【第二話】小人と人形の姉弟

 手短にテストを終えたワイズマン達は研究室に一旦戻った。

収集した数値をに入力する為だ。

どの数値も、想定していた値を上回っていたのだった。

 通常、上回っている分には問題ないのだが、この計画プロジェクトについてはそうはいかない。

原因を特定し、再度計算が合う様にしなければならないのだ。

 再び台座に戻されたロイドの周囲で研究員達は慌ただしく数値を入力し、その様子をワイズマンは緊張した面持ちで、シルビアは所在なさげに見守っていた。

そうして出た答えは、であった。

 研究室に目に見えない疲労感が漂う。

 その様子をみたワイズマンは大きな柏手かしわでを打つと、研究員達の注目を集めてから小さく咳き込んでみせた後、こう切り出した。


「ひとまず解散だ。各員思うところもあるだろうが、このタイミングで休憩するといいだろう。俺達は一旦教員室にいってくる。してくる必要もあるのでな」


 研究員達はその号令に従い、各々研究室から出て行く。

ロイドとシルビアはその様子を静かに見守っていた。

 ワイズマンは慌ただしく石板タブレットや書類をかばんに詰め込むと、ぼんやりしている二人に声をかけた。


「何をぼんやりしている。ロイドお前はこっちだ。シルビア嬢はこのまま解散でも……」


「あ、いえ、わたくしも行きますわ!」


「左様で……では急ぎましょう。あまり研究員達彼らを待たせる訳にはいきませんぞ」


◆◆◆ ◆◆◆


 一階にある研究室からほど近い階段を昇りしばらく歩いた先の暗がりにワイズマンの名前が刻まれた部屋があった。

ワイズマンはドアノブを握り込んで、小さく開け胡麻パスワードとなえる。

すると、閉ざされた鍵が開かれ、扉が開かれた。

 中は小さな魔力灯マナランプで照らされ、仄暗い部屋を暖色を所々照らし、最低限の視覚が確保されている。

部屋は二十五平方メートル程の広さで、高さは二.四メートル程あるのだが、あまり広さを感じる事は出来ない。

 その原因は、大きなテーブルと、本棚、そして本、本、本本の山

加えてテーブルの上にはびっちりフラスコ等の実験器具や薬液、金属の延べ棒、何かの残骸といったもので埋まっておりながらも、そのどれもが機能している事が見て取れた。

 部屋の端にはぼんやりと光る水槽と、書斎机しょさいづくえを照らす魔力灯マナランプによって浮かび上がって見える。

よくよくその水槽に視線を送ると、魚用の物とは様子が違った。

何かドールハウスめいており、見える範囲には何の生物の姿も見えない。

 加えて同様の水槽が部屋の各地に設置されており、それらが部屋中に伸びたガラス配管の様な物と繋がっていた。

配管には水槽同様ぼんやり光る溶液に満たされている。

 液体の流れる下に本があるのは何か狂っている気もするのだが……。

恐らく魔法による防護がされているのだろう。


「戻ったぞ」


 ワイズマンが声を上げると、奥の水槽の中にあったドールハウスらしき物の扉が開かれ、中から小人の少女が現れた。

 体に密着した水色のウエットスーツの様な姿で、液体に棚引たなびく銀髪と銀の瞳は人間離れした美しさをしている。

全長十五センチ程の小さなその少女は、お辞儀じぎして三人を出迎える。


「おかえりなさい、先生。いらっしゃい、シルビアさん。そして、はじめまして、ロイド。私の名前はアン。よ。よろしくね、弟くん」


 アンと名乗ったホムンクルスは、微笑ほほえんだ。

その声は水槽からではなく、部屋の放送設備から音声の形で発せられた。


「よろしくお願いします」


 ロイドは戸惑いながらも、会釈えしゃくを返した。


「あら? アンさんはわたくしを憶えてらっしゃったのですか? 一度、それも短い時間しか会ってないと思ったのですが……」


 シルビアが疑問に思い問いかけた。

アンは静かに泳いで配管を移動しながら語りかける。


「うふふ、ホムンクルスですから。生体コンピューターの私は、知識なら覚えられない事はありません」


 ホムンクルスとは錬金術で合成される人造人間である。

ホムンクルスは生まれつき知識を持つと伝えられる存在であり、ワイズマンは自身の補助や分析をさせていたのだ。


「ところでロイドの実験はどうでした?」


「その件なんだが……」


 ワイズマンはロイドの実験で数値が想定を上回った事、原因が不明な事を告げた。


「ではデータを石板タブレットに送ってください。解析してみましょう」


 かばんから石板タブレットを取り出したワイズマンは、アンの水槽に設置された石板タブレットに近づけると、マナ通信でデータを送信した。

データを受け取った水槽の石板タブレットを机の様にして、アンは操作して情報を読み込み、その卓越したホムンクルスの頭脳を駆使して計算を弾き出す。


「これは……スピリットバッテリー周囲の数値が微細ですが仕様と異なる事を確認しました。このパーツが出力の違いを生み出していると予測されます……。原因は依然不明ですが……いかが致しましょうか?」


「スピリットバッテリー? 確か補助動力に使っている全固体電池だ。そういえば、魂がどうとかレックスがいってたな……。そっちは調べておこう。他に何か問題はあるか?」


「現状では問題は無いものと考えられますが、原因不明なので引き続き分析の為、ついて行っても良いですか?」


「構わん。時間が惜しいので身支度みじたくは手短にな」


「了解です。では準備をしますので時間を少し頂きますね」


 そういうと、アンは素早く水槽でターンすると、配管へとするりと入り込む。

いくつかの配管、いくつかの水槽を中継し部屋の奥、ドールハウスのある水槽にたどり着くと、足早にドールハウスの中に消えた。

 ドールハウス内で手早く準備したのか、慌ただしい騒音を暫く立てたあとかばんらしき物を抱え出てきたアンは、再び上部配管に入り込む。

すると、今度は机脇に係留けいりゅうされた一メートル程の人形ゴーレムに繋がった配管に滑り込んだ。

 暫く間をおいて、人形ゴーレムの腹の水槽が淡く輝き出す。

内部のコックピットらしい物をアンが操作すると、係留けいりゅうが解かれ人形ゴーレムが動き出した。


「お待たせしました。それでは行きましょうか」


 人形ゴーレムからアンの声が聞こえる。

コックピット内の音声を外部に出力しているのだろう。

 ワイズマンは鷹揚おうよううなずくと、手元の石板タブレットかばんにしまい込み、視線で三人に退室をうながした。


◆◆◆ ◆◆◆


「そういえば、どうしてアンさんは最初から実験に参加してなかったのですか?」


 廊下を移動中、突如シルビアがアンに質問をぶつける。

確かにアンが最初から実験に参加した方が分析がスムーズに進んだろう。


「ロイドが起動する時のマナの干渉を避ける為ですね。私の人形ゴーレム人騎じんきの主動力のマナドライブが共鳴したりして事故を起こす可能性がわずかにありますから」


 アンは操縦桿そうじゅうかんを器用に動かして人騎じんきが腹を軽く小突いてみせた。

人騎じんきは本来は魔導甲冑まどうかっちゅうとも呼ばれ、人が乗り込む人形ゴーレムを指す。

 アンのそれは、非常に小型の特注品である。

ホムンクルスは培養液ばいようえきの無い環境下では長くは生きられない。

そんな彼女が自由に活動する為の鎧が、この人騎じんきなのである。


「ちゃんと対策しているから早々事故は起こらん。レアケースを事故原因として教えるな……。それより何より、ロイドのデータ取りのノイズになるので仕方がなくですな……」


「まぁ、一旦起動してしまえばデータを比較出来るのでノイズも問題ないのです」


 ワイズマンは自分の説明に割って入るアンをにらみつけつつ、鼻を鳴らした。


「姉としては弟の誕生に立ち会いたかったのですけどね」


 ワイズマンの様子を無視しつつ、アンは人騎じんきをクネクネと動かす。

ヤキモキとしていた心情を表現した様だった。


「いや、先程から姉とかいって何だそれは?」


 ワイズマンは呆れたように問い掛けた。


「同じ親から生まれたのですから、姉弟では? 弟、欲しかったんですよね……」


 初耳だ……、と小さくワイズマンはこぼした。

首を小さく左右に振って気を取り直しつつ、ツッコミを入れる。


「いや、そもそも小人ホムンクルス人形ゴーレムが姉弟っておかしいだろ。そもそも人形ゴーレムには性別ないし……」


「私は男だったのか……」


 ロイドがじっと手のひらを見ながらしみじみとこぼした。


「いや、だから性別は無いと……。まぁ、精神的にはどちらかに偏る可能性はあるが……うーむ……。好きに自認すればいいとは思うぞ、他人に迷惑をかけないなら」


 ワイズマンは複雑な表情をしながらフォローを入れる。

その言葉に何か納得したような表情を浮かべたロイドは、力強く答えた。


「では男で」


可愛いキュートな男の子……いいですわねぇ……」


 シルビアがうんうんとうなずく。

その様子を後方で腕組みしながらアンが見守っていた。


「……左様で」


 ワイズマンはそう返すのが精一杯だった。


◆◆◆ ◆◆◆


 研究室にロイド達が戻ると、研究員達がコンソールの前に揃って待機していた。

その様子にワイズマンは驚きながらも、時間がそれなりに経過していた事に気づく。

 すまないと声をかけながらロイドの台座前の定位置に移動する。

ロイドは台座の上へ、シルビアはワイズマンの横に、アンは壁面に設置されたメイン計算機の前へと移動した。


「アンの分析により、スピリットバッテリー周辺が原因の可能性が出てきた。よって、スピリットバッテリー周りを重点的に調査する。何か異論のある者はいるか?」


 ワイズマンの問い掛けに、異を唱える者は居なかった。

一通り研究室を見渡し、異論がない事を確認すると、続けてワイズマンは指示を出す。


「よろしい。それでは調査を開始する。ロイド、出力を三%からコンマ一%刻みで五秒ずつ上昇させ八%まで数値を取る。いいな?」


「了解」


 そうして再度実験が始まった。


◆◆◆ ◆◆◆


「で、結局原因不明のままだった、と」


 ワイズマンはそういうと肩を落とした。

 あの後、様々なデータを集め、停止状態や再起動も試して原因を究明しようとしたが、空振りに終わったのだ。

流石に研究員達を残して無駄に働かせる訳にもいかず、一旦解散となった。

 研究員達のいない研究室は静かになり、寒々としている様に感じる。


「スピリットバッテリーが原因という見立てが間違いだったのでしょうか……」


 アンはメイン計算機のコンソールで何度も数値を確認しながら、口元を手でおおい考える。

数値の微細な値は、確かにスピリットバッテリーが原因であると訴えていた。

しかし、肝心のスピリットバッテリーからの異常は検知できないでいるのだ。


「こうなると分解調査も視野に……。しかし一度起動したロイドを分解するのは……」


 そう、それはロイドの死を意味する。

流石に自身を狂錬金術師マッドアルケミストと自認するワイズマンであっても、その決断をできずにいた。

 そんな懊悩おうのうを知ってかしらずか、シルビアが言葉を発した。


「人事を尽くして分からないなら、


 目を閉じてそんな提案をするシルビア。

その尋常じんじょうならざる気配と違和感に冷や汗が一気に吹き出すワイズマン。

 そして、開かれたシルビアの瞳は藍色あいいろではなく、金色こんじきに輝いていた。


「なん……だと? 貴様、まさかのか?!」


 シルビアは神託巫女しんたくみこである。

神からの神託しんたくを聞く為に巫女みこの肉体に神を降ろすのが仕事なのだ。

 ワイズマンはシルビアが神託しんたくを受ける姿をが、存在のスケールが異なる事を体で感じ取り、これが神降かみおろしであると勘破かんぱしていた。


です。流石ですね、錬金術師。


「ふざけるな! 貴様の力など


「ではお節介だとは思いますが、助言だけ。。未来をうれうならを求めなさい。さすればおのずと道は開けるでしょう……」


「何!? 貴様、一体どういう意味だ!」


 ワイズマンは神を降ろしたシルビアに詰め寄るが、その直後に倒れ込んできた。


「シルビア! おい、しっかりしろ!」


「むにゃむにゃ……。役に立ったかしら?」


 シルビア受け止めたワイズマンは、シルビアがほぼ意識が寝ている事を確認すると、白衣を脱ぎ丸めて枕にする。

静かにシルビアを床に横たえると、寝言をむにゃむにゃと言いながら寝息を立て始めた。


「……さて、な。どうしたものか……」


 床にドカッと胡座あぐらをかいたワイズマンは思案を巡らす。


「先生、とは一体?」


 ロイドがワイズマンに問い掛けた。

乗り気ではないのか、眉毛をハの字にし、普段から深い眉間のしわをより一層深くした。


「……心当たりがあるにはある。四元素のいわゆる魔石の類だ。お前のかんむりめ込まれている物と同等品だが、はそれ程特別な物という訳でも無いのだが……」


 何故そんな物を求めよと神はいったのか、それが理解できないと、ワイズマンは怪訝けげんそうな顔をした。


のなら、私は探してみたいのですが、よろしいでしょうか」


「ロイド?」


「何か……がするのです。何かが変わる、そんな予感が……」


 ロイドは真っ直ぐワイズマンを見据えがある事を訴えた。

その真剣な様子から、暫く考え込んだ後に重い口を開いた。


「ロイド……。分かった。では実用試験としてロイド、お前に任務ミッションを与えよう。」


任務ミッション? 一体どんな?」


 ワイズマンは鷹揚おうよううなずいて立ち上がると、ロイドに視線を合わせ説明を始めた。


「具体的には魔石の探索任務だ。市場に出ている物を購入するとか、そういう話では無さそうだしな。魔石、その原石を求めるという事は、十中八九。魔石と魔獣は切っても切り離せない存在なのだ」


「その魔獣とは一体?」


 ロイドの質問にアンが近づいて答える。


「魔法を行使出来る獣を大きく魔獣と呼ぶの。代表的なのはやっぱりドラゴン類ね。今回の任務ミッションで何に出会うかは未知数だけど、最大限サポートするわね」


「いずれにせよ危険な任務ミッションになる。それでも……行くのか、ロイド?」


「勿論です、先生。それがきっと私の為にもなると、そう信じます」

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