ここではないどこかへ、あなたではないだれかと

 金曜の夜になるとドライブをねだるくせにいざ乗せて高速を走ってやるとろくに話もせず窓の向こうに尾を引いて流れる照明を黙って眺めていた弟は、初めて煙草と酒を教えた二十歳の夜に歩道橋から暗い道路に身を投げてしまったけれども、あれから何年経っても俺は金曜の夜になると助手席に誰も乗せずにガラ空きの高速を走っているし、そうして誰もいないSAで一服して薄いコーヒーを飲み干してから戻った車内、その助手席には頭から爪先まで影を人の形に凝らせたようなものが当然のように座っているので、俺はいつかのように声もかけずに再びアクセルを踏み、冷たい夜の底にも似て真っ黒なその顔の中からあいつの面影を探そうとしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る