第32話 まずは準決勝を見る話
『ご来場の皆さまにご案内いたします…会場内での喫煙は全面禁止となっており…』
「中もすごい広いね!ここで試合するんだ由奈…!なんか私が緊張してきた…!」
「ハハハ、まぁこれだけの人に見られながら試合するって考えると、普通は緊張するよ。しかも準決勝ってなると注目度も桁違いだし」
「ひえぇ…考えただけでぞっとするよ…由奈がんばれぇ…!」
「由奈なら大丈夫さ。俺たちも席にいこう。いいところで応援してあげないと」
「そうだね!いそご!」
奏が教えてくれた座席は…あのあたりか。
試合までまだ30分ほどあるからか、まだ席数には余裕があるようだ。
試合場では、スタッフの人たちが、試合開始の準備にせわしなく動いている様子がよく見える。ここなら、しっかり由奈の姿を確認することができそうだ。
「剣道って、ただ竹刀で相手を倒すだけじゃなダメなんだよね?」
「そうだな。打つ場所によって無効になる場合もあるし、武道らしく残心とか声とか、いろいろな要素があるな。まぁ俺も詳しいわけじゃないからあれだが」
「聞けば聞くほど難しそう…」
「興味があればあとで由奈にいろいろ聞いてみるといい。アイツ剣道オタクだから、何でも嬉々として教えてくれるはずだ」
「ホント!?楽しみ!」
大会のパンフレットには、簡単ではあるが剣道のルールや応援のマナーなどが記載されてあった。それを二人で肩を寄せ合いながら読んでいると、にわかに下のほうが騒がしくなってきた。
どうやら、今日出場する選手たちが入場してきたようだ。
「あ、あれ!由奈じゃない?」
「みたいだな」
いよいよ試合場に入場してきた由奈だが、その表情に緊張の様子などは見られない。非常に良い精神状態なのが見て取れる。
本当は声をかけたいところだが、剣道の試合において、観戦時に声を出さないというのが一般的なマナーらしいし、残念だが静かに彼女を見守るとしよう。
すると、由奈がふと周囲を見渡すようなしぐさを見せた。まるで何かを探すような様子だ。
もしかすると俺たちのことを探しているのかもしれない。
「真琴、ちょっと前に行こうか」
「あ、うん!」
俺たちは、観客席の最善列までいって顔を覗かせる。
すると、たまたまこちらのほうを見た由奈が俺たちを見つけたようだ。
彼女は、俺たちに向かってこぶしを突き上げる。
俺も、それに答えるようにこぶしを握って前に出す。
真琴も同様の動きをしている。
距離が遠いため、実際にこぶし同士を突き合わせることはできなかったが、
それでも由奈の表情にひときわ強い意志が宿ったのが分かった。
俺たちの顔を見れたことが、いい方向に向かってくれればいい。
『ご来場の皆様にご案内申し上げます。まもなく、男女個人戦決勝の試合が行われます。出場予定の選手の皆様は、試合場に集合をよろしくお願いいたします』
「…そろそろ試合、始まりそうだな」
「うん…!由奈、絶対勝てるよ…がんばれ…!」
いよいよ、準決勝の試合が始まる。
『ただいまより、個人戦女子準決勝を行います。赤、京都府代表、霊山高校 道上 佐奈 選手。対しまして、白、福岡県代表 山村 由奈 選手 の試合でございます』
由奈は、落ち着いた様子で試合場の中に歩み入る。
相手はどこか緊張した面持ちだ。
「相手選手、なんかすごいそわそわしてない?」
「まぁ無理もないと思う。なんてったって、対戦相手は去年の準優勝選手なわけだし」
「それにしても…」
…確かに、剣道選手は基本的に全身を防具で包まれているから、その表情やしぐさっていうのがあまり周りに伝わりづらいところがある。そのうえでなお、あの道上選手のどこか心ここにあらずな様子がわかるっていうのは、真琴の言う通り、すこしおかしいかもしれない。
「京都の選手、かわいそうだよな」
「山村選手がいなきゃ間違いなく優勝候補筆頭なのにさ…」
「昨日の試合みた?あの山村って選手、全試合初撃で終わらせたって…」
「えげつねぇ…」
背後からほかの観客の声が聞こえる。
…なるほどね。もともとも由奈の強さに加えて、昨日の無双っぷりがさらに影響を及ぼしてそうだ。
まぁ、そうでなくても。
由奈の殺気ともいえるあの圧力を受けて、まともに動ける高校生が果たして何人いるのかという話でもある。
両者が蹲踞から抜刀をし、試合開始の準備が整う。いよいよだ。
『はじめっ!』
審判の号令とともに、試合が開始される。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
対戦相手の選手は、雄たけびをあげながら自身を奮い立たせているようだ。
剣道とは、心技体全てを兼ね備えていなければ、相手を打倒することはできない。
あの道上選手もわかっているのだ。現段階で、すでに己が由奈に敗北しているということを。
一方の由奈は、全く動かない。
まるで静止画のように、剣先一つピクリともしていない。
にもかかわらず、客席から見てもわかるほどのプレッシャーが放たれているのが分かる。まったくと言っていいほど隙が見当たらないのだ。
これは後の先を狙っているようだ。
本来、相手が動くまで待つ、というのは相当な我慢強さが必要だ。
相手がどんなに隙を見せても、絶対に動かないという精神力、そんなものをもっている高校生なんているはずがない。…彼女を除いて、という注釈がつくが。
決着は、すぐにつきそうだな。
「…すまないが、今日はふがいない姿を見せるわけにはいかないのでな」
全国大会準決勝。ここまでは問題なくたどり着けた。
…少し気合が入りすぎて、昨日の予選は少しやりすぎてしまった感は否めないが、まぁさして大きな問題ではないだろう。
今日は私の晴れ舞台なのだ。
なんていったって、龍が私の試合を見に来てくれているのだから。
小さい頃は、私の試合なんて道場で山ほど見せていたはずだが、
やはりこうした大きな舞台での私の姿を見せることができるというのは、感無量だ。
そんな状況で、もし無様な姿をさらしてしまったら、私はもう二度と立ち直れないかもしれない。
だから私は、今日の準決勝も一部の隙も勝機も相手に与えることなく、確実に勝利をつかませていただく。
「…ふぅ」
小さく息を吐いて、リズムを整える。
私から動く必要はない。相手はどうやら相当にプレッシャーを感じてくれているようだからな。それならば緊張の糸を切れさせてやれば、勝手にむこうから仕掛けてくれるはずだ。
集中を少しずつ高めていく。
指先だけではない。竹刀の先まで私の体の一部にしていく。
周囲の音がすべて消える。
環境音も、相手の声ですらも。
相手はどうやら、仕掛けるタイミングを見つけられずにいるらしい。
まぁ、我ながらそうそう仕掛けられるような隙は見せていないからな。
…そろそろか。
なかなか自分から手が打てずに焦れてきている様子がこちらからもわかる。
私は剣先を少し左にずらす。
究極まで高まった緊張感と、勝利に対する焦燥のなかにいれば、こうしたわずかな動きに、自分の意志とは関係なく体が反射的に反応してしまうものだ。
「…っ!…しまっ…!」
そして、心と体が連動していない動きというのは、得てして大きな隙となる。
私の動きに対して、彼女は一歩足を前に進めた。それに応じるように、私も一歩ぶん、後ろに後退する。
自分は進んだはずなのに、私との距離は全く変わっていない。
自身の想像と実際の距離感の違いが、彼女の体の動きを狂わせる。
つんのめるような形で大きく前のめりになった彼女の体は、私の前に打ってくださいと言わんばかりの姿をさらしている。
「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇん!!」
準決勝、無事勝利。
『ただ今の試合、白、福岡県代表 山村 由奈 選手の勝利となりました』
「すっ…ごかったね…!」
「あぁ、圧巻だったな」
素人目に見ても、両者の間にはとても大きな差が見えた試合だったように思う。
対戦相手の選手も、全国の準決勝までやってくるぐらいだから、相当すごい選手なんだろうとは思うんだが、由奈の敵ではなかったようだ。
「剣道って…本当にすごいね…!なんていうか…すごいね!」
「語彙力どこやった?」
どの分野でも、一流のプレーヤーの動きというのは一種の芸術だ。
その競技を知らない人が見ても、一目見てそのすごさや美しさが分かってしまうほどだ。
由奈の剣術は、まさしくその領域にある。
「なんか、龍くんのピッチング見た時と同じ感じだった…!なんかこう…心の底からすごいっ!ってなるみたいな!」
「…!そっか」
うれしいこと、言ってくれるな。
ジャンルは全く違うけど、俺もいつか野球で、由奈と同じ領域に行けたらな、と思う。
さて、反対側の準決勝が終わるまでいったん休憩だ。
この間に何するか…と考えていたところに
「龍、真琴、きちゃった」
「奏!新聞部のほうはいいの?」
「部長が『せっかくなら一緒に見てきなさいよ!』っていってくれた」
「優しい部長さんなんだな」
「ん。特に今日は機嫌がよかった。遠距離恋愛中の彼氏さんと合法的に会えるからって」
「え!?部長って彼氏さんいたの!?」
「私もさっき知って驚いた」
二人の話を聞いている感じ、新聞部の部長さんはとても気さくな人らしい。
二人がお世話になっているし、いつかあってみたい気がするな。
それはさておき、予想外の事態ではあったが、これで三人で揃って由奈の試合を観戦できるというのは僥倖だ。
「それに、真琴ばっかり龍を独り占めするのはずるい。埋め合わせは必ずしてもらう」
そういうと、奏は俺の左手をぎゅっと握りしめる。
「う、まぁ…ふたりには申し訳ないなぁ…ってちょっとは思ってたけど…」
「嘘。ぜったい堪能してた。細かい話は帰ったら聞く」
「…ひゃい」
すごい。過去聞いたことがないぐらい低い声出てるぞ奏。
これは相当絞られるな真琴。南無…
「何他人事みたいな顔してる?龍。龍にはしっかり私と由奈の相手をしてもらうから」
「ひえっ」
しっかり相手…ってなにさせられるんですか?
帰るのが少し怖くなってきました。
それから10分ほどしてから。
いよいよ女子個人決勝の時間がやってきた。
『ただいまより、女子個人決勝を行います。赤、福岡県代表、鳳高校 山村 由奈 選手。白、岩手県代表、岩戸学園高校 金丸 梨々花 選手の試合でございます』
「ついに決勝かぁ…」
「まずい、緊張してきた。由奈大丈夫かな」
「大丈夫だよ。由奈なら問題なく勝ってくれるさ」
「龍くんって、由奈のことすごい信頼してるよね」
「そりゃあ、小さいころから由奈が努力してきてるところを見てきたからな」
「ふむ…やはり積み重ねというのは大きい…」
「ん?なんて?」
「何でもない。私だって負けないって話。それよりほら、試合始まっちゃうよ」
「…?そうだな。見逃さないようにしないと」
いよいよ決勝戦。
由奈の大一番、最後までしっかり見届けるぞ。
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