第1話 ユニコーンのしっぽを追いかけたい
チャイムが鳴り終わり、クラスの全員が席に着く。
フーディにおもむろにスマホを入れて立ち上がったのは、情報の先生、夏川愛梨(かわはら あいり)。通称『愛T(あいティー)』。4月の最初の授業で「情報、特にITが専門なので愛Tって呼んでね~!」と言っていた。
ラフなポニテにフーディとTシャツ、ジーンズ、スニーカー。見た目は完全に先生ぽくない。ノマドとかやってそう。
「は~い、みんな席に着いてるね~。いつも通り挨拶はいらないよ~!授業始めるよ~!」
電子黒板に映し出される文字の中にひときわ気になる『ユニコーン企業』という文字。ちょうどさっき「ユニコーンのうんこは虹」という話を聞いたばかりなので、無駄に気になってしまう。
愛Tもユニコーンと虹の関係を知っているのか、ご丁寧に虹の絵文字付きである。横のギャルが「やっぱ、虹のうんこするのかな?」「世界に虹を架けるんだよw」とか言ってる。やめて。ガチでギャルすぎる。
なんて思ってたら
「はい、夢野!ユニコーンって何か知ってる?」
いきなり当てられた。指名されるの本当に苦手。みんなの視線が集まるから。
「あ…、え、えっと…角が1本の、馬みたいな空想上の動物…です…。」
と答えるとすかさず
「虹がうんこな!」
という美晴の声。クラス全員が爆笑する。授業中に「うんこ」「うんこ」ってメンタル強すぎ。シビレないし、憧れないけど…。
「夢野せーかい!足立、ナイス合いの手w で、ユニコーン企業ってのはね、『上場してないのに時価総額が10億ドルを超えてるベンチャー企業』のこと!」
黒板にササっとユニコーンらしき動物のイラストを描いて、その横に「$1,000,000,000」って殴り書きする愛T。
「めったにいない、空想のような存在。それが『ユニコーン』ってわけ。ちなみに『ユニ』は『ひとつの』っていう意味の接頭語な。『コーン』は『円錐、角』コーンがユニだからユニコーン!それで言うとサイもユニコーンだよな…」
授業ぽくない軽快すぎるトーク。こう見えて愛Tは東大出の才女。しかも『笑いと話題のない人間はつまらない』というモットーがあるらしく、大学時代はお笑い研究会所属という異色経歴の持ち主。
ミスコンに出ててもおかしくない高身長の美人だけど「ミスコン?あんなの上級国民おじさんへの供物品評会じゃんw」と言い切るあたり、内面は完全に尖ってる。「私もヴィタリックくらい天才だったら、19歳でイーサリアム開発して今頃億万長者だったのにな〜」それが愛Tの口癖だ。
(※ヴィタリックは19歳でイーサリアムという暗号通貨を開発した天才らしい)
「ほいっ!というわけで、世界のユニコーン企業と、日本のユニコーン企業を見ていきま〜す!30年前の世界のトップ企業はほとんど日本だったのにねぇ。失われた30年だねぇ。」
おばあちゃんみたいな口調で言ってるけど、愛Tって25歳じゃん。30年前生まれてないじゃん。と心の中でツッコミつつ、映し出されたスライドに視線を送る。
「1位はBytedance(バイトダンス)、TikTok(ティックトック)の親会社ね。創業者の張一鳴(チャン・イーミン)さんは30歳の時に20人弱のチームで始めて、2年後には世界展開。やばくない?」
「20人で2年で世界?」
「やばw」
「え、俺らのクラスより少ないじゃん…」
とざわつく教室。
「2位はSpaceX(スペースエックス)、Twitterじゃない…、Xの改悪で有名だけど電気自動車のTesla(テスラ)とかもやってるイーロン・マスクの宇宙企業。3位はStripe(ストライプ)、兄弟2人で開発した決済会社。PayPal(ペイパル)の創業者が見つけて投資、今や9兆円企業。この人たちが起業した時の細かい年齢や人数はめんどいから夏休みの自由研究にでもして各自調べといて!」
「めんどいってw」
「愛Tテキトーすぎやろw」
「9兆って…」
「でも自由研究にするの良いかもw」
愛Tの授業は楽しい。関連することなら合いの手だろうとなんだろうと発言が自由に許可されてるし、愛Tはうまく拾う。話題どんだけストックされてたらこんなに拾えるんだろう。
「そう!9兆!世界はね、豆腐みたいに一丁二丁の世界よ!世界は豆腐職人だらけよ!じゃあ日本は?どん!」
スクリーンには「メルカリ」「SmartHR(スマートエイチアール)」など数社のみ。
「2024年、日本のユニコーン企業は片手で数えられるくらい。全世界では900社超えてるのにね…。豆腐を生み出した国なのに一丁二丁で数えられるベンチャー企業は少ないのよ。」
「愛Tどんだけ豆腐好きなんw」
「日本まじ?」
「日本って先進国やろ?なんで少ないん?」
確かになんで少ないんだろう…と思っていたら
「理由は色々あるけど、一番は『みんなが挑戦しないから』というか『挑戦しづらい文化を作り続けてきたから』なんだよねー。起業って本当は、金持ちがやるもんじゃないんだよ。今ある大企業のほとんどはガレージから生まれてるしね。今はAIがあるから、アイデアと行動力さえあれば、ひとりでも会社を作れる時代なんだけど。」
そして、愛Tはいつになく真剣な目で続けた。
「本当はさ、日本みたいな先進国は『生活保護』があるんだから、チャレンジしたい国民には投資感覚で生活保護出すべきなんだよね。ハリーポッター書いたJ.K.ローリングだって、生活保護貰いながら執筆して、今や何百倍も納税してる。日本は良い制度があるのに、その制度を活かせてない。せっかく国民の税金で高度な義務教育を受けさせても、優秀になればなるほど海外に出て、そのまま向こうで納税するようになる。優秀な人が『この国に残りたい!ここで働きたい!ここで納税して次世代を支えたい!』と思うような国作るのが政治家の仕事なんだけどねー。制度が良くても制度を使う人がビーエーケーエーだと活かされない。だから理系でも政治と経済に興味持たないとダメだぞー!18超えたら選挙は絶対行けよー!なんならこのクラスの誰か、政治家になって日本を変えてくれ!」
「ビーエーケーエーw」
「バカってことかw」
「愛T節えぐいw」
「あ、そうそう、選挙といえば…!みんな、大学生になったら、1年生の夏休みに株とFXは始めといた方が良いぞ。政治に関心持たなきゃいけないけど、関心の持ち方分かんないだろ?でも株とFXをやると、お金がかかってるから嫌でも経済に関心が向くし、経済に関心が向けば、経済を左右する政治に関心を持たざるを得ないから。最初はバイト代の5万円とか10万円を1年でどれだけ増やせるかの頭脳ゲーム感覚でやること!少なすぎると増えないから面白くないし、多すぎると冷静さを失うからな!慣れるまでは絶対それ以上入れるなよ!」
「大学生になったらってまだうちら1年生なのにw」
「今年受験終わって入学したのにもう受験の話w」
「受験だるいなーw」
などとみんなが笑っている中で、美晴がふと手を挙げて立ち上がる。
「はいはーい!愛Tさ、さっき一人でも起業できるって言ったじゃん?高校生っていうか、うちらでも起業できんの?」
ギャルのグイグイ行けるところ、ホント尊敬する。先生にタメ口とかすごすぎるし、愛Tも愛Tで「教員なんて身近に感じてもらってナンボよ!」とか言って一度も咎めたことがない。
愛Tは一瞬目を見開いてこう言った。
「お。いいね!もちろんできるよ。漫画家なんて13歳でデビューした人もいるじゃん。漫画だって十分『起業』じゃん?あんたらスーパーサイエンスハイスクールにいるんだからやってみなよ!」
愛Tが机間巡視をしながら、ただでさえマシンガンなトークをさらに炸裂させる。
「いいか?授業料払うだけで専門家、うちら教員使い倒せるのは学生の特権だって、世界中の学生が気付いてない。卒業したら専門家に質問できないし、できてもお金かなりかかるぞ?使えるもんは使い倒した方が得だよ?Microsoft(マイクロソフト)作ったビル・ゲイツなんて、大学を休学してる間にハッタリで起業してるからねw 情報がほぼない1975年に学生起業してるのw 70年代だよ!?あんたたちはこんなにネットも安く使えて情報が溢れてる時代に生きてるんだから、高校生でも起業できるよw あ、でもハッタリ起業は場合によっては詐欺になるから絶対やるなよ?」
またもやザワつく教室。
「ま?ビル・ゲイツ、ハッタリ?」
「詐欺すんなよお前w」
「ビル・ゲイツなりてぇw」
そんな中、鮫島一輝(さめしま かずき)の声が響く。鮫島一輝は、入学式で新入生代表の挨拶をした秀才だ。全教科満点だったらしい。
「ハッカソンとか、起業コンテストとかって…出た方が良いんですか?」
みんな気になるのか一気に静かになる。
愛Tが『その質問を待ってた』という時にする癖、左手でポニテを撫でながら答える。
「いい質問だね!ハッカソンとか起業コンテストとかはね…、あたしは正直勧めないかなぁ…。権利取られることもあるし。場合によっては悪いやつに利用されることもある。なによりも、今あるユニコーン企業にハッカソンや起業コンテストの入賞者は少ないんだよ。ゼロとは言わないけど。まぁWikipedia(ウィキペディア)にも書いてるけど、ハッカソン発のプロジェクトで長続きするのはせいぜい6%前後なんだよね。」
意外な返答にザワつく教室。何回教室をザワつかせれば気が済むのか愛Tは。これもう授業じゃなくてトークショーだろ。
鮫島一輝も「まじかよ」と言いながら座る。
愛Tは続ける。
「まぁさ、どの業界でも分野でも、結果を出す人は『能ある鷹は爪を隠す』んだよなぁ。賞レースは賞レースで、広報的な意味があるし、就職希望なら自己PRになるし、無意味じゃないんだけどね。特にウチみたいな私立だとさ、そういうので入賞してくれる生徒がいれば、来年以降の入試倍率上がるから優秀な生徒が入ってくれるだろうしね。だけどさ、高校生っていう『衣食住を親が面倒見てくれて、学費払うだけで専門家使い倒せる環境』にいて、賞レースを目指してガチを目指さないのはちょっともったいない気がするよねぇ。まぁ、一応あたしも教員だし、学校のために賞レースを推奨すべきなんだろうけど、人生を優先させるなら賞よりガチを勧めちゃうなw あたしはみんなに『表彰されて優秀だとチヤホヤされる生徒』になってほしいんじゃなくてさ、『自分の人生を歩める人』になってほしいから。こんなこと言ってたらクビになるかもだけどw 昔『記録より記憶』って言われた女性フィギュアスケーターがいたけど、本当に賞とか記録より大切なものがあるんだよw」
ちょうど言い切るあたりでチャイムが鳴り始める。
「お、今日はここまで!タイムイズマネー!みんなの大事な放課後を奪うわけにはいかん!じゃ、また次回!」
と言ってチャイムが鳴り終わる前に教室を出るのが愛T。
ユニコーン企業か…ユニコーン企業どころか起業すら私には無理だろうけど…。起業に必要な経済感覚も株とかFXをやれば身に付くのかな…。大学受験もまだ先だけど、就職とか起業とかはもっと先だよね。高校生で起業とかは…鮫島一輝みたいな人がやるんだろうな。
速足で教室を去る愛Tのポニテがユニコーンの尻尾みたいにふわっと揺れた。
私も愛Tみたいにポニテにしようかなぁ。
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