第20話:生きる価値。
あとは見つからないよう、輸送船へと運ぶだけだ。
「精神シンクロなしで、お前はよく操縦出来ていると思う」
「え? 何か言ったかイヴ?」
彼女は答えず、視線を外側に向けただけ。
かと思えばまた突然――。
「新しく開発されたスーツがあれば、アブソリュート粒子の流入も大幅に防げる。シンクロ率を下げれば、パイロットへの影響もさほど問題なくなるだろう」
「イヴ?」
何が言いたいんだ?
「もう私は――」
コンテナを積んだドラックの荷台。手すりに捕まって周囲を警戒する俺たち。
イヴはどこか遠くを見ている。
その時、急にトラックが逆噴射を行って止まった。
「な、なんだ? まさか見つかったのか!?」
「しっ。そうではなさそうだ」
身を乗り出すように前を確認すると、ひとりの作業員がトラックの前に飛び出して来ていた。
「お、俺も連れて行ってくれっ」
両手を開いてトラックの進路を塞いでいる。
連れていけって……解放軍に入りたいのか?
「もうここで奴隷のように働かされるのは嫌なんだ。俺だけでも連れて行ってくれっ。一日一食しか飯は出ねえし、死んじまうよっ」
「何を言っているんだ。俺たちは帝国本土に合金を運んでいるだけだぞっ」
「知ってんだっ。後ろに乗ってるのはあの、白銀の悪魔だろう。なぁ?」
ヘルメットを被っているんだ。顔なんて見えないはずなのにどうして。
「あの悪魔の機体に乗ってんのは、強化人間しかいない。そうだろっ。そうさ強化人間だ。強化人間さえいれば、今度こそ戦争に勝てるんだろ? なぁ」
ヴァルキリーを見られていた!?
「訳の分からないことを。兵士を呼ぶぞっ。早くそこをどけっ」
「呼ばれて困るのはそっちだろう。えぇ!」
な、なんかマズいことになってきてないか?
ブロストンさんがトラックから下りて行って、男をその場からどかせようとする。が、男はブロストンさんにしがみつき、大声で喚き散らす。
俺だけ連れていけ――と。
「自分だけが助かりたいなんて言う奴は、たいていすぐに裏切るんだよ」
俺やイヴと一緒に、荷台の手すりに捕まっていたクリーが漏らす。
確かに……自分だけ連れていけなんて、他の人のことなんて全く考えてない証拠だよな。
「ちっ。見つかった」
「え?」
イヴはそう言って宇宙服に隠してあったレーザー銃を取り出す。
それと同時に後ろから声がした。
「おい、何をやっているんだ!」
帝国兵!?
「錯乱した人が、荷運びの邪魔をしているんです」
普段とは違う声色で、イヴがそう話す。
当然、帝国兵たちは近づいてくるわけだが――。
「こ、こいつらは反乱軍だ! お、俺が引き留めてやってたんだぞ。か、感謝してくれよな」
「なっ。クソ、てめぇ」
「ブロストン、出せ!」
叫びながら、イヴは後ろを振り返って銃を撃った。矢継ぎ早に三回。全て命中し、帝国兵は宙に浮く。
ここは月の重力とほぼ同じだと、アダムが教えてくれたっけ。
「しっかり掴まれ!」
運転席の方からブロストンさんの怒鳴る声がした。
「お、俺もっ」
「うるせぇ、どけ!」
さっき俺たちを帝国兵に売り渡そうとしたのに、もうそれを忘れたのかあの男は!?
ブロストンさんに殴り飛ばされ、彼も宙を舞った。
こちらは生きているので、宙でじたばたともがいているのが見える。腰のスラスターに手を伸ばすのが見えたが、もう通り過ぎていたしどうだっていい。
「銃声を聞かれた。すぐに追手が来るぞ」
「わかってらぁ。っと、さっそくお出ましか」
「おい、頭を下げろっ」
イヴの声がして、彼女が俺の頭を抱え込む。
チュインッ――と、何かと何かがぶつかる音がして、それはすぐ傍で聞こえた。
「イヴ!?」
「生命維持に係るような損傷は受けてない。スラスターの射出口に当たっただけだ。ブロストン、次を右へ行け。ダミーに使える運搬車がある。アダム、システムに侵入して遠隔操作をしろ」
『了解です。悠希、トラックが停車したら、その運搬車に近づいてください』
「わ、わかった」
会話の間にも、イヴが銃で帝国兵を確実に倒していく。
死んだ……のか。殺したってこと?
そ、そんなのあたり前だろ。これは戦争なんだ。殺すか殺されるかなんだよ。
しっかりしろ、俺!
トラックが停車して、同じ型の運搬用トラックを見つける。運転席のドアを開けるとアダムが『ここで結構です』と。
俺の端末の画面が少し揺れた後『もうよろしいですよ』とアダムが言うから離れると、トラックのエンジンがひとりでに掛かった。
「もう操作できるのか?」
『はい。単純なシステムですから、ハッキングは簡単なものです』
同じようにあと三台、アダムがハッキングして遠隔操作を行う。
計四台は俺たちが来たルートを引き返して行った。
俺たちは先を急ぎ、輸送船が待つ場所へ急ぐ。
遠くで銃声が聞こえるな。帝国兵は囮のトラックを追いかけていったようだ。
「輸送船まであと――」
あと少し。そう言おうとして、体が大きく弾んだ。
いや、弾んだのは俺じゃなくトラックで、その衝撃で体が浮いた。
その俺を引き寄せてくれたのはイヴで、代わりに彼女が投げ出されてしまう。
「イヴ!」
すぐに伸ばした手を、だけどイヴは……掴まなかった。
なんでだよ!
「イヴ!?」
なんで……なんでそんな顔するんだよ。
バイザー越しに見た彼女の表情は、驚きもしていなければ悲しそうでも、辛そうでもなかった。
何もかも、全部諦めたような、光を宿していない瞳で俺を見つけていただけ。
「あぁ、クソ!」
「おい、バカ野郎!」
「絶対捕まえます。絶対! だからブロストンさん、頼みますっ」
それだけ言うと、俺はトラックの荷台を蹴った。
ここは月の重力とほぼ変わらない。勢いよく蹴れば、それだけ勢いよく宇宙に飛び出す。
イヴは真っ直ぐ正面だ。彼女の方がスピードは遅いから、追い付ける!
「なっ、何をやっているんだバカ!」
彼女の表情が見える距離まで近づいた。はは、あんな焦った顔も出来るのか。
「バカはどっちだよバカ! 俺はスラスターがあるんだぞっ。助けなくてよかっただろ! なのになんで……なんで俺の腕を掴まなかったんだ!」
今も腕を伸ばしているのに、それを掴もうとしない。
スピードを調整しないと、追い抜いてしまうっ。
スラスターを軽く噴射させ、イヴと同じスピードになるよう調節。
「手を!」
それでも掴もうとしない。
「なんでだよ!」
「価値がない」
「はぁ? なんの価値だってんだっ」
「戦うためだけに作られたまがい物の命に、お前が危険を冒すほどの価値はない」
「何を言っているんだ、イヴ!」
なんで自分に価値がないなんて言うんだ。なんでそんな悲しいこと……。
「キールの言う通り、強化人間なんてものが存在しているから、いたずらに戦争が長引く。先の戦争でも、帝国と解放軍の戦力は拮抗するところまでいっていたんだ。それなのに……私たち強化人間が生み出されたから、戦局が一気に帝国側に傾いたんだ。生まれていなければ……もっと早くに戦争は終わって、きっと停戦協定だって破られていなかったはず」
「そんなこと――」
「奴らは私とヴァルキリーを破壊するためにやって来たのだぞ! 強化人間が生きているから、いつか自分たちの存在が脅かされると怯えて……だからこそ奴らは再び戦を始めた。そのために関係のない八百万人が殺されたのだ……私が生きているばかりに……。二十五年前のあの時、眠りになどつかなければよかった」
生まれたことを、生きることをそんな風に卑下しないでくれ。
――彼女らが生まれてきたことに後悔はない。
イヴの生みの親でもある博士は、そう話したって。
博士に強化人間だからとか、きっとそんなの関係なかったはずだ。
「わざわざ自死するほどのことではないが、自らのミスでこうなったのだから、このままでいい。救うほどの価値などないのだから。お前は行け。今ならまだ戻れる」
「関係ない。価値だと強化人間だからとか、そんなの関係ないだろ! 君は生まれてきたんだ。生まれてきたのなら、生きていいんだイヴ!」
「――なん、で……お前がその言葉を……」
「生きよう、一緒に。君が生まれてきてくれたから、今俺はここにいる。君が生きていなかったら、アダムが交換条件で俺を助けてくれることもなかったはずだ。君がいるから、俺がいるんだ」
彼女がいなければ、そもそもあの廃棄ステーションにヴァルキリーもなければアダムもいなかったはず。
あぁ、死んでたな。確実に。
「俺がなる」
「お前、が……なんに?」
「俺が君の、イヴの生きる価値になる」
琥珀色の瞳が、驚いたように大きく見開かれた。
迷っているようだった。でも迷っているってことは、生きたいと願う気持ちもあるってことだ。
「だから俺の手を掴め、イヴ! 俺と一緒に生きるんだ!」
伸ばした手。
それをイヴは、一度は躊躇いながらも掴んでくれた。
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