第19話 面倒な女ムーブ、板についてますね?

 昼下がり。

 一騒動あったショッピングモールをあとにした和樹と結希は、昼食を手近な喫茶店で済ませたあとに帰宅した。


 そして――――


「ふぅ、今日買ったものはある程度整理出来ました。あとは、ネットで注文した家具とかが届けば、問題なく生活できると思います」

「お疲れさん」


 本日の戦利品を、これから自室となる元空き部屋で整理し終えた結希がリビングに戻ってきたので、和樹は労いの言葉と共に用意しておいた水出しの緑茶をグラスに入れて持っていくことにした。


 ソファーに腰を下ろして一息ついている結希に手渡す。


「ほい」

「わっ、ありがとうございます。コレは……?」

「水出しの緑茶だな」


 最近の俺のブームなんだ、と要らぬ情報を付け加えると、結希はコクコクと喉を鳴らしてから、淡く微笑んで言った。


「ふふっ、今日から私のブームにもなりました」

「気に入っていただけたようで何よりだ」


 和樹も結希の笑顔に応えるように肩を竦めてみせる。


 結希が一服したところで、和樹は隣に少し間をおいて座りながら、「それにしても……」と話題を切り出した。


「あの女の子は何者だったんだろうな?」


 脳裏に浮かぶのは、ショッピングセンターでの戦いでフード二人を追い詰めたときに現れた謎の少女。


 やや小柄な背丈に華奢な身体。

 癖のない漆黒の長髪に、眠っているかのように閉じられた目蓋と薄っすら微笑んだ口許。


 妙に神秘的な少女だった。


「お人形さんみたいでしたね」

「だなぁ」

「強かったですし」

「確かに」

「……凄く可愛かったですね」

「それなぁ……ん?」


 結希の感想に頷いて共感していると、少し遅れて不満が混じったような声色になっていることに気付いて顔を向けた。


 すると、結希がジッとこちらを半目で睨んできているのが見えた。


「結希?」

「すみませんね。どうせ私は途中でガス欠になるような、よわよわ魔法少女ですもんね。和樹くんを危険な目に遭わせましたし? ちょっと可愛いだけしか取り柄がないですもんね?」


 ふいっ、とそっぽを向いてしまった。


 ……どうやら、拗ねてしまったらしい。

 戦い疲れか、ネガティブになっているのかもしれない。


 そんなときでも自分のことを可愛いと自認しているのは流石としか言いようがないが、精神や感情といったメンタル的な部分が戦闘力に大きく関わってくる魔法少女がこのままではマズいだろう。


 ――という理屈はさておき。


 和樹は自分を守ってくれた魔法少女である結希の前で、恐らく味方ではないだろう謎の少女のことを少し褒めすぎてしまったかもしれない。


 反省も込めて眉尻を下げて笑う。


「結希」

「……何ですか?」

「守ってくれてありがとな」


 そう。

 まずは最初にこれを言うべきだったのだ。


 当然のように感謝はしていたが、口にしてこそ価値のある想いというのは確実に存在する。


 今言うのは手遅れか……? と、和樹は少し不安を感じながら様子を窺う。


 すると、しばらくして結希がゆっくりを振り返ってきた。


「他には?」

「ん~、めっちゃ強かった」

「ふぅん……?」

「あと……やっぱ変身って良いな。神秘的だし、カッコ良いし、いつにも増して可愛い」


 そこまで褒めてもらえるとは思っていなかったのだろう。


 結希は驚いたように目を丸くして、頬を赤らめた。


「ご、ごめんなさい。ちょっと面倒臭い女みたいなことをしてしまいました……」


 その行いの対価は羞恥。

 結希は居たたまれなさそうに俯き加減になっている。


「いや、結希は自分が面倒臭いことをしてるって思うくらいでちょうどいいと思うぞ? 他人に頼るのとか、甘えるのとか下手だし」

「そ、そうなんでしょうか……?」


 自覚がなさそうに結希が首を傾げるので、和樹は思わず苦笑を溢した。


「まぁ、急には難しいかもしれないけど。少しずつ、人に甘えることを覚えていってもいいかもな」


 それだけ言い残して、和樹は自室に向かおうとソファーから腰を上げようとした。


 しかし――――


「……ん?」


 くいっ、とTシャツの裾を結希に摘ままれた。


「あ、あの……」


 耳の先まで顔を赤くした結希が、何かを言いたそうに口を開けている。


 しかし、言葉にするのに勇気がいることなのか、その唇は微かに震えていた。


 それを見て、和樹は持ち上げていた腰を再び下ろした。

 結希の方を向いて、静かに言葉を待つ。


「だ、だったら……ちょっと、甘えてもいいですか……?」


 チラッ、とどこか熱を帯びた薄水色の瞳を上目に向けてくる結希。


 そういう仕草一つ一つに確かな破壊力が籠っていることを、いつかしっかりと結希に教えてやらないといけないなと思いつつ、和樹は「というと?」と疑問符を浮かべた。


「お伝えした通り、魔法少女の白魔力の源は正の感情です。今日の規模の戦いはそうないとは思いますが、それでも日頃からきちんと魔力を回復しておくに越したことはない、じゃないですか」


 そこまで聞いて、和樹は「なるほど」とおおよそ言いたいことを理解した。


「なので、ちょっとした時間にで良いので……か、和樹くんのお傍に、癒されに行っても良いですか……?」

「……っ!?」


 案の定の頼み事だったが、いざこうして実際に直接頼まれると心臓に大きな負担があった。


 しかし、頼り下手、甘え下手な結希が助言を素直に聞き入れて、勇気を振り絞って口にした頼み事。


 言い出しっぺということもあって、和樹に断る選択肢はなかった。


「……わ、わかった。俺なんかで力になれるなら」

「っ、よ……よかったぁ……」

「どうしたどうした」


 はぁ~、と大きく息を吐いて胸を撫で下ろす結希。


「コレ……断られたら、私恥ずかしすぎて死ぬところでした……!」


 真っ赤に染まり上がった顔を両手で覆いながら、指の隙間から視線だけをこちらに向けてくる。


 こんなことで一喜一憂して。

 からかわれたら恥ずかしがったり拗ねたり。

 褒められたら嬉しそうにはにかんだり。


 コロコロと色々な表情を見せてくれる結希に、和樹はたまらす笑いを噴き出した。


「ぷっ、あははははは……!」

「な、何で笑うんですかっ~!?」

「いやっ、ホント可愛いなと思って……ククク……」

「っ、か、からかわないでください……!」


 ぽんっ、ぽんっ……と連続して繰り出される結希の拳は、戦いの中で見せた破壊力がまるで嘘であったかのように、威力皆無の柔らかいボディータッチでしかなかった――――

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