第21話:笑顔。

「……すまなかった」

「……お、おう。んじゃ、まぁ……セイレーンⅡに戻るか」


 なんだろう。この空気。

 

 イヴと二人、デュランの地表に戻るよりはそのまま宇宙に出た方が安全かもということで、スラスターを調整して輸送船の航路へと向かった。

 デュランから惑星イーリス本土へ向かう輸送船は、ひっきりなしに飛んでいる。

 それを利用して堂々と出航しただろう仲間の輸送船は、無事に俺たちを見つけてくれた。

 まぁアダムの本体というかなんというか、ヴァルキリーのサポートAIだからあちら側にアダムはいるわけで。そっちのアダムと俺の端末に潜り込んでいるアダムが連絡を取り合えば、漂流しているのを見つけるのは簡単だ――とイヴが言ったから安心して漂流していたんだけども。


 輸送船に拾われてから、イヴはブロストンさんにぼそっと謝罪した。

 言われたブロストンさんは驚いたみたいで、あの反応だ。


 イヴが謝るのが、そんなに珍しいことなんだろうな。

 自分が間違っていたら、素直に謝ってくれるんだけどな。

 初めて出会った時もそうだったし。


 でも、まぁ……あの時と今の「すまなかった」は、確かに雰囲気が違うかも。

 なんか今のは心がこもっていたというか、本当に悪いと思っていそうっていうか。

 感情が――そう、感情があったんだ。


『ご苦労様です、悠希』

「ん? あ、アダム! お前、肝心な時に出てこないで何やってたんだっ」

『申し訳ありません。ダミー用の輸送船の準備などをしていましたので。それに、君が連れ帰ってくれるだろうと信じていましたから』

「……信頼してくれてありがとうよ」

『どういたしまして。君との関りが、イヴにとって良い方向にいってくれればと思ってはいたのです』

「俺? なんで俺なんだよ」


 端末から話しかけてきたアダムは、しばらく考えたようでパネルの画面が波打つ。


『あなたはイヴに対して、先入観なく接してくださいます。強化人間を知らないのだから当然なのですが、イーリス星圏にはいらっしゃいませんから』

「はは、なんだよそれ。じゃあ異常ワープであの廃棄ステーションに来たのが俺じゃなくても、全然よかったってことじゃないか」

『はい。その通りでございます』


 いやそこは訂正しろよ。


 ダミーの輸送船のおかげで、こちらは無事、セイレーンⅡに到着。

 着艦して格納庫に下りると、そこにまたキールが待ち構えていた。


「なんだ、生きてたのか。事故があったって聞いたから期待していたのに」


 こいつっ。


「強化人間なんて助ける価値もない命なのに、まったく、何も知らない地球人はこれだか――」

「うらあぁぁっ!」

「ひっ。んがっ」


 人を殴ったことなんて、これまで一度もない。これが初めてだ。

 重力の少ない格納庫だからかな。やけに軽く感じた。


「何も知らないのはあんただ。家族を殺されたのはかわいそうだと思うけど、でもあんたの家族を殺したのはイヴじゃない。イヴを憎むのは筋違いだろっ」

「ふが、あんだと! いっつつ」

「子供でもわかることがわからないなら、もう一発殴っとくか? そうしたら頭もスッキリするだろう」

「ぐっ……」

「誰も止めないみたいだし、殴っていいってことだよな? それと、俺は地球人じゃない。コロニー生まれのコロニー育ちだ」


 そう。誰も止めない。

 きっとこの中にも以前の戦争で、家族を強化人間が操るAMAに殺された人がいると思う。

 でもわかっているんだ。それがイヴではないことを。だから憎む必要がないということを。

 わかっていないのはキールだけ。


「ク、クソッ。あっ、艦長――ぐはっ」


 え、えぇ? バ、バーンズ艦長も殴った!?


「誰かこいつを独房に入れて置け。次の補給の時に摘まみだせ」

「が、がんじょー、どうじえ」

「仲間を仲間と思わない野郎は、セイレーンに必要ねぇ! ったく、連れていけ」

「うぃーっす」


 あれよあれよとキールは連れていかれてた。何か叫んでいたけど、俺と艦長に殴られたせいでまともに話すことも出来なくなっていたようだ。


「悪かったな、悠希」

「いえ……俺のことを言われたわけじゃないですし」

「それでもだ。それと、ありがとう」


 それだけ言うとバーンズ艦長は行ってしまった。なんか顔が赤かった気がする。

 そんな恥ずかしかったのかよ。


 そういやイヴは? ヴァルキリーを見てくるって言ってたけど、まだコックピットか?

 近づいてみると、コックピットのハッチが開いていたからまだ中のようだ。


「イヴ?」

『ちょうど良かった。悠希、中へ。合金が温まった・・・・ので形成を開始したいのですが、イヴがモニターの数字を読めず手間取っていまして』

「わかった、手伝うよ。それでどうすればいい?」

「モニターを……」


 そう言ったっきり、イヴの指示が止まった。


「悠希……ありがとう」

「え? あ、ありがとう?」


 突然何をと思って見上げると、彼女の琥珀色の瞳と目が合う。


「でも、あれこそ価値がないだろう」

「価値って……」

「殴る価値。あんなのでも、殴れば手を痛めるかもしれないだろう。悠希が手を痛める必要はない」

「あぁ~、確かにね。今度から自分の手を労わって、相手にしないことにするよ」

「ん、そうしろ」


 あ……今、イヴが笑った?

 初めて笑った。なんだ、ちゃんと笑えるじゃないか。

 初めて……そういやさっき、イヴが俺の名前を呼んでくれたよな?

 今まで「おい」とか「お前」としか呼んでくれなかったのに。

 名前を呼ばれただけで、なんか一気に彼女との距離が縮まった気がする。これもイヴの『価値』になったからかな。

 

 こんなことで嬉しくなるなんて、俺も結構青春して――。

 そうか……。

 俺、今わかった。

 そっか俺、彼女のことが好きになってたんだな。

 

 こりゃ頑張って守らないと。


「それで、何をすればいい?」

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