第5話 三つの選択肢
大型エレベーターが静かに停止し、扉が開いた。
無音の昇降カプセルから降りたユウとカイトの前には、半円形の連絡橋が伸びていた。その先に見えるのは、ガラスのドーム──学園の講堂だった。
「なんか……劇場みたいだな」
橋を渡りながら、カイトがぽつりと呟く。
講堂は、中央エリアに浮かぶように建っていた。外壁は乳白色の強化ガラスに覆われ、天井の一部は開放されている。その隙間から差し込む自然光が、水面のゆらぎを映し、床や壁に淡く揺れる光を投げかけていた。
座席は半円状に並び、その背後には、巨大水槽が広がっていた。
ステージはその中心にぽっかりと浮かび、まるで海の中に設けられた舞台のようだった。
ユウとカイトは、案内表示に従って空いている席に腰を下ろす。
「空間そのものが演出ねぇ……」
ユウは小さく呟きながら、背後の水槽に目をやる。
そこには、暗灰色の体をしたオキゴンドウが、一頭だけゆったりと泳いでいた。丸い頭部をゆらし、水を滑るように進む姿は、無音の舞台を守る役者のように静かだった。
(……不思議な感じだ)
深海の静けさと、舞台の厳かさが、同じ空気に溶け合っている。
ステージの照明が、ひとつずつ切り替わっていく。
ざわめきが止まり、会場の空気が張り詰めた。
現れたのは、壮年の男だった。
胸元の銀章は波を象り、冷静な目がゆっくりと会場を見渡す。
「ノアの学長、瀬良宮だ」
抑揚のない声だったが、不思議と空気が引き締まった。
「君たちが学ぶのは、知識や技術だけではない。“共生”そのものだ」
淡々とした語調の中に、確かな重みがあった。
「強さ、知、感性、倫理、判断力──一つだけでは足りない。
君たちの過去も未来も、日々の選択すら、すべてがセレナスに影響を与える」
ユウは無意識に息を呑んだ。
(……選択、か)
「誰が、いつ、どんなセレナスと巡り会うか。それを決めるのは、我々ではない」
ひと呼吸の間があって、学長が一歩前に出る。
「──ようこそ、学園ノアへ」
その瞬間、天井から柔らかな光が差し込み、水槽の中でオキゴンドウが泡を噴いた。
誰も拍手はしなかった。
ただその光景を、全員が目に焼きつけていた。
~~~~~
学長が去ったあと、壇上脇にいた職員が前に出る。
「新入生の皆さんは、これより寮選択ホールへ移動してください。
表示に従い、各自、行動をお願いします」
講堂の脇に設けられたホールには、三つの高い柱が立っていた。
それぞれの前には端末が設置され、各寮の紋章と案内が表示されている。
壁面のスクリーンには、各寮の特徴を紹介する映像が流れていた。
映るのは、訓練風景、交流の様子、そして静かな研究空間──それぞれの生徒の在り方。
「じゃ、寮が決まったらまたな」
カイトが手をひらひらと振り、シャーク寮の方向へ歩いていった。
ユウはその背中を見送りながら、ホールの中央に立ち尽くす。
シャーク寮。テスタ寮。そして──ドルフィン寮。
それぞれの個性と雰囲気は、先ほどの映像だけでもはっきりと伝わってきた。
(どこを選ぶかで、きっとこの先も変わる)
中には、すでに友達と相談しながら選んでいる生徒もいる。
だがユウは一人で、静かに思考を巡らせていた。
ユウは、三つの柱の前に立つ。
それぞれの前に設置された端末には、カラー表示で寮の情報が映し出されていた。
まず目に入ったのは、左の寮。
▼シャーク寮 / SHARK
紋章:鋭い尾びれをもつ青いサメ
「鍛え、競い、勝ち抜け」
・身体能力を活かした戦闘特化型スタイル
・最新鋭のジムとトレーニング施設を完備
・寮内ランキング制による刺激的な成長環境
・日々の記録データに基づく個別メニュー調整
・訓練特化エリアあり
次に、右の柱へと目を向ける。
▼テスタ寮 / TESTA
紋章:堅牢な甲羅を模した亀のシルエット
「静かに、深く、探究せよ」
・解析型・支援型に特化した研究系寮
・個別ブース&電子ライブラリ完備
・音響解析・生態記録のための実験設備あり
・深夜帯も静音環境での活動が可能
・特別研究エリア併設
そして、中央の端末に表示されたのが──
▼ドルフィン寮 / DOLPHIN
紋章:銀色に弧を描く跳ねるイルカ
「調和と自由の中で、自分を見つけろ」
・柔軟な戦闘スタイルと連携訓練を重視
・ガラス張りの開放型ラウンジ
・シミュレーション演習設備あり
・チーム活動向けのホワイトボード&可動テーブル完備
・議論・企画・連携重視の教育環境
ユウは、ひとつひとつ目を通しながら思った。
(どこも個性があって、迷うな……)
その中でも、どこか惹かれたのは中央のイルカだった。
強さではなく、柔らかさに軸を置いたような、言葉の選び方。
空間の設計も、自分にしっくりくる気がした。
(……ここにしよう)
ユウはそっと画面に指を置いた。
指先が選択肢に触れた瞬間、画面が切り替わり、確認メッセージが表示される。
「あなたの寮を登録しました:DOLPHIN」
(直感……だけど。きっと、ここが合ってる)
~~~~~
一方そのころ、カイトはひとつの端末の前で腕を組み、じっと画面を見つめていた。
表示されているのはシャーク寮の紹介映像。サメたちが水中で激しくぶつかり合い、力と速さを競っている。
「……悪くないけど。ちょっと窮屈そうだな」
迷うように画面に指を滑らせると、表示が切り替わり、跳ねるイルカの映像が現れた。
柔らかな光の中で、仲間と泳ぐ姿。どこか気持ちがほぐれる。
「まぁ、ユウはこっちだろ……」
そう呟いて、カイトはイルカのアイコンに指を重ねた。
端末が反応し、選択が確定する。
~~~~~
選択が終わった生徒たちは、寮ごとに分かれて案内に従い移動していく。
ドルフィン寮の案内役は、陽気な中年男性だった。
「部屋は二人一組、早い者勝ちだからなー。気になるやつと組むなら急げよ!」
ユウがあたりを見回していると、ちょうどカイトが遅れてやってきた。
「……おっ? ユウもドルフィンか?」
「まぁね。でも、カイトは……てっきりシャーク行くと思ってたけど」
「最初はなぁ。でも……ちょっと、合わなそうだったぜ」
カイトは少し気まずそうに頭をかいた。
「じゃあ、一緒の部屋、どう?」
「もちろん」
ふたりは目を見合わせ、笑い合う。
「部屋争奪戦だ、急げー!」
案内役の冗談に促され、ふたりは同時に走り出した。
~~~~~
ドルフィン寮の廊下は、まるで水中トンネルのようだった。
波紋模様の壁、天井に浮かぶクラゲ型のランプ。
二人部屋のドアを開けると、想像以上に広々とした空間が広がっていた。
窓の向こうには、静かな海。
青く深いその色は、どこか胸を落ち着かせてくれる。
「……明日から始まるんだな」
ベッドに腰を下ろしながら、カイトがぽつりと呟く。
「適性試験も、セレナスも。いろいろ」
ユウは窓際に立ち、カーテンを開けた。
光がゆっくり差し込み、室内の水槽に浮かぶクラゲが、ふわりと揺れた。
「……ちょっと、不安だよな」
「うん。まぁ俺も」
しばらく沈黙が流れたあと、ユウがぽつりと言った。
「でも、俺、先生たちの間で“共鳴の天才”って呼ばれてたらどうしよう」
「ないない」
「やっぱり?まぁ……そうか」
二人で吹き出したあと、カイトがぽつりと続ける。
「……でも、まぁ、隣にユウがいればなんとかなるかもな」
「おう。任せろ」
ふたりの間に、ゆるやかな静けさが戻っていく。
その夜、都市の灯は穏やかに揺れていた。
始まりの波が、静かにふたりを包み込む。
だがその遥か下──海の底で、いくつかの兆しが、すでに目覚め始めていた。
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【 登場生物図鑑 】
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◆ オキゴンドウ ─ Pseudorca crassidens
・分類 :クジラ目 ハクジラ亜目 マイルカ科 オキゴンドウ属
・全長 :約2.5~4.0 m
・特徴 :体色は暗灰色〜銀灰色で、成長に伴い背中や胸部に白い模様ができる
他のマイルカ科の生物に比べて頭部は丸みを帯びている。
エコーロケーションで暗闇の深海でも獲物を探す。
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