第3話:誰かが欠けても、進捗を止めるな

「本日の討伐予定数は6体。出発は日の出と同時です」


 朝もやの中、補佐官リルタの声が淡々と響く。彼女は手に魔道端末を持ち、まるで事務作業のように予定を読み上げていた。

 白河蓮は、まだ寝袋を畳みながらため息をついた。


「昨日は5体って言ってたよな……なんで1体増えてんの?」


「昨日時点で第3小隊の戦果が未達だったため、その分が第1小隊に割り振られました。割当変更の通知は、深夜の2時53分に送っております」


「寝てたわ……」


「“通知未確認による遅延”は勇者側責任となります。今後ご留意を」


 リルタの声に、感情はない。まるで機械だ。


________________________________________


 午前の討伐任務は地獄だった。


 アッシュウルフ2体の奇襲を受け、魔導士のユリィが魔力過多で吐血。

 回復士ティナが即座に治癒魔法をかけたが、応急処置が限界だった。


「もう……っ、これ以上は回復できない……!」


 ティナの額には大粒の汗。手は震えていた。

 それでもリルタは冷静に告げる。


「魔導士の疲労蓄積レートが閾値を超えています。明日以降は交代要請が必要です」


「じゃあ、今日はどうするんだよ……!」


 蓮が思わず声を荒げると、リルタはきょとんとした顔をした。


「本日の討伐数はまだ達成していません。進捗率58%。このままでは評価ランクがひとつ下がります」


「人が倒れてるんだぞ!」


「ですが、勇者は“人類代表戦力”です。心身の限界という概念は戦力分析の対象に含まれません」


 静かな言葉だった。

 だがその冷たさは、戦場よりも遥かに冷ややかだった。


________________________________________


 その日の夕方、ユリィは戦線から外れた。

 自力で歩けなくなり、魔導搬送で王都へ送られたのだ。


 別れ際、彼女はぼそっと呟いた。


「……ねえ、蓮。私たちって、戦ってるのかな。

 それとも……ただ、使い捨てられてるだけなのかな?」


 蓮は答えられなかった。


________________________________________


 その夜。

 蓮は、再び労務日誌と向き合っていた。

 報告すべき内容は、山のようにあった。

 戦闘ログ、仲間の行動記録、ティナの治癒魔力量の推移、リルタからの指摘事項……。


 だが、手が止まった。

>ユリィ・アーヴィン:本日、魔力過多により戦線離脱。

>状況:事前に過労兆候が見られていたが、進捗優先により休息取れず。

>評価:本来であれば撤退すべきだった。判断は私の責任。


 その一文を書いたとき、胸が強く痛んだ。

 誰かが倒れても、記録に残すだけ。

 誰かがいなくなっても、進捗は止められない。


(……これ、勇者の仕事だったっけ?)


 剣を振るう勇者としての使命よりも、

 記録を正しくつける職務感の方が重くなっていた。


________________________________________


 その夜、ティナが隣のテントで小さくすすり泣いているのが聞こえた。

 それでも、誰も“戦うことをやめよう”とは言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る