第2話
ブルーアイ王国への輿入れが決まってから、半月が経過した。
ビアンカは荷造りをしながら、王太子についての情報をバーバラ達と共に集めている。ビアンカ自身は塔から出られない。代わりにバーバラやマリア、フェデルが知り合いのメイドや女官達からブルーアイ王国の噂話を聞き回っていた。そうして得た情報によると、王太子は眉目秀麗な美男子だが、無類の女好きで。しかも、ギャンブル狂いときた。酒にも溺れていて公務は放ったらかしと最低のヤロウだった。
仕方なく、祖母たるエレイナ夫人に王太子の姿絵を贈ってほしいと手紙でお願いしてみる。普通は両親の国王夫妻が取り寄せて本人に見せるのだが。それは叶わないので代わりにエレイナ夫人経由で入手する事にした。
「ビアンカ様、祖母君からお返事が届きましたよ」
「あら、早いわね」
「はい、王太子殿下の姿絵もあります」
「分かった、早速見てみるわ」
「でしたら、こちらに持って来ますね」
頷くと、バーバラがマリアと二人がかりで大きな額縁にある一枚の絵画を運び込んできた。大きな布が掛けられていたが、それをフェデルが取り払う。露わになった絵にビアンカは吸い寄せられるような感覚を覚えた。目が釘付けになる。
(……これがブルーアイ国のアスール王太子)
そこには青みがかった銀色の髪を短く切り揃え、淡い藍色の瞳が印象的な美男子が微笑む姿絵があった。ビアンカはしばらく見惚れてしまうが。頭を振って雑念は追い払う。
「まあまあ、何とも麗しい方ですね」
「……いくら顔が良くても、中身は最悪だけどね」
「ビアンカ様、はっきりおっしゃいますね」
ビアンカはバーバラと軽口を叩き合った。マリアやフェデルは苦笑いする。とりあえず、相手の面は拝めた。縁談を断る訳にはいかないし。複雑な気持ちに頭を抱えたくなったのだった。
アスール王太子の姿絵を見てから、ビアンカは悶々としていた。たぶん、ろくでもないヤロウを選んだのは両親だ。本当に私は父上からも母上からも嫌われ、疎んじられている。これ、かなり酷い嫌がらせだとは思う。が、すぐに考え直す。祖父と言っても良い爺様の後妻とかよりかは余程マシだ。そう思いながら、床磨きの手は止めない。
「あ、ビアンカ様。床磨きくらいは私共がやりますよ」
「いいの、体を動かさないとなまってしまうから」
「……分かりました、せめて。手伝わせてください」
「ありがとう、ならば。今は水拭きの途中だからさ、バケツの水を替えてきてくれない?」
「はい、急いで替えて来ますね!」
フェデルはそう言って、バケツを両手で持つ。速歩きで外へと行った。ビアンカは少しの間、見送る。けれど、すぐに床磨きを再開したのだった。
夕方近くになり、床磨きは終わる。ビアンカはつけていたエプロンを外して使った道具を片付ける。フェデルも手伝う。
「……ねえ、フェデル」
「どうかしましたか?」
「ブルーアイの王太子様って何歳なのかしら」
「そうですねえ、確か。二十三歳になるとは聞きました」
「そうなの、私より四歳は上だったのかあ」
ビアンカは呟きながら、使った雑巾を丁寧に洗う。フェデルは立ち上がるとバケツを塔の近くにある物置小屋に仕舞いに行く。一人になったビアンカは雑巾を洗う手を止めた。
(今は六月の下旬、一年もしない内にブルーアイに輿入れする。今の間に結婚式で使うヴェールを作成しようかな)
夕暮れ空を眺めながら、考えた。色々とやる事は多くて音を上げたくなるが。それでも、ビアンカはやるしかない。よしっと気合を入れ直したのだった。
バーバラやマリア、フェデルに教わりながら、ビアンカはヴェールを作成していた。
かぎ針で丁寧に仕上げる。とりあえず、無心になれるから、正直助かっていた。今日も午前中にブルーアイについて勉強をして午後からはヴェール作りに精を出している。
「ビアンカ様、ちょっと休憩にしましょう。あまり、根を詰め過ぎても良くないですよ」
「分かった、今日はこれくらいにするわ」
ビアンカはヴェールに使うかぎ針などをテーブルに置く。バーバラが立ち上がった。
「では、ハーブティーを淹れて来ますね。軽食も用意しますので」
「お願いね」
ビアンカが頷くとバーバラはにっこりと笑う。速歩きで下の階にある厨房へと向かった。ビアンカは小さく息をついたのだった、
バーバラがカモミールのハーブティーとベーコンやチーズ入りのスコーンを持って来た。
礼を告げ、ビアンカはハーブティーで喉を潤す。スコーンも両手で割り、一口大にちぎる。口に運ぶとベーコンとチーズの塩っけとまろやかさが相まってなかなかに美味しい。バーバラお手製のこれはビアンカの好物の一つだ。
「うん、バーバラが作ったスコーンは美味しいわ」
「ふふ、そう言って頂けますと作った甲斐があります」
「カモミールのハーブティーに蜂蜜を垂らすのもバーバラから教えてもらったわね」
取り留めのない話をしながら、ビアンカは用意されたスコーンでお腹を満たす。バーバラは夕食の献立を考えながら、主を見守った。
あれから、ビアンカに縁談が来てから二カ月が過ぎた。季節は八月の中旬で夏も終わりになりつつある。
「ふう、ヴェールも三分の一くらいは出来上がったわね」
「本当に、ビアンカ様は頑張りましたね」
「そうね、バーバラ達が教えてくれたおかげよ」
ビアンカはそう言って、ヴェール作りにまた励む。彼女は王族ではあるが、真面目でひたむきだ。しかも手先が器用だから、上達も早い。バーバラは微笑ましくなりながらも自身のレース編みを再開した。
ビアンカは「私ばかり作るのもなんだから、バーバラ達も何か作ってみたら?」と提案したのだ。なので、主の言葉に甘えてレース編みで小さなハンケチーフなどを教えるかたわら、作るようになった。だが、かなりの数になったから、マリアやフェデルに友人や同僚達に配って欲しいと頼んだ。意外と今のところは好評だった。バーバラは黙々としながら、作っている薔薇細工を誰に贈ろうかと思案した。
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