「でも皆さんが不快なら全然!そもそもお兄ちゃんが私のことを好きになってくれる保証もないわけですし!」


「咲夜ちゃん!」


「…っ!」


「私たちは大丈夫。むしろ、咲夜ちゃんみたいに、龍君のことを一番に考えてくれる人が、龍君の彼女になってくれると嬉しいっておもってたの」


「真琴さん…」


「私も同意見。私たちじゃ、今日みたいな体のケアはしてあげられないし」


「そうだな…私もその方面のケアはできると思うが、自分のことと合わせて龍のことまで手をまわすのは難しいから…そこを咲夜がサポートしてくれればうれしい、と思う」


「み、みなさん…」


「すべては、咲夜ちゃんがしっかり龍君に気持ちを伝えてからになると思うけれど、私たちとしては、咲夜ちゃんの気持ちを応援したいと思いますよ」


「あ、ありがとうございます!」


ちょっとびっくりしましたが、咲夜ちゃんとなら、楽しい家庭を築けると思うんです。


私たちの未来に彼女も加わった様子を想像すると、

とてもワクワクしますね。


それに、これは私の予想なのですが、龍君も、咲夜ちゃんのことを憎からず想っているのではないかと思うんです。


それが恋情かはわかりませんが、私から見れば、悪いようにはならないと思います。これは確信に近いです。


まぁ、すべては想像ですし、咲夜ちゃんが行動を起こさないことには何も始まらないですので、私たちは静かに彼女のことを応援することとしましょう。


いえ、別に変なことは考えてませんよ?


ただ、ちょっとだけ咲夜ちゃんの背中を押してあげようと思っているだけです。

あとで、彼女間協定のグループチャットに共有だけしておきましょう。フフッ。







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