④ウィリアムの嫉妬

あれからアレンとルーナは暗くなるまで部屋から出てこないことを心配して、私達がいる部屋にサラが声をかけてくれた。




そのおかげで、アレンとは一線を越えずに済んだ。



きっとサラが止めてくれなかったら、一体どうなってしまっていたことだろう。



ルーナはアレンを好きだったのかもしれないけれど、私はアレンに触れられただけでも嫌で、とても怖かった。



それに、貴族ってたしか結婚前までは処女じゃなきゃいけないんじゃなかったの?



それなのに、こんなに赤い痕を身体に付けられて。



大丈夫なの?




しかも、一週間後には初めて社交界に行くのに、これではドレスも着られないじゃない。


それに、抵抗できなかったからとはいえ流されるままアレンに身体を任せてしまったのも良くなったと思うのよ。



私はアレンのことなんて、なんとも思っていないのだから。


「ルーナお嬢様、先ほどは、呼ばれてもいないのに勝手に声をかけて申し訳ありませんでした。」



湯浴み中、サラに謝罪される。



「いえ、サラが助けにきてくれなかったら今頃どうなっていたか…

急に、アレン様が豹変してしまって抵抗なんてできなくて助かったわ。」



ルーナはアレンに触れられていたことを思い出すと恥ずかしい気持ちよりも嫌な気分になる。


知らない男の人に襲われるってかなりの恐怖なことだし、アレンがしたことは強姦のようなものだ。


それにルーナの同意もなかったのだから。


私の力だけでは、抵抗なんてできなかったけれど。


もう触れてほしくないし、アレンを気持ち悪いとさえ思ってしまう。




「それならよかったのですが、旦那様にもアレン様とのことを報告したほうがよろしいでしょうか?」



「お父様にはまだ言わないで。」



「ですが…まだ婚約も済ませていない殿方がお嬢様の肌に触れるなど許されることではないですよ。」




「そうよね。

でも、まだアレン様はこのままグレン家に滞在するとおっしゃっていたのよ。」


「そんな…なぜです?」


サラは複雑な表情をみせる。




なぜって、それはこの天候のせい…


「サラ、仕方がないのよ。外は雪がすごいでしょ?」



今夜は、雪が吹雪いており馬車なんてとてもじゃないが、動かせそうになかった。



「だから、せめてアレン様が帰ってから伝えてくれないかしら。」


サラはまだ納得していないのか、一人でぶつぶつと怖い顔でなにか言っていたようだ。



ルーナはもう気にもせず湯浴みを済ませると、寝室に向かった。


「ルーナ。」


その途中、アレンが私を呼ぶ声がして振り向くと、アレンがルーナを抱き寄せてきた。



さっきまで、アレンに触れられていた感触がまた蘇ってくる。



…怖い。



「私に触らないで下さい。」



ルーナはアレンを押して放すと、叫びに近い声をあげた。



すぐアレンを突き放したのに、またこちらに向かってくる。



ちょっと…逃げられないかも。




そして、アレンに手を捕まれると同時に唇が重なって。


んッ。



アレンも入浴したのだろう。

自分と同じ香りがして息が苦しくなる。


「やぁ。」


息ができないほどの深いキスになると、ルーナはもう抵抗もできなくなっていた。




なんども唇が重なって頭が麻痺していく。


もう流されないって決めたのに。




「ルーナお嬢様、どちらにいらっしゃいますか?」


「ルーナ様。」


遠い場所から、サラと従者のケイトがの声が聞こえて、アレンと身体が離れた。



「サラ、ケイト、私は階段の近くにいるわ。」


その隙に、サラ達に助けを求めた。


アレンは、サラ達の名前を呼ぶルーナを呆然と眺めている。


まさか私が、サラ達を呼ぶとは思っていなかったのだろう。




チッ。


「今日は、ルーナと一緒に夜を過ごすつもりでいたのに。」


なんて呟いていて。






いやいや、私達まだ結婚してませんし。

それ以前に、アレン様から求婚すらされてませんけど。



「なんの騒ぎ?」




サラとケイトが階段近くまで来ると、ルーナの従兄のウィリアムが二人の様子を一緒に覗き込んでくる。



「あの、ウィリアム様。

これはですね…」




そこには、ルーナとアレンが見つめ合っている姿で

アレンが詰め寄ってるようにもみえる。




サラやケイトとは違って、ウィリアムはその様子に興味津々だ。




「ねぇ、あの方ってヒューズ公爵家のアレン様だよね?」



ウィリアムは、ルーナの父親の妹の子供で、ルーナとは従兄同士である。



ルーナの二歳年上で18歳。


同じ銀髪で、年齢よりも少し幼い印象だが、兄妹のように育ったのでルーナにとったら兄のような存在だ。




ウィリアムは小さな頃に母親を亡くしていて、5歳の時にグレイ侯爵家に引き取られている。



それは、叔父がウィリアムを侯爵家に預けたまま失踪してしまったからなのだが、未だにシーズ伯爵家の叔父は見つからないままである。




ウィリアムは、小さな頃からルーナを妹のように可愛いがっているので、アレンとの様子にウィリアムはなぜか手がワナワナと震え出している。



「えぇ。

あちらにいるのがヒューズ公爵令息です。」




サラの眉間には皺が寄っていて、今にも飛び出しそうな勢いだ。





「へぇ。珍しいお客様だね。

よくあの叔父様がルーナに会わせるのを許したじゃないか。

それに、夜まで滞在させるなんて今までなかったことでしょ?」





ウィリアムは手に力が入って、手のひらからは血が滲み出ていた。




「ルーナ。」


ウィリアムは、ルーナをアレンから引き離すように腕を掴むとアレンの前に立った。



「お久しぶりです。

アレン様。

ルーナになにか御用ですか?」



ウィリアムが来たことによって、アレンは鋭い眼でウィリアムを睨みつける。



「ふっ。」



そんな二人の様子になぜかルーナは笑ってしまった。



「ルーナ、なにがおかしいの?」



ウィリアムがルーナの腕を絡ませるようにして尋ねると、



「ルーナに触れるな。」


アレンがルーナをウィリアムから奪い取るようにすると、また抱き寄せた。



「アレン様は、ルーナから離れてください。」



ウィリアムはアレンに抱きしめられているルーナの姿が気に入らない。



なんだ、この感情は…


俺は、ルーナの従兄として、兄として小さな頃から一緒にいたから妹が取られるのが嫌なのだろうか。


このどす黒い感情にウィリアムも戸惑う。



それにルーナがアレンに抱き寄せられて真っ赤な顔をしていることにイライラする。



「ウィリアムお兄様、私はもう部屋に帰りたいわ。」



そう言って、アレンから逃れられないルーナが手を差し伸ばして自分に助けを求めるルーナがなぜかとても可愛くて、仕方がなかった。




「ルーナも部屋に戻りたいと話しておりますから。

さぁ、ルーナ戻ろう。」


ウィリアムは今度こそ、アレンからルーナを引き離すとルーナをお姫様抱っこのように抱きかかえた。



「なにをするんだ。

ルーナは、俺が運ぶ。」


けれども、ウィリアムはアレンの手を振り払うとアレンを無視して歩き出した。



「ウィリアムお兄様、一人で歩けますわ。」


だけど、ウィリアムはなにも答えずルーナを部屋まで運び入れる。



その間、アレンはサラやケイトに取り抑えられながら、引きずるように部屋へ返されたようだ。


それから、アレンはかなり怖いオーラを出していてケイトが怯えてしまったようだとサラが後から教えてくれた。



「ふっ、あはは。」



ルーナは部屋に戻されるとまた思い出したかのように笑ってしまった。


それに対して、ウィリアムは怪訝そうな顔をしてルーナを見ている…



なぜ笑ったかって?


だって、それは、ルーナを若い男達が取り合っているから。



しかも、なんていったって二人ともイケメンよ!



そんな恋愛小説のような、ドラマのような展開にみのりは物語を見ているような気持ちになってニヤけてしまったのだ。



日本にいた時だってこんなことはなくて、なぜかドキドキしてしまう。



「ねぇ、ルーナはアレン様が好きなの?

だから抱きしめられて喜んでいるのか?」


ウィリアムの顔が歪む。



「そうね、"ルーナ"はアレン様が好きね。

だけど、私はアレン様よりもウィリアムお兄様のほうが好きかな。」


小さな声だから、ウィリアムには聞こえなかったかもしれない。


恋愛感情ではないけれど、みのりはウィリアムのほうが好みのタイプだ。



「は?」


ウィリアムにもルーナの声は聞こえたらしい。


意味がわからないというような顔のウィリアムは、いつもより一層幼くみえる。



「その…アレン様も私のお兄様みたいにって思っているの。

だからウィリアムお兄様もアレン様も同じくらい好きだから。」


そう言って、ウィリアムのほうをみて微笑むとウィリアムは右手を口に当てて真っ赤になっていた。






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