いざ本陣!

「梓様、一体どこに行ってらしたのですか? 奥様がお探しでしたよ」


 小烏らが相模家に入った途端、須藤と小室が飛んできて、一同と一緒にいる梓に問う。


「う……い、良いだろ別に。どこにいようと俺の勝手だろうが」


「勝手なわけねぇだろ。名目上、跡取り最有力候補なんだから」


 たじろぐ梓の後ろから、小烏が呆れた声で責める。そして、


「お約束通り、絵の調査に参りました。しばしの間ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


 小烏は2人に向かって頭を下げる。


 須藤は少し狼狽しながらも、何とか顔に余所行きの笑顔を浮かべる。


「えぇ、承知しております。奥様は蘭様とお話し中なのでお相手できませんが。……あら、春菜お嬢様。こちらにいらしていたんですね」


 ここで鷹月の影から顔を出していた春菜に須藤が気が付く。


 ぴょんと春菜は前に出ると、深々お辞儀をする。


「私も調査隊に志願したんです! お世話になりますね、須藤さん、小室さん」


「こちらこそ。小烏さん、今奥様方は応接間におられますので、できるだけ静かにお願いいたしますね」


「はい、承知いたしました」


 一同が玄関から入ろうとする時、杖をつきむっつりとした小室が、特に小烏をねめつける。


 そして、ふんと鼻を鳴らすと、


「昨日の今日でよく来れたもんだ。どれだけ面の皮が厚いんだかな」


 そう低く小さく呟く。


 昨夜の騒動の後で、何事もなかったかのように相模家を訪れた小烏に対して、嫌味を言わないと気が済まないようだ。


 しかし小烏はにこっと笑うと、自分の顔を突き出して、


「触って確かめてみますか? どうぞ」


 と、頬を指でちょいちょいと触る。


「この、ば、馬鹿にしやがって!」


 思わずかっとなり小室が拳を握る。


「ダメですよ、小室さん。この人、下手に触ると勝手に重傷を負って裁判沙汰になりますから。こういう性格悪い人間は、相手にしないのが一番ですよ。ね?」


 2人の間に鷹月が割り込み、小室の拳をそっと抑える。


 そっと、なのにその拳はそれ以上、上がらなかった。


 それに驚きながらも、鷹月の柔らかな笑顔と彼を案じる言葉に少し気を良くし、小室は拳を振り払うと先程と同じようにふん、と鼻を鳴らす。


「そうだな、お前らみたいなろくでなしとは関わらないのが一番賢いやり方だ」


 そう言って、腰を押さえながら1人廊下の先の使用人室へと消えていった。


 そんな小室を意にも介さず小烏は一同を振り向くと、


「それじゃ、気を取り直して調査といきますか」


 相模家内部を指さしながら、そう言った。


「この人、僕がいない時代はどうやって探偵やってたんでしょう……」


 ふてぶてしい所長を前に、鷹月は純粋な疑問を呟いた。





 使用人室、亡くなった千李の父の書斎、和室・洋室……。


 数部屋分の調査は、2時間以上に及んだ。


 小烏と鷹月だけであれば倍以上の時間がかかったと思うと、図らずも千李、春菜、梓の3人の手を借りられたのは、運が良かったと言わざるを得ない。


 その意味で千李が梓の助力を汲んだのは、英断だった。


 しかし、それも今や徒労に終わろうとしていた。


「いやー、見つからないもんですねぇ」


 皆が和室で疲れて座り込んでいる中、1人ぴんぴんしている鷹月が腕を組んで唸る。


「後はこれか」


 鷹月が懐から入ってはいけない部屋リストを出すと、小烏が手を伸ばす。


 貸せ、ということのようだ。


 昨日水をこぼしたせいで半分ふやけたリストを鷹月が渡すと、小烏は顰めた目で記載された部屋名を追う。


「これは……?」


 その最後でぴたりと目を止める。


 他の4人が小烏の手元を覗くと、最後の部屋の名前だけが滲んで判読しにくくなっていた。


「『蔵』でしょうか」


 千李が文字を判読すると、小烏が口の中で小さく復唱する。


「相模さん、ここを調査したいのですがよろしいでしょうか? 楓さんからは許可を取れば良いと言われておりますが、生憎お話し中のようなので」


 断る相手がいないと、その子である千李の許可を求める。


「えぇ、問題ないと思いますよ。私の知っている限り、見られて困るものはないと思います」


 千李は快諾する。


 すると、春菜と梓が思い思いにリストを指差す。


「えー、この書物庫とかのほうが怪しくない? 紙を隠すには紙の中だよ」


「いーや、納屋だね。館と繋がっているし、離れたところにある蔵よりも、こっちの方が手っ取り早くものをしまえるだろ」


 彼らは口々に怪しい部屋を指摘する。


「なら手分けをしましょうか。蔵は私と助手、書物庫と納屋は神谷さんと相川さん。……相模さんは昨日の今日で何があるか分からないので、我々と一緒に来ていただけますか?」


 タイムリミットとそれぞれの意見を考慮し、小烏がそうチーム分けをする。


「春菜さんと梓さんを一緒にして大丈夫ですか?」


 鷹月が警戒の視線を梓に向けると、彼は縋るように鷹月の足元に手をつく。


「だ、大丈夫です! 指一本触れませんし、不審な輩からも俺が守ります! 俺の肝臓を賭けてお嬢さんを守りますから!」


「安易に内臓を賭けるなよ。……まぁ流石に、本家のお嬢様に手を出すほど馬鹿ではないと思いたいが」


 横から小烏が言うと、梓はぱっと笑顔を向ける。


「あざっす、所長さん! 俺、頑張るんで! ぜってぇ見つけてやりますよ!」


 そう意気込む梓に、春菜もガッツポーズを作る。


「よぅし、一緒に頑張ろうね、あずにゃん!」

「あずにゃん!?」


 思わぬ呼び名に梓が驚いた顔をする。

 まるで百面相のようにコロコロと変わる梓の表情に、春菜は声を上げて笑う。

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