打ち上げ花火と夏
ミスターチェン(カクヨムの姿)
第1話「君がいた夏」
八月の終わり。太陽の熱が地面に染み込み、アスファルトがむっとした空気を吐き出している中、町は夏祭りの準備に包まれていた。
神社へと続く参道には、色とりどりの屋台が立ち並び、焼きそばや金魚すくいの
香り、綿菓子の甘い匂いが混ざり合って漂っている。提灯が風に揺れ、夜の帳が少しずつ降り始める。
その喧騒の中で、タカシは彼女──ユカリを見つけた。
紺地に白い朝顔模様の浴衣。肩まで伸びた黒髪は柔らかく巻かれ、金色のかんざしが耳元で揺れていた。小さな顔にぱっちりした目、少し高めの鼻、薄く紅をさした唇。そこに立っているだけで、まるで夏の景色そのもののようだった。
ユカリとは、同じクラスで席も近い。毎日挨拶を交わすし、昼休みにはたまに
一緒にパンを買いに行くような関係。でも、それ以上には進まない。
タカシ(……やっぱ、似合うな)
声には出せなかったその想いが、心の中で何度も繰り返された。
ユカリは金魚すくいに夢中だった。紙が破れて水をはじくたび、キャッと笑って、濡れた袖を振る。無邪気な仕草、横顔、そして何気ない笑顔。
タカシ(綺麗だ)
そう思ったとき、彼女がふとこちらを見て微笑んだ。
ユカリ「ねえ、こっち来て。一緒にやろうよ」
タカシは黙って頷いた。けれど、その手を取る勇気は、まだなかった。
人混みの中、ユカリが嬉しそうに叫んだ。
ユカリ「あっ、友達見つけた!」
彼女は小走りに駆け出していく。
タカシ(……行っちゃった)
手を伸ばしかけたけれど、その手はポケットに入れてしまった。胸の中に
残ったのは、浴衣と髪の香り。そして、口にできなかった言葉だけだった。
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