【第三話】戦う為の力

 魔石とは。

魔獣の中に焼き付いた魔導回路に沈着したマナの結晶である。

この為、魔石を得ようとすると、魔獣を倒して結晶を取り外さねばならない。

 不思議な事に沈着した結晶は、魔法の元素によって物理特性が異なり、様々な宝石のそれに近くなる。

例えば火属性の元素に晒されたマナの結晶は、カットすればルビーと同じ色と輝き、そして硬さを持つのだ。

 また、天然のルビーとの違いは、未加工でも魔法を放つ触媒となる点であろう。

 この為、魔獣を狩り、大きな魔石を得る事は、手っ取り早く儲かる方法であり、その目撃情報だけでも上手く交渉出来れば大きな収入となる。

その為、様々な冒険者が魔獣を狙って目を光らせているのだ。


「つまり、じゃの道はへびという訳だな。冒険者のネットワークと、騎士団への陳情ちんじょうを総合的に分析すれば自ずと魔獣へとたどり着くのだ」


「それは勝手に分析して大丈夫なのですか?」


「なに、共同研究機構は冒険者組合や現地騎士団とは政治的に相互不干渉である代わりに、情報は公開し合うのがならわしでな。気にする必要はない」


「分析によればいくつか魔獣らしき情報があります。早速向かいますか?」


 既に分析を進めていたのか、メイン計算機を操作しながらアンが問いかける。


「いや。実戦装備の実装が先だな。それに……」


「それに?」


 ロイドの質問にワイズマンは、白衣を枕に寝息を立てるシルビアに視線を向けあごで指す。


「シルビア嬢をお送りしないといかんからな」


「そうですね……」


「むにゃむにゃ……」


 スヤスヤと寝息を立てるシルビアを抱えると、ワイズマンはロイドを伴って天啓騎士団の詰所へと向かった。

サボっていたシルビアが騎士団長に大目玉を喰らったのはいうまでもない。


◆◆◆ ◆◆◆


 一晩明けて、実用試験を行う事を研究員達に告げた後、協力してロイドに実戦装備を実装した。


「実験中に外していた実戦装備を実装した。具体的には腰部リングユニットと転送ユニットだな。使える様になった機能に関してはマニュアルデータを参照してくれ」


 ロイドの腰後ろのラッチにまるで指輪の様な金属のベルトが装備されていた。

腰の左右には宝珠のはまった円盤型の装置がベルトに固定されている。

転送ユニットはロイドの胸部内部のスロットに実装された為、外見上は特に差違は見られない。

 無事に実装が済み、軽い動作テストを行った後、ワイズマンはデータ分析などの仕事を研究員達に与えた。

そして、ワイズマン達は、教員室に向かった。

 教員室に着いたワイズマン達は、早速任務ミッションのブリーフィングを行う。 


「沿岸部の漁村エリアで大型魔獣によると思われる海難事故が多発している……。今回の任務ミッションは現地に向かい、原因の魔獣を撃破する事で魔石を確保する事だ。冒険者組合と現地騎士団へはこちらから連絡を入れてある。現地に着いたら、現地人員と協力し沖合へと急行。目標を撃破せよ」


「私達はマナ通信でここからサポートしますけど、現地のマナの状況によっては通信や転送が阻害されるわ。十分注意してね」


「了解。任せてください」


 そう言うと、ロイドは部屋のすみに設置された薄い円盤状の台座の中央に立つ。

近い位置の水槽にいるアンが石板タブレットを操作してゆく。


「各種計算開始……。安全閾値あんぜんいきちグリーン。転送開始……三、二、一……転送」


 転送装置が光を放ち、ロイドが入れ替わりに姿を消した。


◆◆◆ ◆◆◆


 見渡す限りの青。

照りつける太陽が肌を焼く。

指定された場所に集まった四人は所在なく潮風に当たりながら水平線を眺めていた。

 集合時間も間近となり、中年の男性が懐から懐中時計を取り出す。

約束の時間まで、三、二、一……。

 直後、マナが収束し、光の球が空中に出現する。

光の球に落雷の様な閃光が直上から貫通すると、たちまち光が三頭身の人形ゴーレムの姿になった。

そして、ロイドが姿を現す。


「来たな……」


 中年の男性はニヤリと笑みを浮かべると、少々驚いた様子の三人の若者の女性とロイドに近づいて来た。


「君が共同研究機構のロイドくん? 思ったより早かったね」


 黒髪で短い癖っ毛の元気一杯の少女が声をかけてくる。

重戦士なのか、青い鎧を着込んでおり、その上で大盾を背負い、片手剣を帯剣していた。


「……軽く自己紹介してさっさと出るぞ」


 金髪で長髪、目つきの悪い少女が言葉みじかに黒髪の少女とロイドを急かす。

赤い革鎧に細身の刺突剣レイピアを帯剣しているだけの剣士の様だった。


「そしたら、私達から。冒険者のクエスよ。こっちがロゼ、そしてルクスよ」


 黒髪の少女はクエスと名乗り、金髪の少女をロゼ、茶髪の少女をルクスと紹介した。

茶髪の少女は紺色の外套を着込み、連弩れんどを二丁背負っていた。

連弩れんどとは、連射可能ないしゆみであり、非常に強力な遠距離武器である。


「コイツらは冒険者組合と騎士団側の見届け人だ。まぁ、ハイエナの様なもんだ」


 中年男性が野次を飛ばす。

ハイエナと評したのは、ロイドが今回の討伐対象をらした場合に備えた、予備戦力であるからだ。

 これに対してルクスがブーイングをする。


「失礼しちゃうなー! こっちは正式な見届け人なんだぞー!!」


 不満げにブーたれるルクスに、クエスは愛想笑いを浮かべ、ロゼは我関せずとばかりに無視を決め込んだ。


「俺は共同研究機構、海洋研究開発部のシモンズだ。ロイド、お前を確実に最速で沖合に連れて行ってやる」


 そう言うと、シモンズは右手を差し出した。


「ロイドです。よろしくお願いします」


 ロイドはその手を取って握手をした。

続けてクエス達にも握手を求め、クエス達もそれに応じた。

 その様子を見届けたシモンズは、懐中時計の文字盤をタップすると、文字盤から表示が変わり、気圧配置が図表される。

懐中時計型の石板タブレットでひとしきり周辺海域の情報を収集した。


「……沖合は時化しけていそうだ……。報告によれば、時化しけに巻き込まれたという通信を最後に行方不明になっていると聞く。目標ターゲットを持っている可能性がある。注意しろよ」


 ロイドとクエス達は頷き答えた。


「そら、コイツが海洋研究開発部自慢の高速巡視艇だ。海ならコイツに任せてもらおうか。さぁ、乗った乗った!」


 シモンズが指差した方角には三十メートル程の船が係留されていた。

船体にはシードラゴンの銘が刻まれている。

 一行が足早に乗り込むと、それを確認した水夫達が素早く係留を解き、錨を上げた。

タツノオトシゴに由来する名前に反して凄まじい加速力で港を離れるのであった。


◆◆◆ ◆◆◆


「うへぇ、凄い速度なのに船体が異常に安定してて気味悪いや。どういう仕組みなんだろ」


 ルクスがブリッジの窓にベッタリ張り付きながら感嘆の声を上げた。

 外は凄まじい時化しけで波がうねり、雨粒が滝の様に降り注いでいるにも関わらず、船の大きさの割には揺れず、凄まじい加速を保っている。

そして、窓も雨水を弾き飛ばし、視界を良好に保っている。

まるで大船の様であった。


「……黙って乗ってろ。その内舌噛むぞ、ルクス」


 手すりに掴まっているロゼがルクスに注意を促した。

ルクスはその苦言を聞き入れたのか、渋々といった様子でロゼの隣の手すりに掴まった。


「それにしても凄い船だ……これがいっぱいあれば多くの人が助かるに違いない」


 クエスは船の性能に唸った。

素直に自身の船を褒められ、シモンズは上機嫌で答えた。


「いや、案外そうでもねぇ。実験用だから安定してかっ飛ぶ上にのよ。一般にお出しするにはまだ金と時間が要る。ま、そこのと同じく今はまだなのさ」


 自嘲気味の軽口だったが、端々にそれが誇りだと言わんばかりに顔は破顔していた。

その様子を不思議そうにロイドは見つめていた。


『ザザ…… 警告!! 巨大なマナの反応を探知! 直ちに戦闘態勢に移れ!』


 アンのマナ通信が警告を発する。

ロイドのマナ視覚センサーも大きな反応を捉えていた。


「シモンズさん!」


「分かってる!  デッキへ出て戦え! 距離はなるべく維持するが、あまり期待するな!」


「了解! お願いします!」


 そういうが早く、ロイドはメインデッキに向かって走り出した。


「おら! ハイエナども! お前らも仕事だ!」


「……言われるまでもないわ」


 ロゼは答えると、クエス、ルクスを伴ってメインデッキへと足早に向かっていった。


◆◆◆ ◆◆◆


 メインデッキはバケツをひっくり返したような大雨に、横殴りの風がうなりをあげていた。

しかし、シードラゴンの周囲は魔法による波の制御によって海面だけはいでいる。

 メインデッキへ降りてきたロイドは周囲を見渡す。

すると、シードラゴンの左舷海面が持ち上がり、巨大な怪生物が現れた。

 漏斗ろうとの様な胴体に三角のえんぺら、巨大な二つの目に無数の触手。

一際太く長い二本の触腕しょくわんがシードラゴンを狙っている。

クラーケンだ。

 烏賊イカの特徴が強く出た大型の魔獣の様だった。


『ロイドくん、私たちは立場上君の仕事は手伝えないけど、船の守りは任せてくれ。


 マナ通信でクエスがロイドに声をかけ、クエス達は戦闘体制に移った。

大盾を構え、片手剣を抜き放つ。

そして複数の魔法を自身に唱えているのが確認できた。


『うひぃ、おいでなすった! ロイド、パパッとやっちゃってくれよ!』


 二丁の連弩れんどを抜いたルクスがロイドを急かす。

ロイドは頷き、答えを返す。

 メインデッキ上の動きを察知したのか、嵐の勢いが増した。

やはりこの時化しけはこのクラーケンの能力によるものだったのだ。

 ロイド達を横殴りの雨が凄まじい勢いで叩きつけてきた。

視界は奪われ、数メートル先も見る事が困難となっていた。

 しかし、複数の視覚情報を処理可能なロイドには大した問題にならない。


「まずは小手調べ……スパークシュート行使!」


 複数の雷球を手のひらから発生させると、ロイドはその雷球を蹴り飛ばした。

スパークシュートは中、遠距離に適した技である。

乾いた炸裂音を上げて雷球が正確にクラーケンの胴体に着弾した。

 うめく様に触手をもだえさせると、クラーケンは海中へと消えた。


『お! いいねぇ! もう倒せたんじゃあないの!?』


 能天気なコメントをするルクスだったが、その姿勢は未だ戦闘体制のままだった。

嵐はまだ去っていないのだから。


『馬鹿いうな! 魚群レーダーに影あり! こっちより遥かに早い! 引き離せねぇ!』


 シモンズのマナ通信が悲鳴を上げた。

ブリッジの魚群レーダーがクラーケンの位置を知らせる警告音を発する。


『水中で水を吐いてこっちより早く?! マズイ!! 面舵おもかじいっぱい!!』


 水中から凄まじい勢いで船体に組み付こうと襲いかかるクラーケン。

シードラゴンが思いっきり右側にドリフトして回避を試みるが、間に合わない。

 クエスが割って入ろうとデッキの手すりに足をかけるのをロイドが制止する。

直後ロイドはタイミングを見計らうと、海中へと身を投じた。


「ライトニングシェル行使!」


 雷光を放つ光の壁が、クラーケンとシードラゴンの間に発生する。

クラーケンは光の壁に触れると凄まじい電撃に襲われ、身をよじりながら光の壁から離れようとする。

 ロイドは間合いが空いたことを確認すると、腰部円盤ユニットを起動した。

せり出した射出口からワイヤーアンカーが発射され、シードラゴンの手すりに引っ掛ける。

瞬時に巻き戻されたワイヤーによってロイドの体はメインデッキに躍り出た。

 ライトニングシェルがよっぽど痛かったのか、クラーケンが海面で暴れ狂う。

乱雑に触手の先端から高圧の水流が発生すると、四方からシードラゴンに向けて襲いかかった。

 しかし、この魔法の水流も、ロイドのライトニングシェルで漏れなく防ぎ切る。


「……クエスより守備範囲が広いとは、驚きだな」


 ロゼが小さくこぼした。


『ロイドくん、このまま守っていても勝てない。攻めに転じてくれないか? 船の方は私に任せてもらえないだろうか』


『了解、お任せします』


 クエスの要請に従い、ロイドは攻撃に転じる。

大きめのスパークシュートを蹴り込むと、反応して触手が襲いかかった。

 メインデッキを跳躍するして船に被害が出ないよう間合いを調整すると、ロイドは手刀しゅとうかざし電気をまとわせた。


「エレキエッジ行使!」


 電撃の刃が右の手刀しゅとうに発生した。

四肢の任意の箇所にまとう事が可能な技だ。

接触した面の原子結合を強制的に切断する事で魔法金属以外の物質は真っ二つになる恐ろしい技である。

 流石に射程は短いものの、確実に触手を切断する事が可能だ。

跳躍と切断を繰り返し、船に殺到さっとうしていた触手のほとんどが刈り取られのだった。

 流石に触手を失いすぎたクラーケンはシードラゴンからの離脱を図る。


「逃げるつもりか!? エレキストリンガー行使!」


 腰の左右にある円盤部から射出口がせり出すと、二つのワイヤーアンカーがクラーケンに向けて飛び出し、突き刺さる。

その直後、凄まじい電撃がワイヤーをつたい流れ込んだ。

 あまりの激痛から逃れる為に残った触手から高圧水流を再び放つ。

しかし、ロイド狙いの水流は事で簡単に逃れられてしまう。

 シードラゴン狙いの水流はクエスの大盾と魔法に遮られ、失敗に終わる。

更なる追撃を図ってか、目眩しか、暴風雨は更に勢いを増すがロイドの攻勢を崩すには至らない。

 エレキストリンガーで断続的に内部から焼かれる様な苦痛にさいなまれていた。

電気の熱によってか、目のたんぱく質も白く濁り始めている。

 好機を悟ったロイドは、すかさず必殺の技を繰り出す姿勢に入る。


「サンダーパイル最大出力! スパークバンカー、行使!!」


 腰部ワイヤーを高速で巻き取りゼロ距離で、雷の杭サンダーパイルをロイドは打ち込んだ。

クラーケンの体内の水分が凄まじい高熱にさらされ、一気に水蒸気に変わった事で大爆発を起こすのだった。

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