第14話 隙があって何か
時空を操るのに長けた魔女がいる。この魔界の所属ではなく、星見あるいは管理者を名乗る集団のひとりだ。時間を操るなどという力があれば管理者を名乗るのも無理はない、ただ本人は時空の魔女と自称するので、魔女と扱われている。魔界には時間の理論と技術はあっても、魔術として精通し中身を暴く者はいないというか、そのような脅威が人格を持っていて同じ次元で話をすることがない。あらゆる時を流離いながらニンゲンであることにこだわる少しレアな彼女が我々に付き合ってくれている。名前はアルモレナーラ・ソラチノ。
どちらかと言えば苦手だ。
「珍しいヒトが呼び出してきたじゃない。あなたって、ええ、魔王陛下の近衛兵ね」
魔女らしい三角帽子とらしからぬ胸元の大きく開いた服、扇情的な服に合わせた真っ赤な口紅とアンバランスに可愛らしい印象の丸い目。このセクシー路線女の時と、八番のようにヒト懐っこく明るくテンションが高いギャルめいた時とがあり、別に二重人格とかではなく折々の気分で性格が変わっているらしい、というのがまず苦手なところである。
「そう、王命で調査している事柄で、過去を差し替えたらどうなるか確認したい」
魔王城の薄暗い小部屋に魔女を招いて、いまは卓の両端で向き合っている。薄暗くて誰も使っていない小部屋は無数にあるが、アポイントメントを取り付けた時「誰も使っていない薄暗い小部屋で待っていて」とかよくわからない指定で落ち合ったのだ。サシで話すのは初めてだった。
「ふうん、因果を操作したいの」
聞いてくるなんて魔族なのに真面目、と言い、少し遠くを見る目で。
「どんな過去なの」
「河童が寺を焼くのを、代わりに自分が焼きに行く」
「んん、いいことがあるわけ?それ」
無論これよりいい解消方法があるならご教示願いたいものだ。あらましを詳しく適当に説明した。
「それで因果の因を操作しようというのね。お気軽に時間を操作するんだから」
「一応『こう』しているだろう」
「いい?毎回説明してるからあなたにも説明します。明日あなたが地獄の門を通って河童の代わりに寺を焼いたとする。あなたというヒトが実行するからこそ。あなたの固有時間で1時間後に寺を焼いたなら、魔界でもあなたが門を通って1時間後に、そして共通の時間で進む1989年の某世界でも対応する時間から河童のワープは収まるでしょう。もし河童の指紋がついた遺構があったとして、今日確認したら河童の指紋がついているけど、明日その時からはあなたの指紋がついている。でも昨日指紋を確認した人には河童の指紋がついていたという記憶が残っている世界よ。じゃあ、どんな心配があるでしょう」
魔女は無駄に手を取り説明してくる。別に構わないのだが、河童の指紋ってなんだ。何百年前の指紋が残ってるとかもあり得ないが腰を折っても仕方がない。
「そのせいで生まれなくなるヒトがいたら」
「そうね、寺を焼くヒトが変わって河童がワープしないようになるんだから、誰かの親を殺したりしたら子供もその時からいなくなるはずよね。やりたい放題ね」
「急に誰かが居なくなってしまうことで混乱が生まれたり」
「ヒトは混乱するでしょうけどまあヒトが混乱したって些事よね」
先日もあった気がするが、タイムパラドックスで起きる人間の混乱を些事にする宗派があるのか?
「だから私はそうした方が良いとも悪いとも言わないけれど、あなたは誰かの親を殺しに行くんじゃなくて誰かの代わりに寺を焼くのよ。いい加減なこと言うけど、あなたと同じように時間を操作しようとする別人がいたっていいでしょ。この世界の過去が一秒ごとに私も与り知らないところで挿げ替えられ続けてもいい。だからこそバタフライエフェクトみたいなものって気にしなくていい。簡単にかき消えない因果だけが残っていくのが当然だから」
少しは過去跳躍を考えたことはある(こんな場所なら誰だって考えるだろう)自分は少し考える。
「因果が収束するというようなことか?」
「いいえ。世界とか法則はそれぞれの事象の結果に興味ないんだから。観測した時に結果が確定するの。たとえ今日あなたの父親が誰で明日誰になっていたって、観測するまで確定しないし、結局のところ全員死んでるんだから、もうあなたにとっては知る意味もないでしょう」
一瞬、何も言葉が出なくなる。調子が出ないので机を叩いて音を上げる。
「ヒトで遊ぶな」
「色々考えたことがあるでしょう」
「誰も彼ものぞき見してるのか?」
彼女はゆっくり首を横に振る。
「一方的に見ていてごめんなさいね。あなたの来世に頼まれたことがあって、つい」
地獄生まれに来世なんてあるのか、嫌な話だ。もう十分今生でやっているのに。
それはともかく、変わる内容を気にしなくて良いか悪いかを判断するのは彼女でも自分でもないはずだ、他の誰でもない。だから過去への干渉はご法度なのだな。いずれひとつの出来事に拘泥する生き物になってしまいそうだ。
「やっていいと思うか?」
「私は良いとも悪いとも」
「あんた結構……もし、俺が自分の過去に赴いて生まれないようにするって言ったら、止めるタイプだろ」
魔女は片眉を上げた。
「……ものは思うもの」
「逆に言えば、あんたの価値観ってすごくニンゲンだし、だったら良いとも悪いとも言わないってことは、問題ないと俺は思うね」
向き合って魔女は黒い瞳を向けてくる。化粧に合わない丸っこい目。
「自分殺しねえ、きっと私止めると思うけど、ヒトの自由意思が何かの法則で制限されるなんてことないのよ。それで、あなたがそう思うのは、自然なあなたの意思だから。今実行していないのは因果の収束とかいうことじゃないの、あなたが別に自分を殺したくないだけ。残念かもしれないけれど。あなたが何を思って実行するかに見えない意思なんて介在していない。つまり自分で責任持ちなさいね」
余計なことをべらべら喋る魔女だ。余計なことを言っていたのは認める。
つい手で顔を覆ってしまう。やはりこういう時は火傷の跡がちりちりと疼痛を発していて、抑える手の方も妙に力が入る。用は済んだのだから立ち去ってしまえばいい。河童のことはもうやろうと決めた、関係ない水を向けられていちいち動揺してもキリが無いのに、知りたい。
「来世と言うのなら……俺はどう死ぬ?」
どちらかが何かを口にする前に、薄暗い部屋の戸が勢いよく開いて薄明るい程度の光が差した。振り返るまでもなく軽薄そうな声がする。
「ねえ!蟹が行っちゃったよ!」
相変わらずインパクト部分しか話さないやつだ。
「寺を?」
「門のとこで……」
短足悪魔は宙に浮き、自分と同じくらいの目線で忙しなくしている。慌てて来た様子の割に楽しそうに口角を上げていかに地獄の門で奇妙な蟹が門番の爺さんと問答していたかを語る。
「そこの魔女のヒトも来る!?」
クリネラが奥に呼びかけると魔女は緩々と首を振った。
「結論は出て話は終わったところ。でしょう?お暇するわね」
促され、何も言わず頷く。
派手ではあるが慎ましく、その場で空間を歪めて裂いて魔女は退室した。悪魔が口を半開きに呆気にとられて見送っている。
「いいの。こんな簡単に出たり入ったりで」
「べつに簡単じゃない」
話を戻す。
「それで、蟹は」
「行かせた。あんたに話つけたくて。どうする?同時刻に向けて時間遡行する?」
「後出しの方が強いだろ、多分」
「いや向こうもやり返してきたら自分らの連続性がズタズタ、同じ時間軸上で戦ったほうがいいだろ」
「なるほど」
蟹が何かしらやり終えた後に上書きする形で改編しに行けばいいかと思ったが、蟹を黙らせるまで改編合戦になるのは何となく不味いことになりそうなのはわかる。決定的に決着をつけるという必要があるかもしれない。
「蟹は具体的には何しに行くって?」
「彼の善悪基準的に燃やすのを止めるんだろ、そこまで聞いてないよ」
悪魔は頬を膨らます。普通は繊細にやるべき過去改編に慌てて向かうのも気がかりだが、あの蟹はどう対処しても面倒な感じもする。いらないトラブルにため息が出る。
「わざとらしいの」
わざとらしいふくれ面をしたやつに見咎められる。とりあえず王城の外へ向かいがてらに話を進める。
「ヒラちんはどうする」
「あー、無理だな」
別の探索任務で城外に派遣されている。河童より余程重要度が高い任務に。
「いつも一緒じゃあないんだね」
「色々積ませないと。俺は特殊なやつばっかりだし」
「カッパとか」
「そう」
無駄に巨大な鉄扉を備えた大エレベーターに乗り込んで三階へ向かう。無論、三階くらいの窓から屋根に出て降りてしまうのが外に出るには一番早いからである。五階でも十階でもいいが羽根がない自分には厳しい。エレベーターの扉が閉まるなりクリネラが右腕を掴んでこようとして、どうということはないので掴まれる。
「ねえひどい顔してたじゃない」
舌打ちが出る。
「知らん」
「あんな隙だらけでいいの」
逆にどう思われているか知らないが、強いて隙を隠して生きているわけでもない。
「隙があって何か?」
「あんたって死にたいの」
「そう」
彼の手は右の手首を滑り下りて手のひらが重なり、にわかに握りしめていわゆる恋人つなぎ、と言うにはばかに強く力が入っている。握力10くらいしかなさそうなのに骨にヒビを入れるかというくらい痛く、ダメージを入れたいのか手を繋ぎたいのか何なのか。
「痛いんだが」
「優しくしたら握ってていい?」
「もう着くからやめろ」
話していると到着のチャイムが鳴り扉が開いた。目の前に赤髪の悪魔、アルメニが立っている。手をがっちり握られているところなどを一瞥された気配がある。
「職場でいちゃついて……」
自分たちは降りて、彼女は乗りながら。
すぐにエレベーターの扉を閉められる、閉まり際
「気色わる」
昇っていった。
「あっ、しまったな、あいつ炎の悪魔なんだから放火のやり方とか聞けばよかった」
「そうだな」
しっかり罵られておいてペースを乱されることもなくそんな感想が出てくるのはもしかすると優れた悪魔の片鱗なのかもしれない。思い切り右腕を振って掴まれていた手を振り払う。なにしろ歩きにくい。今から窓をくぐって屋根を歩き外に飛び降りるのだから。最も早い魔王城からの脱出ルートである。
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