第3話「襲われた村と、進化の戦い」

 ラセル村に滞在して三日が経った。


 傷はまだ完全には癒えていないが、動くぶんには問題ない。

 村の子どもたちと笑い合うティナの姿を見ていると、不思議と、王都にいた頃よりも心が落ち着いていた。


「クロウお兄ちゃん、今日は魚釣り教えて!」

「次は狩りごっこしようよー!」


 無邪気な声に囲まれる。こんな日々が、ずっと続けばいい。


 ──だが、そんな願いは、あっけなく打ち砕かれた。


 村の西側にある監視塔が、緊急の鐘を鳴らした。


「ティナ!」


 俺はすぐに彼女をかばうように立ち上がった。走ってきた村人の顔には、明らかな焦燥が滲んでいる。


「魔物が……魔物の群れが、北の道から迫ってる!」


 ざわつく村。子どもを抱え、荷物をまとめ、避難の準備をする人々。

 だが、明らかに戦力が足りない。戦えるのは、村の狩人が三人、あと俺。


「間に合わない……逃げきれない……」


 ティナが唇を噛んだ。


「お兄さん……また、戦える?」


 問いかけは震えていた。だが、その目は、俺を信じていた。


 俺は頷いた。


「戦うよ。今度は、守るために」


* * *


 森の手前に陣を敷き、罠を張る。

 《弱点分析》と《対応演算》が、頭の中で状況を構築する。


 魔物は五体。牙の鋭い犬型──ブラッドハウル。

 速さと嗅覚に優れるが、脚力に偏った構造。逆に言えば、支える関節を砕けば転倒させられる。


(罠で動きを止めて、一撃で脚を折る)


 狩人の一人が震えながら問う。

「……本当に、お前だけでいけるのか?」


「俺だけじゃない。俺のスキルに、“進化”がある」


 《対応演算》が描き出した魔物の軌道が、視界の隅に光のラインとして浮かぶ──

(次は、右下から来る!)


 ――魔物たちが飛び出した。


「今だッ!」


 仕掛けていたワイヤーに一体が引っかかり、バランスを崩す。


「《脚部関節・左膝──衝撃点、ここ!》」


 俺の手が木の枝を正確に突き刺す。一体目が倒れる。


 すぐさま二体目が襲いかかるが──

「《対応演算》、斜め右下から来る!」


 回避、カウンター、連撃。


 三体、四体──次々と崩れていく。


 最後の一体は、俺の目を見て怯え、逃げ出そうとした。


「逃がさない……!」


 俺は追いすがり、飛びかかり、魔物の喉元に木刀を叩きつけた。


 ──静寂が戻る。


 村人たちの視線が、一斉に俺に集まる。


「すげぇ……あいつ、一人で……!」

「魔物を、全部……!」


 歓声と拍手が起こった。


 ティナが駆け寄ってきて、涙をこぼしながら叫んだ。


「ありがとう! お兄さん、すごすぎるよ……!」


 俺は、微笑んで言った。


「もう、誰にも奪わせない……これが、俺の進化だ」


 新たな力で守った命。戦った意味。

 王都では得られなかった何かが、ここにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る