この世界はどうも鮮やかすぎて目が眩む
日射しに散々焙られてから室内に入ると、一瞬目の前が真っ暗になるよな。眩んでるんだろうけど、あれはこう……何度やっても慣れないな、なんか。それだけお外が明るいし、夏の日射しってのはそういうもんだってことなんだろうけどさ。初夏も梅雨も過ぎて、いよいよ本番なんだなって実感が出てくる。日射しがとにかく明るいんだよな、ぎらぎら白い……。
光がないと物が見えない、だから真っ暗闇だと何にも見えないってのは物理で習ったけど、あんまり眩しくても見えなくなるよな。ほら何だっけ、そういう爆弾あるだろ、ゲームとか映画でたまに出てくるやつ。あれは音もついてくるんだっけ? 眩しすぎるのとうるさすぎるのとで人間が動けなくなるの、面白いよな。なんかこう、痛くない暴力みたいなバグ感があるっていうかさ。つまりさ、人間の目玉の機能にも限界があるってことなんだろうとは思うよ。お日様だって直に眺めると目が潰れる。だからって暗過ぎても駄目だしな、どっちにしたって目に負荷かけるのはよした方がいい。なんだって極端はよくない、ってだけのことだろうけど。適度な明るさがあると物が見えて便利だけど、見え過ぎてもろくなことにならないし。ちょうどいいところ、曖昧でしんどくない、具合のいいあたりをふらふら漂うぐらいが一番生きやすいのかもしれないな、人間ってのは。その加減が分かんないから、みんな右往左往してるんだろうけど。――俺だってそうだよ、当たり前だろ。未だに分からないことばっかりだし、できないことだって山程ある。それでも自分がそれなりに満足できるように、あれこれ頑張ってるってだけでさ。……辛いとかは別にない、そういうもんだからな、大概は。
じゃあ、今夜は分かりやすい話をするか。……まあな、これまで難しい話なんかしてないだろって言われたら、そうだけどさ。怖いかどうかったらそれも微妙、それなら何だったら……変な話、なのかね。まあ、いいんじゃないのか。
部屋の明かりを消すと、声が聞こえるんだって。だから、日によって寝る部屋を変えてる。だってうるさいから。
そう、そんだけ。シンプルだけど、変だろ。知り合いの……加藤さんが住んでるマンションの話だ。一人暮らしで1LDK、ダイニングキッチンに和室洋室バルコニー有りの優雅な生活をしてるんだけど、そこの和室と洋室がそういう仕組みなんだって。
昼間は何ともない、夕方も雨が降ってなければ大丈夫。夜になって外が真っ暗になって、ベランダのコンクリートの床がべったり一面墨汁でもぶちまけたくらいに黒々と染まる夜更け頃、部屋の明かりを消すと、聞こえる。
和室か洋室、どっちかなんだってさ。日によって声の聞こえる部屋が違う。風呂場や台所、ベランダで聞こえたことはない。居室として使ってる二部屋でだけ、暗くなると声がする。そんで声が聞こえる以外の何かしらが起きたこともない。
だから加藤さん、寝る前には今日はどっちだろうかって判断するんだって。照明切ってから布団に入って、しばらくじっとしてる。そういう日のときは、五分ぐらいすると何かしらが聞こえてくるんだと。
何が聞こえるかったら、独り言なんだって。やべラップ切れた、そういや米そろそろ、あーあーあー反則だろ今の折れよ骨を、あれ俺リモコンどこやった――一人暮らしで誰もいない、そんで何にも考えてないときに、口をついて出るやつだよな。話しかける意図とか特にない、目に入ったものとか思いついたものがそのまま口から垂れ流されてるやつ。男の声、なんだとさ。それ以外には特徴とかも特にない、駅とか歩いてれば似たような声は聞こえるけど、耳にも残らずにそのまま忘れて聞き流すような平凡な声。そういうのがぽつぽつ、けど延々と喋ってる。
声の聞こえる部屋でそのまま寝ても、実害はないんだって。加藤さん、一回試したんだってさ。ただ本当に延々と、夜明けまで部屋のあちこち――天井とか足元とか頭の上とか、そういう色んな位置からどうでもいい独り言が聞こえてくる。身の危険とこあそういうのはなかったけど、うっとうしかったとは言ってた。
だから声が聞こえたら、素直に部屋を移る。和室で聞こえたら洋室で、洋室で聞こえたら和室で。寝床がベッドか敷布団かの違いぐらいしかないしって言ってたっけ。だから、ちょっと変なことがあって面倒だけど何とかなってるし、不満もない。今年も契約更新するつもりらしいしね。家賃、相場より二割くらい安いっていうからそりゃあそうだろとも思う。引っ越しが面倒だってのもあるだろうけど……まあ、何にしたって本人がそのつもりなんだからそれでいいんだろ、多分。上手くやれてんだよ。
どっちかっていうと嫌だけど、微妙だろ。触られるとか茶碗が割れるとか、そういう実害があるならまだしも、ないから。声が聞こえるならそこの部屋を明け渡して、別の部屋で寝ればいい。それで不都合なく、相場よりは安めのお値段で住めるんだからお得だろ。
曰くっていうか、人死にはあったんだって。飲んで帰ってきて鍵が開けらんなくて、共用廊下でそのまま寝ちゃった人が凍死したっていうのが、七年くらい前。加藤さんが入居する前だし、不動産屋もちゃんと教えてくれたって。部屋じゃないから告知義務とかないんですけどって申し訳なさそうに、そのくせ微妙に目きらきらさせて話してくれたんだと。つうかあれだ、物件紹介のときに変なことがあるのも教えてもらってたそうだからね。この部屋だとお客さんの条件通りで家賃も安い、けどお化けみたいなものが出るし人も死んでます、って担当の人が教えてくれたって。ただ、教えてもらっても別に納得とかできないんだよな。その人が生前に住んでた部屋は階からして違うし、そもそも女性だっていうから――な、微妙に噛み合わないんだよ。だから、特に打つ手が思いつかない。お祓いとか供養のなんかしらとかをしようにも、死人と怪異に関連がないならやるだけ無駄だし。ずっと対症療法、その場しのぎで結構なんとかなっちゃうからそうしてるし、それ以上どうこうしようって気にもならない。いいか悪いかったらどうなんだろうな、俺もちょっと判断できない。だって今のところ誰も困ってないからな、不動産屋も
何で声の都合に合わせなきゃいけないんだってのは不満かもしれないけど、ルームメイトと暮らしてるようなもんだと思えばいいんじゃないのか。別に部屋を移ればそれ以上何もない、追っかけてきて殴りかかってくるような真似もしないんだから、行儀のいい方だろ。……まあな、同居人だっていうなら家賃払えよってのは、その通りだけども。こうは考えられないか、相場より安くなってる分だけ、そいつが既に払ってるみたいな方向ならどうだろう。入居時点で立て替え済み、永続割引みたいなさ。そうすると最低限の義理とか義務みたいなのは果たしてるとは見なせるんじゃないかな、って俺は思ってるけど。
そういやお前、八月の予定はどうするんだ。ほら、お盆。大学生ったら夏休みが長いのは知ってるけど、お盆に帰省とかはしないのか。地元で会いたい友達とか、そういうのが――いや、まあ、その辺はお前の勝手でいいやつだとは思うけども。別に帰らないならそれでもいいんだ、俺はほら、帰れそうにないからさ。父さんたちも子供の顔ぐらい見たがるもんだろ、多分。そりゃあ電車代とか時間とか、そもそも嫌になるくらいに混んでるところで長距離移動ってのが狂気の沙汰なのは分かるよ。たださ、顔が見たいとか会いたいとか、そういうのがあるのが家族みたいな……あれだよな、明確に数学の公式みたいな定義が出せないから、喋るとどうにもふわふわする。ただそういうのが多数派っぽいから、ぐらいのことしか俺としては言えないんだよな、どうにも。
ああ、俺は帰るかったら……そのへんはさ、いつもと同じだよ。ほら、お前と違ってもういい年だしさ。帰ったところでそこまで喜ばれないし、わざわざ藪をつついて蛇を出すような真似もしたくないし。会いたいやつがいるかったらそういうのも、っていうかそれこそこっちで事足りるからな。実家でお前と顔を合わせて兄弟水入らず、みたいに酒でも飲めるんなら結構ぐらつくけども……まあ、俺はこうしてお前と話せるなら、それで十分だから。寝る前のちょっとの間でも、会話があるとないとじゃ大違いだからさ。要はあれだよ、お前の兄としていられることが俺にとっては一番大事なことってだけで……そうだな、うん、反応しづらいこと言ってるよな、これ。
じゃあ、おやすみ。――色々喋ったけど、気にしないで早く寝なさい。ここまで夜更かしさせといて何を今更、ってのはあるけどな。明日も暑いし、睡眠不足は体に毒だから。
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