第33話 山村由奈、大勝利!な話
無事に決勝へと進出した私は、お手洗いを済ませてから会場へと戻ろうとしていた。
そこに、ある人物が訪れた。
「やはり来たわね。山村 由奈」
「…金村さん」
そこにいたのは、私の決勝での対戦相手である 金村 梨々花 であった。
彼女も相当な実力者で、中学時代は様々な大会で幾度となくしのぎを削ってきた相手である。
彼女は、その類まれなる脚力から生み出される高速の踏み込みで、
文字通り相手に何もさせずにたたき伏せるのがスタイルである。
しかし、高校では組み合わせの縁に恵まれず、公式戦での対戦はこれが初めてだ。
「ようやく、あなたと戦うことができるわ。どれだけこの時を待ち望んだことか…」
「それはこちらのセリフだ。金村さん」
彼女は、中学時代に初めて出会った、同門ではない人間で私と互角に戦うことができた初めての選手であった。
今のでも思い出す。人生で初めて、公式戦で姉弟子以外に敗れたあの衝撃は、おそらく死ぬまで忘れることはない。
決勝を戦う相手として、彼女以上にふさわしい相手はいないだろう。
「あなた、とても強くなったようね」
「それなりに修羅場を超えてきている自覚はあるな」
「ふふっ、もしあなたがぬるま湯につかっていようものなら叩き潰してあげようかと思っていたのだけれど、その心配はなさそうで安心したわ」
「そちらこそ、気力が充実しているのが目に見えてわかる。相手にとって不足なしだ」
「…うふふ」
「…ハハハ」
「優勝、いただきますわ」
「すまないがそれはできない。勝つのは私だ」
大事な人が見に来てくれているのだからな、今回は意地でも勝たせてもらう。
「決勝の相手って強いの?」
「去年はベスト4だったけど、由奈と同門の三年生に負けちゃったみたいだな。由奈もその先輩に負けて準優勝だったみたいだし…」
「由奈より強い先輩って、その人どれだけ強かったんだろ…」
「でも、大会終わった後道場でその先輩にリベンジしたらしい」
「負けたままで終わらせないの、由奈らしい」
つまり、その最強の先輩さえいなければ、由奈に並ぶ存在だったかもしれない相手ってことだ。間違いなく、この試合が、由奈にとって一番しんどい試合になると思われる。
両者が深々と礼をして、試合場へと入場してくる。
そのまま抜刀からの蹲踞。
試合場の緊張感が、最大まで高まってくる。
会場の熱量に比例するように、二人の集中力もどんどん深くなっていっているのもわかる。
『はじめ!』
審判の号令で、試合が開始された。
「…!あれは…」
「えっ、由奈の構え、あれなに?」
「カッコいい。男前」
由奈は、試合開始と同時に、竹刀を自分の頭上に振りかぶった。
剣道でいう、【上段の構え】という形だ。
由奈の影響を受けて、剣道を少しかじった程度の知識しかない俺でも知っている有名な構えだな。
攻撃力に自信がある選手が使う構えで、別名を【火の構え】といわれるように、防御を完全に捨てたスタイルだ。
筋力で劣る女子選手が使うことはめったにないと思うが、おそらく由奈なら完璧に使いこなして見せるんだろう。
一方の相手の選手も、その構えを見て慌てる様子は見られない。
やはり、そのあたりも歴戦の選手というわけか。侮れない。
【上段の構え】は、一見すると胴ががら空きになるという弱点があるが、かといって不用意に踏み込んでしまうと、無防備な頭に強烈な振りおろしに襲われることになる。
対戦相手もそれが分かっているからか、なかなか踏み込もうとはしない。膠着状態だ。
「…ごくっ」
「緊張感、すごい」
「一流の剣術家同士の戦いっていうのは、だいたいこんな感じになるって聞いたことがある。たぶん、勝負は一瞬でつくと思う」
「じゃあ、見逃さないようにしないと…!」
「ん、瞬き厳禁…!」
そうして俺たちが試合の行く末に集中した瞬間であった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
動いたのは、対戦相手の金村選手だ。
彼女の代名詞である電光石火のような踏み込みで、ぽっかりとあいた由奈の胴を打ち抜かんと竹刀を振りぬく。
だが、由奈は冷静であった。
金村選手の踏み込みの速さに対して、振りおろしが間に合わないと即座に判断した由奈は、即座に後退を選択。金村選手の竹刀は空を切る結果となる。
しかし、それだけでは終わらない。
脚力にものを言わせて、金村選手は再度加速、後ろに下がる由奈を追撃する。
普通の選手であれば、一度後ろに後退して重心が後ろに下がっている状態で、相手の攻撃を裁くのは至難の業だ。
(勝った…!)
面の中からうかがい知れる彼女の目は、間違いなく自身の勝利を疑っていなかった。
それにたいして由奈は、
ゴッ!
「なっ…!?」
本来なら、あそこまで後ろに重心が寄った状態から体勢を立て直すのは不可能だ。
だが、由奈がこれまでに積んできた途方もない訓練によって鍛え上げられた肉体は、由奈の意志に十全に応える。
ほぼ筋力だけで無理やり体を起こした由奈は、距離を詰めてきた相手に対して、逆に突進を仕掛ける。
お互いが吹き飛ぶような勢いはなかったが、金村選手の意志とは裏腹に両者の距離が一気に0になったおかげで、彼女の目論見が破綻する。その衝撃が、わずかだが、確かな隙となり
「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇん!」
そこを見逃すような由奈ではない。
『一本!それまで!』
引き面。由奈の一本だ。
山村 由奈、これにて全国大会優勝、達成だ…!
俺はスマホを見ながら、観客席から離れた通路に来ていた。
目的はただひとつ…
「由奈!」
「龍!」
女子個人戦が終わり、次に由奈が出場する予定の団体戦まで一時間ほど時間があるとのことだったので、彼女をねぎらうために合流しようと思って、待ち合わせをしていたのだ。
由奈は、俺を見つけると試合でも出さないような速度で抱き着いてきた。
そんな彼女の背中をやさしく抱きしめると、彼女も俺の背中に手をまわして抱きしめ返してくれた。
「…勝ったぞ」
「あぁ、全部ちゃんと見てたよ」
「かっこよかったか?」
「めっちゃかっこよかった」
「…もっと褒めて」
「由奈、めっちゃ強かったしめっちゃかっこよかったよ。こんな女の子が俺の彼女なんて誇らしすぎてヤバイ」
「…えへへ」
俺の胸元でニヨニヨしている由奈の頭をそっと撫でてあげると、ただでさえふやけていた顔がさらに崩れていく。
普段の凛々しい彼女を見ている人からすると、もはや同一人物と判断できるかどうかも怪しいな。
一通りなでられて満足したのか、彼女はおもむろに俺の胸元から離れた。
…この顔、たぶん優勝して高ぶっていたテンションのまま行動していたのだろう。
テンションが落ち着いてきて改めて自身の行動を省みて恥ずかしくなった、といったところか。
「…んんっ!さて、次は龍の番だな?」
「…そうだな。由奈がつないでくれたバトン、しっかりつながないと」
「今度は私が応援しに行くからな!」
「声援、しっかり頼むな」
「任せろ!バッチリ声出してやる!」
「ま、その前に由奈は団体戦があるけどな」
「そちらも必ず勝つから、最後まで見ていてくれるか?」
「当たり前だろ。最後までしっかり見届けさせてもらうよ」
「では、私も最後までがんばらねばな!」
そういって笑う彼女の顔は、とても美しかった。
男子の個人戦が終わったあと、男女それぞれで団体戦が行われた。
わが鳳高校は順調に勝ち進んでいき、準決勝まで進出した。
準決勝の対戦相手は、由奈と決勝戦で熱い戦いを見せた金村選手擁する岩戸学園高校だった。
由奈は当然大将として出場していたのだが、なんと相手は金村選手を先鋒に据えるという奇策に出たのだ。
対するこちらは2年生の選手だったのだが、さすがに相手が悪すぎた。
ほとんど時間をかけることもできず、一刀のもとに敗れてしまった。
それで勢いに乗った岩戸学園は、副将の先輩を前にして2勝1敗という状況。
もしここで副将の先輩が勝てば、由奈につなぐことができる…という場面だったのだが…
『そこまで!岩戸学園の勝ち!』
惜しくも副将戦で敗れてしまった鳳高校は、由奈を試合に出すことができないまま、ベスト4で大会を終えることとなった。
試合後、優勝できなかったことを気にしているかと思い声をかけたのだが、本人は
「団体戦では得てしてこういうことが起こる。メンバー全員が全力を尽くした結果なのだからな」
とあっけらかんとしていた。
『これより表彰式を行います。ご観覧の皆様は、ご着席のほうよろしくお願い足します』
そして表彰式。
俺たちが見守る中、由奈は個人戦優勝の賞状を受け取る。
その凛々しい姿をみると、先ほど俺と抱き合ってフニャフニャしていた人間と同一人物とは、とてもじゃないが思えないな。
これで、無事に東京遠征の日程はすべて消化できた。
あとは、のんびり新幹線に揺られて帰るだけだ。
今回は由奈の雄姿にめちゃくちゃ力をもらったからな。次は俺が県大会でしっかり結果を残す番だ。
俺は、この時点でまったく反省していなかったのだ。
先のことばかり考えていると、目先のことで足元をすくわれると、ついこの間のホテル事件で学んだはずなのに。
「…で、なんでこうなった?」
「ふふふ、真琴にばかりいい思いはさせない。帰りは私の番」
帰宅しようと駅へと向かう俺の腕をつかんでいるのは、真琴ではなく奏であった。
「あの…真琴は?」
「真琴は新聞部のみんなと一緒に帰る。新幹線のチケットはちゃんと預かってるから安心して?」
「いや、そういう問題ではなくてだな」
「部員のみんなは喜んで協力してくれた。特に部長」
「だからその新聞部の妙なフットワークの軽さはどこから来てるんだ…」
「ジャーナリズムは行動力が基本」
「行動力の発揮する方向性が違う気がするなぁ…」
こうして、行きの真琴とのハプニング旅から
帰りは奏と二人旅をすることになった。
最後まで一筋縄ではいきそうにないな…と、この時の俺の第6感がビンビンにささやくのであった。
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