ひねくれ異世界話

@arz6sk

不憫だった少年

 昔、某週刊少年誌に『ファントム☆バスター』という漫画が連載されていた。


 内容は、……一応アクション、いやラブコメ、になるのだろうか……。


 世界観は、現代の日本に近いが、その世界では『ファントム』という幽霊のようなモンスターが世界中に現れており、そのファントムを退治する『ファントムバスター』を生業にしている人々がヒーローのように人々から扱われている。


 漫画の主人公は、そのファントムバスターを育成する為の学園へ通い、勉学と訓練、そして青春の日々を送る事になる。

 の、だが……。


 濁す必要も無いのでストレートに言うが、この『ファントム☆バスター』という漫画、かなり読者からの人気が低く、単行本一冊で打ち切りになった、いわゆるクソ漫画である。


 この漫画の作者は、コレが初の連載作品であったとはいえ、幾つかの賞を獲得している実力派の若手であり、雑誌の方も『ニュースター』『期待の新人』等と猛プッシュをした上でのkonozamaである。


 そんな残念な作品ではあるが、何も全てが悪い訳ではなかった。


 実力派であったのは確かで、キャラクターのデザインは良く出来ており、基本的に女の子は可愛く、男の子は格好良く、素人目にも一人一人の掻き分けがしっかりとされていたように思う。


 ファントムを相手取るアクションシーンも迫力があり、掲載されていた他の作品と比べても尊称無いものだった。


 では、何故この作品がクソ漫画扱いされたのか、それはストーリー、もっと詳しく言うなら主人公の扱いに問題があったからだ。


 いわゆる《不憫キャラ》と言うのだろうか、兎に角主人公が録な目に会わないのである。

 そして、その不幸の悉くが主人公の周囲の人間達によってもたらされるのである。


 まず、この漫画のヒロインの少女、彼女は見た目こそ華やかで読者人気も高そうな外見なのだが、兎に角性格が悪い。

 入学式の初日に不良達に絡まれていたヒロインは、偶然通りかかった主人公に助けら、その際に主人公に一目惚れをするのだが、その後やたらと主人公へツンデレを拗らせた態度をとる。

 ……が、その時の態度がかなり悪く、事あるごとに主人公へ難癖を付けてトラブルに巻き込む。

 ボロボロになりながら問題を解決した主人公に対して、『この程度の事にどれだけ時間をかけるのよ』と労いの言葉もなく悪態をつく。

 もちろん、そんな自分に対しての後悔や、主人公へのお礼の言葉は言うのだが、その全てが本人の居ない所で行われるため、好意など全く伝わらない。

 にも関わらず、『なんで気付かないのよ!?』などと理不尽な事を言いながら主人公に暴力を振るう始末。

 オマケに主人公の親兄弟、クラスメイト等の周囲の者達は何故かヒロインの好意に気付いており、鈍感な主人公が悪いと全面的にヒロインを擁護する。


 他にも主人公のライバルを自称する男勝りの美少女や、昔主人公に命を助けられたお金持ちの令嬢等も登場するが、その悉くが性格に難を抱えており、主人公に負担を掛けてくる。


 トドメに一話から登場しており、登場人物の中で唯一と言って良いほど主人公に優しかった少女が、最終話で主人公に告白された際に、実は主人公の弟と付き合っていると振られてしまい、結局主人公の周囲にはヒドインしか居ないというオチで物語は幕を閉じる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 さて、ここからが本題である。


 オレは、そんなクソ漫画である『ファントム☆バスター』の世界に転生した。


 ちなみに主人公ではなく、そのクラスメイトの名無しのモブである。


 ……正直、助かったと思ってる。


 そして、今オレは公園のベンチに腰掛けており、その隣には虚ろな目で缶コーヒーを握り締めている主人公が座っている。


 どうしてこんな状況になっているのか?

 ……学校の帰りに寄った文房具屋で、《遺書の書き方セット》という商品を死んだ目で眺めているのを目撃してしまったので、慌てて公園へ連れ出した次第である。


 そして自販機で買ったコーヒを渡しながら、滅多なことは考えるなと諭したところ、


 「クラスメイトの君がボクを気遣うとは思わなかった」


 感情のこもっていない顔と声で、そう言われてしまった。


 考えてみればその通りだ、彼にとって自分は理不尽なイジメに荷担する敵の一人に見えているのだから。


 世界に味方など誰も居ない。

 そんな目をした彼を、今更ながら自分は助けたいと思った。


 さてどうするべきか……?

 そう考えるオレは、あることに気付く。


 「……なぁ、今って何年の何月?」


 「……は?」


 いきなりなに言ってるんだコイツ?

 という顔をする主人公は、それでもオレの知りたい情報を教えてくれた。


 そして、その情報を得たオレは、隣で不審人物を、見るような目をしている主人公に、ある提案をするのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 数週間後、学園にて、


 以前まではワイワイガヤガヤと騒がしかった教室は、今やお通夜のように暗く沈んだ様子だ。


 その原因は、教室の端の席で窓の外を眺めているヒロイン。


 今まで自分が散々トラブルに巻き込んできた思い人が、海外へ留学してからずっと、心ここに在らずの状態である。


 そう、オレはあの日、主人公へ学園が実施している海外留学への募集期間が今である事を伝えた上で、

『このままでは本当に命を捨てることになる』

『兎に角、ここを離れた方が良い』

 と伝えたのだ。


 幸いにも主人公はオレの言葉を信じてくれて、自殺よりはマシか、と海外留学に応募することを決めた。


 「言っておいてなんだが、親御さんの許可は大丈夫か?」


 「むしろ弟に構う時間が出来て大喜びして出ていけって言うだろうから大丈夫だよ」


 ……何が大丈夫なのだろうか?

 尋常でない闇を見た気はするが、本人が大丈夫と言うならと、オレは考えるのを止めた。


 主人公の海外留学が決まった当初こそ、『アンタには無理』だの『どうせ恥をかくだけ』だのと馬鹿にしていたが、いざその時が近付くと、『行かないで』『私も連れていって』と縋りつくようになっていった。


 周囲の連中も、『連れていってやれよ』と無責任に囃し立てていたが、


 「ボクを殺そうとしている彼女を、どうして連れていかないといけないんだ?」


 「そんな彼女の味方をしている君たちの言うことを聞く義理が、ボクにあると思ってる?」


 そう淡々と語る主人公に怯み、何も言えなくなっていた。


 『自分を殺そうとしている』そう言われたヒロインは、そんな事していないと弁明していたが、主人公が今まで受けた精神的、肉体的苦痛の数々を羅列されると段々と顔を青くして、最後には『ごめんなさい、ごめんなさい』と呟くことしか出来なくなっていた。


 その数日後、主人公は晴々とした顔で海外へと旅立っていった。


 見送りは、オレ一人だけだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 今、オレは自室で主人公から届いたエアメールを読んでいる。


 どうやらオレの狙いは当たったようで、遠い海外の地で、主人公は才能を開花させ、現地で得た信頼できる仲間達と日々を送っているようだ。


 オレは早速、手紙の返事を書くことにした。


 さて、何を書こうか、


 あの後、ヒロインやクラスメイト達が主人公にやってきた事が問題視されて、今や学園中の鼻つまみ者になり、退学した奴も出た事か。


 親とも連絡をとっていないと書いていたから、主人公の弟が家に連れ込んだ女子を妊娠させてしまい、女子の親御さんに顔面が変形する程ボコボコにされて、一家揃って夜逃げしたしたことも知らないかもしれない。


 ……まぁ、別に書かなくて良いか。


 楽しい生活に水を差すのは趣味じゃない。


 取り敢えずは、このことを書くとしよう。




 『君が好きだって言ってた漫画、完結したから、単行本出たら送るね!』



                終わり    

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